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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
六章

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一条明 -0- ④



 ――死んだ者が、生き返る。


 その一文に刻まれた内容は、まさに明の体験そのものだった。


「この、スキルが……」


 声が震えた。喉の奥が渇いていく。スキルの説明文は簡潔だったが、その重みは否応なく明の心を揺さぶっていた。


 自分は、偶然助かったわけじゃない。


 医療の奇跡でも、奇跡的な救出劇でもない。


 あの夜、確かに死んで――そして三日後に、このスキルの力で蘇ったのだ。


(どうして、こんなものが俺なんかに……)


 明がその事実を呑み込もうと立ち尽くしていると、隣で彩夏が声をかけてきた。


「見えた?」


 振り向くと、彼女は真剣な顔で明を見ていた。


「青白い画面に、あんたの名前と年齢、それからレベルと能力値が表示されてると思う。最初は低いだろうけど、魔物を倒していけば伸びていくわ」


「……固有スキルって、誰にでもあるのか?」


 明の問いに、彩夏の言葉がピタリと止まった。


 疑うように目を細め、じっと彼を見つめる。


「……誰にでもあるわけじゃない。それがあるってことは、あんた――覚醒者だったの?」


「覚醒者? でもさっき、君は俺には何の力もないって……」


「あんたからは何の気配も感じなかったから、そう思っただけ。でも、スキル画面に固有スキルがあるって言うなら、話は別よ」


 彩夏は一拍置き、明を射抜くように見た。


「魔物が現れてから、この世界のルールは変わった。魔物を倒せばレベルが上がって、それぞれの能力値ごとに記された数値が現実世界での〝強さ〟の指標になった。でもね、本当に変わったのはそれじゃない。魔物を倒したことがあるごく一部の人間には、〝スキル〟と呼ばれる力が発現したの」


「スキル……」


 明は彩夏の言葉を思わず繰り返した。


 彩夏が頷く。


「超能力、魔法、特殊技能……。呼び方は人それぞれだけど、あたしは画面に倣ってそう呼んでる。スキルを持っていると、自分の筋力を超強化したり、気配を消して隠密になることも出来るようになるのよ。――で、そういう力は、あとから身につけることが出来る汎用的なものなんだけど」


 そこで言葉を区切り、彼女は静かに続けた。


「……ごく一部、最初から〝固有スキル〟と呼ばれるものを持っていた人たちがいる。スキルそのものが桁違いに強力で、明らかに他とは異なる存在だった。あたしたちは、そういう人間を〝覚醒者〟って呼んでる」


 そう語り終えた彩夏は、一拍置いて明に視線を向けた。


「さっき、あたしがあんたの傷を治したでしょ。あれが固有スキルの力よ。他の人間には身につけられない、あたしだけの力」


「ってことは、君も覚醒者って呼ばれる存在なのか」


 彩夏は明の言葉に頷き、止まっていた足を動かした。置いていかれまいと、明もすぐにその背を追う。


 前を向いたまま、彩夏が問いかけてきた。


「それで? あんたの固有スキルって、何なの?」


 その問いは、鋭さと慎重さを併せ持っていた。真意を測るような視線と、言葉の裏にある無言の圧が突き刺さる。


 明は少しだけ口を開きかけ、すぐに躊躇した。


(言っていいのか……?)


 たしかに、スキル欄には名前も、効果も書かれていた。だが、それを他人に明かしてもいいのかどうか、判断がつかない。彩夏の話を聞いているかぎり、固有スキルを持っている人間は希少だという話だから、下手に情報を開示しないほうがいいような気もする。


 とはいえ、ここで情報を伏せれば、彩夏との関係が拗れる可能性もある。


 今はまだ、自分一人で生きられない。


 明は小さく息を吐き、覚悟を決めたように口を開いた。


「……『黄泉帰り』っていうスキルだ」


「黄泉帰り……?」


 彩夏が繰り返した声には、わずかな硬さがあった。表情こそ読めないが、その声音には明らかな警戒の色が混じっていた。


「効果は?」


「スキル所持者が死んだときに自動で発動するみたいだ。三日後に、生き返る――って説明には書いてあった。たぶん、俺が今ここにいるのは、そのスキルのおかげだと思う」


 言い終えた瞬間、彩夏の足が止まった。


 重たいものを呑み込むように、彩夏は深く息をつく。そして、ゆっくりと明の方へ振り返ると、低い声で呟いた。


「……それって、つまり――」


 彩夏は振り返ったまま、その場に立ち尽くした。彼女の表情には、驚愕と困惑が入り交じっていた。


「不死身ってことよね」


 その言葉は、冷たい刃のように空気を切り裂いた。


 明は思わず身を強張らせる。彩夏の瞳に宿る感情は、もはや警戒を通り越していた。恐怖と、困惑と、そして羨望とも嫉妬ともつかない、複雑な光が混じり合っている。


「そんな……大げさな」


「大げさ?」


 彩夏の声が一オクターブ上がった。


「あんた、分かってるの? この三日間で、どれだけの人が死んだか。魔物に殺されたらそれで終わりなのよ。なのに、あんたは――」


 言いかけて、彩夏は唇を噛んだ。拳を握りしめ、視線を明から逸らす。


 沈黙が流れた。


 明は何と言えばいいのか分からなかった。確かに、自分の持つスキルは異常だった。死んでも生き返る。それがどれほど理不尽で、特別な力なのか――彼女の反応を見て痛感した。


「……ごめん」


「謝らないでよ」


 彩夏の声は、かすかに震えていた。


「あんたが悪いわけじゃない。でも――」


 そこで彼女は深く息を吸い、再び明の方を向いた。


「でも、だからこそ聞かせて。あんたは、これからどうするの?」


「え?」


「『黄泉帰り』っていうスキルを持ってるなら、あんたはもう死を恐れる必要がない。戦う理由も、逃げる理由も、生きる理由も全部、普通の人間とは違うはず」


 彩夏の言葉に、明は戸惑った。


「何が言いたいんだ?」


「あんたには、守るものがあるの? 大切な人がいるの? それとも」


 彩夏は一歩、明に近づいた。


「ただ、なんとなく生きていくだけ?」


 その問いは、明の胸に深く突き刺さった。


 三日前まで、明は確かに「なんとなく」生きていた。仕事をして、家に帰って、テレビを見て、眠る。特別な目標もなく、情熱を傾けるものもなく、ただ時間を消費していた。


 だが今は――


「分からない」


 明は正直に答えた。


「けど、死んでみて分かったことがある」


「何?」


「俺は、まだ生きていたいんだ」


 彩夏が小さく目を見開いた。


「あの瞬間、意識が途切れる時に感じたのは、後悔だった。やり残したことがあるって。まだ、何かを見つけたいって。だから――」


 明は彩夏の目を真っ直ぐ見つめた。


「今度は、意味のある生き方をしたい。このスキルがあるなら、きっと何かの役に立てるはずだ」


 彩夏は長い間、明を見つめていた。やがて、小さくため息をついて言った。


「……バカね」


「え?」


「不死身の力を手に入れて、『役に立ちたい』なんて。普通なら、もっと自分勝手に生きるでしょうに」


 そう言いながらも、彩夏の表情は先ほどより柔らかくなっていた。警戒の色は薄れ、代わりに複雑な安堵のようなものが浮かんでいる。


「でも、まあ――そういう考えなら、とりあえず信用してもいいかもしれない」


 彩夏は踵を返し、再び歩き始めた。


「ついてきて。この辺りはまだ魔物の縄張りに近い。安全な場所まで移動しましょう」


 明は慌ててその後を追った。彩夏の歩調は先ほどより幾分遅くなっている。警戒を解いたわけではないが、明に対する見方が変わったのは確かだった。


 数分間、二人は無言で歩き続けた。やがて、彩夏が口を開く。


「ねえ、一つだけ確認させて」


「何?」


「あんたのスキル……『黄泉帰り』って、制限はないの? 何度でも使えるの?」


 明はスキルの説明文を思い返した。


「説明には、そういう制限については書かれてなかった。でも……」


 言いかけて、明は首を振った。


「分からない。実際に使ったのは今回が初めてだから」


「そう……」


 彩夏は足を止めることなく、考え込むように呟いた。


「もしも本当に制限がないなら、あんたは――この世界で最も価値のある存在になるかもしれない」


「価値?」


「情報よ」


 彩夏は振り返ることなく答えた。


「魔物がどこまで強くなるのか、世界反転率がどこまで上がるのか、この先何が起こるのか。それを、普通の人間には確かめる手段がない。死んだら終わりだから」


 その言葉の意味を理解して、明は背筋が寒くなった。


「でも、あんたなら違う。死んでも生き返るなら、誰も確かめられない危険な場所にも行ける。誰も挑戦できない強敵とも戦える」


「それは―――…」


「そういう使い方をしろって言ってるわけじゃない」


 彩夏は軽く手を上げて、明の言葉を遮った。


「ただ、あんたのスキルがどれほど特別なものか、理解しておいてほしいの。きっと、あんた以外にも気づく人はいる。そうなったとき――」


 彼女の声が、わずかに硬くなった。


「あんたを利用しようとする人間が現れるかもしれない」


 その警告に、明は息を呑んだ。確かに、彩夏の言う通りだった。不死身という力は、使い方によっては計り知れない価値を持つ。それを狙う人間がいても不思議ではない。


「じゃあ、俺はどうすればいい?」


「今はまだ、あんたのスキルを知ってるのはあたしだけ。だから」


 彩夏の言葉が途切れた。


 彼女の足が、急に止まる。


「……静かに」


 低く呟くと、彩夏は身を屈めた。明も慌てて真似をする。


 暗闇の向こうから、かすかな足音が聞こえてきた。一定のリズムを刻む、明らかに人間のものだった。


「魔物じゃない……人?」


 明の問いかけに、彩夏は小さく頷いた。だが、その表情は安堵とは程遠い。むしろ、より深刻な警戒の色を浮かべている。


「この時間に、この場所を歩いてる人間なんて――」


 足音が次第に近づいてくる。


 やがて街灯の薄明かりに照らされて現れたのは、一人の男だった。年齢は三十代半ば、がっしりとした体格に、軍用のベストを身につけている。腰には拳銃のホルスター、背中には何かの武器を背負っていた。


 だが、最も印象的だったのは、その男の左目だった。


 眼帯で覆われ、露出した右目だけが、鋭く周囲を見回している。


「……覚醒者ね」


 彩夏が小さく呟いた。


「どうして分かる?」


「雰囲気よ。普通の人間じゃない。それに――」


 彩夏は男の背中の武器を指差した。


「あれ、魔物の素材で作られた武器だわ。覚醒者じゃなければ、手に入れられない」


 男は立ち止まり、ゆっくりと周囲を見回した。その視線が、明たちの隠れている物陰に向けられる。


「隠れても無駄だ」


 男の声が響いた。低く、感情を押し殺したような声だった。


「気配は分かっている。出てこい」


 彩夏と明は顔を見合わせた。彩夏が小さく舌打ちをする。


「仕方ない……」


 彩夏が立ち上がり、明もそれに続いた。二人は物陰から出て、男と向き合う。


 男は彼らを見ると、わずかに眉を上げた。


「覚醒者が二人も……珍しい」


「あんた、何者?」


 彩夏が警戒を込めて問いかけた。手は腰の短剣に添えられている。


「俺は佐藤。元自衛官だ」


 男――佐藤は淡々と答えた。


「今は、生存者の捜索と保護を行っている」


「生存者の保護?」


 明が思わず声を上げた。


「じゃあ、他にも生きてる人がいるのか?」


「ああ。少数だが、避難所を作って共同生活を送っている」


 佐藤の言葉に、明の心に希望の光が差した。自分たちだけじゃない。まだ、人類は生き延びているのだ。


 だが、彩夏の表情は依然として硬いままだった。


「避難所って、どこに?」


「ここから北に約十キロ。廃校を改造した施設だ」


 佐藤は右目で二人を見据えた。


「君たちも来るか? 覚醒者なら、戦力として歓迎する」


「戦力……」


 明が呟いた時、彩夏が一歩前に出た。


「その避難所のリーダーは?」


「アーサーという男だ。少し変わったヤツだが、組織運営に長けている」


「アーサー……」


 彩夏の表情が、さらに険しくなった。明には分からなかったが、その名前に何か思い当たることがあるようだった。


「どうした?」


 明が小声で尋ねると、彩夏は首を振った。


「……何でもない」


 その声音には明らかに動揺があった。


 佐藤は二人のやり取りを黙って見ていたが、やがて口を開いた。


「考える時間は与える。だが、あまり長くはない」


「どういう意味?」


「魔物の動きが活発になっている。この辺りも、あと数日で完全に彼らの縄張りになるだろう」


 佐藤は背中の武器に手をかけた。それは巨大な斧のような形をしていた。


「一人で行動するには、もう限界が近い。特に――」


 佐藤の視線が明に向けられた。


「君のような、戦闘経験のない人間には」


 その言葉に、明は返す言葉を失った。確かに、自分は戦うことなど出来ない。彩夏がいなければ、とうに死んでいただろう。


「でも、俺たちは――」


「明」


 彩夏が明の言葉を遮った。


「少し、考えさせてもらえる?」


 佐藤は頷いた。


「明日の夜まで、この場所で待つ。それまでに答えを聞かせてくれ」


 そう言うと、佐藤は踵を返した。


「気をつけろ。この辺りには、人間よりも危険な存在がいる」


 最後の警告を残して、佐藤は闇の中に消えていった。


 取り残された二人の間に、重い沈黙が流れた。


 やがて、明が口を開く。


「避難所……いいんじゃないか? 他に生存者がいるなら」


「ダメ」


 彩夏が即座に否定した。


「なんでだよ! 今は誰かと一緒に居た方が」


「信用できないわ。特に、アーサーって男がいるなら、なおさら」


「……知り合いなのか?」


「……少し前にね」


 彩夏は苦い表情を浮かべた。


「あの男は危険よ。表向きは立派なことを言うけど、裏では何をするか分からない」


「でも、他に選択肢が――」


「あるわ」


 彩夏は明を見つめた。


「あたしが知ってる、もう一つの避難所がある。そっちの方が安全よ」


「もう一つ?」


「ええ。規模は小さいけど、信頼できる人たちが運営してる」


 彩夏は歩き始めた。


「とりあえず、今夜は安全な場所で休みましょう。明日、詳しく説明するから」


 明は彩夏の後を追いながら、胸の奥の不安を振り払おうとした。


 だが、佐藤の最後の言葉が、頭から離れなかった。



 ――人間よりも危険な存在。


 それは一体、何を意味しているのだろうか。


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アーサーはいつだって宿敵……本来はただいい奴だったんでしょうけどね
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