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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
六章

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303/351

VS イフリート⑥


 灼熱の風が頬を撫で、巻き上がる砂塵と炎が視界を揺らす。


 肺の奥には熱が滞留し、喉の奥は焼け焦げて軋んでいたが、それでも足は止まらなかった。止まる理由が、どこにもなかった。


 背後に、微かな気配を感じる。明の歩調とは異なるが、確かに誰かが後を追ってきていた。振り返らずとも、その足取りに覚えがある。柏葉だ。


 ちらと後ろを確認すると、ぎこちないながらも、しかと自分を追いすがって来る彼女の姿が見えた。


 重心のぶれ、踏み込みの浅さ、肩の振り――そのどれもが未熟でありながら、驚くほど自分の動きに近い。


(……やっぱり、俺の動きをなぞってる)


 過去の周回でも、こんな彼女の姿は見たことがない。


 柏葉薫は、支援職として戦場の後方や中衛に立ち、冷静に戦況を読みながら仲間を支える立場にあった。その観察力と判断力に、明はこれまで何度も助けられてきた。


 けれど、いまの彼女は違う。


 自らの意志で、前線に足を踏み入れている。


 それが異変とは思えなかった。むしろ、当然のように感じられた。


 明は知っている。柏葉の記憶力と集中力は群を抜いている。何度も繰り返された戦闘の中で、明の動きを見てきた彼女なら、それを刻み込んでいても不思議ではない。


 一歩、踏み込みの角度を変えてみる。


 すると、すぐ後ろから、それをなぞる足音が追ってくる。


 完璧な模倣とは言えないが、読み取り、感じ取り、そして自分の身体で再現しようとする動きだ。魔力糸で自らの関節を操作しながら、微細な差異を修正している。


 人形のように動くその身体には、操られるものとは異なる、確かな意志が宿っていた。


「羽虫ドモガァアアアアアアアアアアッッ!」


 前方で、イフリートが怒声を轟かせる。裂けた肩口から吹き出す赤熱の魔素が、呼気に乗って熱風を撒き散らす。


 明は一歩、さらに前へ。視線を逸らさず、灼熱の王へと刃を向ける。


「らァッ!」


 鋭い斬撃が空を裂いた。その動きが、イフリートの意識を正面に引きつける。


 そして、間髪を入れずに横から瓦礫で作られた槍が飛んだ。柏葉が操る魔力糸による攻撃だ。明の動きをなぞりつつ、彼女自身の判断で差し込んできた一撃だった。


(俺の動きに合わせてる……!)


 槍は直線的に飛翔し、イフリートの側頭部をかすめて砕け散った。命中には至らずとも、その軌道は明らかに意識を逸らすに足りていた。


 明は即座に距離を詰める。イフリートの巨体が、反射的に右拳を振り上げた。灼熱の衝撃が襲いかかるが、それより速く、明の剣が再び閃いた。


 狙うは――再生しきっていない左肩の傷。


 剣が火を裂くように突き刺さる。肉を断ち、魔力を断ち、再生を妨げるように刃が深く食い込んだ。


「グゥウウオオオオオオオッッ!」


 怒りとも苦悶ともつかぬ咆哮が爆ぜる。


 だが明は止まらない。踏み込みと同時に体を反転させ、敵の死角へと回り込む。


 次の斬撃を振るおうとしたそのとき、後方から気配が迫っていたことに気がついた。


 斜め後ろ。明の軌道に倣うようにして、柏葉が飛び込んできていた。


 短剣を構え、肩越しに駆け抜けるような動き。ぎこちないながらも、完全に連携している。イフリートの視線が明に向いている今、それを逃さず横合いから切り込むのは、まさに理想的な挟撃だった。


 ザシュッ!


 柏葉の短剣がイフリートの脚へと突き立つ。


 ステータス能力値の低い柏葉の一撃では、致命傷には至らない。だが、再生しかけていた部位を破壊するには十分だった。


「グゥウウ……!」


 イフリートがよろめいた。


 その隙を狙った明が剣を反転させ、脇腹を狙ってさらに一撃を食らわせる。重い手応え。硬質な外殻が崩れ、熱が噴き出した。


 そこに至って、ようやく敵が体勢を立て直そうとした。


「柏葉さん、後ろ下がって!」


「はい!」


 素早い応答。明が正面に立つと、柏葉は即座に数歩下がり、再び魔力の糸を瓦礫に通しはじめる。


 攻撃と支援、前衛と後衛。流動的に役割を入れ替えながら、二人は確実に敵を削っていく。


(いける。こいつを倒せる……!)


 そんな実感が、明の胸に確かに灯りつつあった。


 ――だが、勝利を確信するにはまだ早すぎた。


 イフリートの体表に、再び赤黒い筋が這い上がる。割れた外殻の隙間を埋めるように、灼熱の魔素が肉を補い、筋繊維を再構築していく。


 その光景を見た明の喉がヒクついた。


(再生が、もう始まってる)


 斬ったはずの肩が僅かに隆起を取り戻していた。膝も、完全に崩れ落ちてはいない。再構築された筋肉に支えられるように、ゆっくりとその姿勢が戻っていく。


『超速再生』――それがこの魔物の真の脅威だった。


 このままでは、どれほど攻撃しても意味をなさない。


 再生を上回る速度でダメージを重ね続けなければ、勝機は生まれない。


 明は肩越しに視線を送った。


 柏葉は呼吸を整えながら、再び魔力糸を瓦礫に絡めていた。額には汗が浮かび、衣服もすでに焼け焦げていたが、目だけは真っ直ぐに前を見据えている。


 無言でうなずく。彼女も分かっている。


 もう、持久戦では勝てない。だからこそ、連携で絶え間なく攻め続けるしかない。


「次は、一気に崩します」


「了解です」


 明は地を蹴った。


 イフリートが立ち上がろうとするその瞬間、間を置かず斬撃を放つ。


 今度は首元――呼吸器近くを狙った一閃だ。


 そこへ、柏葉が魔力糸で操る瓦礫の槍が追撃する。


 明の振るう剣が敵の意識を奪い、柏葉の魔力糸が狙い澄ました瓦礫を突き立てる。


 再生は止まらない。


 それでも、確かに今は、押している。


 イフリートの動きが鈍り始めていた。再生箇所が増えすぎて、回復が追いついていない。立て続けに加えられる斬撃と瓦礫の打撃が、炎の王を再び劣勢に追い詰めていく。


「すぅ――…」


 明はひとつ深く息を吸った。


 胸が焼けつくようだったが、吐息とともに熱を吹き飛ばす。


(あと数合。押し切れる)


 足元の破片を蹴って滑り込み、下段から斬り上げる。明の脇を抜けるようにして、鉄片と砕石が糸に引かれて飛翔した。斜め上から放たれた瓦礫の刃が、イフリートの膝を狙う。


 よろけた巨体が僅かにバランスを崩した、その瞬間――


「はああッ!」


 明は渾身の一撃を叩き込んだ。今度の照準は、胸部の中央。炎を噴き出す核の位置だ。


 剣と核が激突し、火花が炸裂する。だがイフリートは、一歩も退かない。灼熱の魔素が逆流し、強制的に核の防壁を強化している。


「――っ、硬い……!」


 明の足元が揺れる。イフリートの左腕が振り下ろされた。だがその攻撃は、斜めから飛来した柏葉の瓦礫の盾に遮られ、逸れる。


「一条さん、下がってください!」


「ダメだ!」


 明は踏みとどまる。剣を引き抜きながら、体勢を低く構え直す。


「ここで終わらせるッ! これ以上長引かせれば、もう勝ち目がない!!」


 明はそう叫ぶと、懐から小さな小瓶を取り出した。不思議な色に揺れるその液体は、柏葉が作った〝魔力回復薬〟だった。この決戦に向けて彼女が用意した、数少ないものの最後の一本であり、文字通り、明の最後の切り札となる。


 それを、明は躊躇することなく飲み干した。


 その光景を見ていた柏葉もまた、覚悟を決めるように魔力糸を総動員し、身を固める。彼女は小さく震えながらも、それでも逃げようとはしていなかった。


「正真正銘、これが最後です」


「……わかりました。合わせます」


 火の奔流の中で、二人の声が交錯する。


 互いを信じ、次の一手にすべてを賭ける。


 その瞬間だった。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


 イフリートの咆哮が、空気を震わせた。


 そして再び、灼熱の王は破滅の到来を告げる。




「デぃざすタぁフレあ」




 イフリートの口から、低く轟く音が鳴った。


 喉奥に灼熱の奔流が渦巻いていた。


 空気が熱を孕み、周囲の空間すら歪みはじめる。魔力の濃度が極限まで高まり、光の断片が粒子となって宙を漂いはじめる。



 世界が、焼けていた。



 空気はもはや気体ではなかった。ただの熱――それも、灼熱の奔流に変わり果てている。地面が軋み、視界の端で瓦礫が蒸発する。イフリートの咆哮が発せられた瞬間から、すべては変わっていた。


 それは音ではない。波動だった。


 皮膚を貫き、骨を揺らし、精神すら焼くような純然たる〝力〟の奔流が至近距離から発せられる。


「っ……!」


 柏葉が思わず一歩引く。糸の制御が乱れ、身体が崩れた。


 明は、動かない。


 全身を焼かれているかのような錯覚の中、喉の奥で息を焦がしながらも、それでも彼は目を逸らさなかった。


 視界が熱で揺らぎ、音が遠のいていく。


 力を溜め込むイフリートが膨れ上がっていた。


 裂けた胸元からあふれる魔素の奔流が、空間を歪ませ、光の粒が宙に漂う。すでに周囲の温度は1000度を超え、『火傷耐性』や『火炎耐性』があっても、触れただけで皮膚が焼きただれるほどだった。


 それでも――彼は、立っていた。


(『ディザスターフレア』か……)


 数度の周回を経て、それがどれほどの破壊をもたらすか、明は知っている。


 あの魔物が本気で放つ、終焉の炎。防御も、回避も、もはや許されない。


 とれる選択肢は、ひとつだけ。


「……っ」


 ――ここで、終わらせる。


 そう言ったのは、自分だ。


 ならば。



「『剛力』」



 呻くように、明は声を絞り出した。


 その瞬間、両腕が膨張する。浮かび上がった血管が脈動し、魔力に満ちた筋肉が震える。体内に刻み込まれた魔力回路が、限界を超えて稼働をし始めた。



「……『集中』……」



 続けて呟いた瞬間、世界から音が消えた。


 視界の端で瓦礫が崩れる音が、遅れて聞こえる。だがそれすらも、どこか遠い。時間が、止まったかのようだった。心拍の鼓動だけが、はっきりと自分の中に響いている。


 明は、その静寂のなかで一歩を踏み出した。


 手の中にあるのは、巨人の短剣。その刃に、最後の力を込める。



「『巨大化』……」



 刃がうねるように脈打ち、みるみるうちに形を変える。人の背丈を超え、両腕でも抱えきれぬほどの質量が生まれる。大地を踏むたびに、剣の重みが足元を震わせた。


 柏葉が息を呑む気配がした。


 気づいている。彼女も、この技を知っている。


 セイレーンとの戦いで繰り出した最後の一撃。その威力の大きさを、彼女はすでに目の当りにしている。


 だが、これから繰り出すのは、彼女も知らない―――その先だ。


(……これは、数あるスキルの中で見つけた、俺だけの〝組み合わせ〟だ)


 剣を握る手に、かすかな震えがある。


 けれどその震えを、恐怖ではなく、怒りと決意が打ち消していく。


 そして、最後の言葉を口にする。



「『魔力撃』」



 その言葉とともに、剣が鳴いた。


 刃の中心に、魔力の奔流が収束していく。魔力が一点に凝縮されたことで、剣身が赤く光を帯びる。


 その瞬間、明の内側で、何かが切れた。


「っ……!」


 激痛が、胃の奥を貫いた。体内の魔力回路がひとつ、焼き切れたのがわかる。内臓の一部が破れたような鈍い痛みが、波のように押し寄せてくる。膝が笑い、吐き気が喉を突いた。


 過去、ギガントと戦った時に使用した武器に付与されていた、『蓄積』スキルと同じ状況だ。


『魔力撃』は、本来――瞬間的に魔力を刃に乗せて放つ、単純な魔力技に過ぎない。


 それを知りながらも、明は、その単発の術式を異常な状態で強行する手段に踏み切った。


 『剛力』によって肉体を限界以上に強化し、『集中』によって意識と感覚を極限にまで高める。さらに『巨大化』によって質量と刃圧を極限まで引き上げた一振り。


 そのすべてを乗せた剣に、『魔力撃』の術式を重ねるということは――すでに限界を迎えていた魔力回路へ、さらに圧縮された魔力を無理やり流し込むということに他ならなかった。


 結果として、明の体内では複数の魔力回路が破損し、過熱した魔力が肉体を逆流するように暴れ始めていた。


 魔力の奔流に耐えきれず、血管が裂け、内臓にまで熱と圧力の灼け跡が刻まれる。右肩の神経はすでに麻痺し、握る感覚さえ曖昧になりつつあった。




 けれど。




 それでも。



 彼は、その一撃を選ぶ。




「―――『海割り』」




 口を開いた。


 声は掠れ、喉から血の味がした。それでも言葉は、確かに紡がれ、彼の腕は振り下ろされた。


 刹那、剣が唸りを上げ、魔力の奔流が炸裂する。


 それは、ただの一撃ではない。自らを犠牲にしてでも放つ、決戦の極光。世界の終末を切り裂く、祈りの刃だった。


 ディザスターフレアの奔流と、海割りの刃が、ぶつかった。


 衝突点を中心に、周囲の景色が消失する。


 爆音は遅れて届く。直後、衝撃が地を揺らし、空が悲鳴を上げるように軋んだ。熱と斬撃がせめぎ合い、魔力と魔素が空間を裂く。


 明の足元から、海岸が割れた。


 剣が貫いたその軌跡は、水面をも裂き、左右に押し分けていく。地形すら変えるその一撃は、炎の奔流を断ち切り、イフリートの身体を――縦に、深く、切り裂いた。


「――――ッッ!!」


 そのまま、明の叫びとともに、炎の王の身体が崩れた。


 音もなく、赤熱の肉体が瓦解していく。


 魔素が漏れ、熱が霧散し、空間を満たしていた圧がすう、と引いていく。


 イフリートは膝をついた。もはや、立ち上がる力は残っていなかった。


 明の一撃が、その心核を断ち切った。再生を繰り返してきた不滅の炎を、明の刃が打ち破っていた。


 イフリートは言葉を残すこともなく、崩壊していく。燃え尽きたその身が、ゆっくりと砂上に崩れ落ちた。


 風が吹く。


 熱が支配していた空気が、わずかに冷たさを取り戻していた。


 明は剣を地に突き立てると、その場に膝をついた。


 魔力は空になり、全身の筋肉が痙攣している。呼吸は乱れ、思考さえ霞みがかっていた。


 それでも、目を逸らさなかった。最後まで、敵の消滅を見届けようとしていた。


「……終わった、のか……」


 かすれた声が、風に溶けていく。


 そのとき、肩に温もりを感じた。柏葉が、倒れかけた明の身体をそっと支えていた。


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― 新着の感想 ―
イフリート名前負けしてない強敵でしたねぇ みんなボロボロ過ぎてほんともう休む以外何もできないほどですねぇ生きてるだけ御の字
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