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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
六章

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VS イフリート④

 

「――発射」


 そして一拍の間を置いて、引き金を引いた。


 轟音とともに、魔力砲が放たれる。


 赤熱の海を裂くように、蒼白の閃光が空を駆けた。


 砲弾は正確に、イフリートの胸郭へと撃ち込まれる。轟音とともに爆煙が上がり、巨体がぐらついた。


「命中……!」


 柏葉が声を上げた、その刹那――


「……まだだ!」


 奈緒は続けざまに、再び引き金を絞った。


 二射目。三射目。


 蒼白の光が、間断なく空を裂いた。命中精度は落ちている。だが、その一撃一撃が確かにイフリートの動きを鈍らせていく。


(押せる……!)


 奈緒はそう確信した。


 けれど、確信と反比例するように、身体は軋み始めていた。


 魔導銃が重い。砲身が赤熱し、熱が右腕を通して体内に焼き込まれるようだった。


 反動に耐えきれず、肘が軽く外れかける。指先の感覚が鈍くなる。


「くっ……!」


 それでも引く。


 四射目。五射目。


 そのたびに、骨が悲鳴を上げる音が、体の内側から響いた。


(大丈夫……『不滅の聖火』がある……!)


 奈緒は、胸の奥にあるその力を思い出す。


 倒れてもなお意識を保てる力。ならば、限界まで――いや、限界の先まで踏み込むべきだ。


「これで……終わらせる……!」


 左手で銃身を支える。もはや片腕では重量すら保持できない。


 足場が崩れ、姿勢が低くなる。


 それでも奈緒は、銃を下ろさなかった。


 視界の先には、なおも燃え盛るイフリートの巨体。たとえ加護を失っていようと、その再生は未だ機能している。あと一撃、仕留めきれる火力がなければ、再び立ち上がってくる。


 そうなる前に、終わらせなければならない。


 奈緒はもう一歩踏み込んだ。


 その瞬間――


「奈緒さん、やめろ!!」


 明の声が飛んだ。それは、命令ではなく、願いだった。


 彼には分かっていた。


 イフリートの中心核が、いまだ爆ぜる寸前の鼓動を打っている。あれが起動すれば、奈緒がその場にいれば無事では済まない。


「もう十分だ、下がって!」


 だが、奈緒は足を止めなかった。振り返らず、ただ前だけを見据えている。


「……悪いな、一条。それは無理だ。お前……もう『黄泉帰り』の残機がないんだろ?」


 その声は静かだった。けれど、決して揺るがない強さを孕んでいた。


「偶然、聞いてしまったんだ。お前が画面を見つめながら、『残機が無い』って呟いたのを」


 その瞬間、明の呼吸が止まった。


 セイレーンを倒した後のことだ。


 イフリートとの戦いを控え、皆が寝静まったと思っていたあの夜――どうやら、奈緒だけは目を覚ましていたらしい。


 そして、あの何気ない独白を、確かに耳にしていたのだ。


「ここで私が退けば、またお前が無茶をする。だけど今度はもう、『黄泉帰り』は使えない。だったらそれは、本当に死ぬってことと同じじゃないか」


 奈緒はそう言いながら、わずかに笑った。


「それだけは嫌なんだ。お前にだけは、生きていてほしい。私には『不滅の聖火』がある。だから……私はまだ、大丈夫だから」


 その言葉の中には、ひとつの〝誤解〟があった。


 明の目が見開かれる。


(誤解してる!)


 『不滅の聖火』は、限界を超えても倒れない力ではない。


 あれは、()()()()()力。倒れてなお、仲間に自分の意思を託すためだけの力だ。


 だが奈緒はそれを、無理をしても死なない力だと思っている。


「違う、奈緒さん、それは……!」


 明の声が届く前に。


 奈緒は、最後の引き金に指をかけた。


 引き金が、静かに絞られる。銃身が閃き、蒼白の砲撃が火を噴いた。


 照準は、灼熱の核。

 

 魔力が収束しているその一点に、弾丸のような光が突き刺さる。



 ――轟音。そして爆風。



 イフリートの胸郭が爆ぜ、炎が噴き上がった。


 確かに、通った。


 明は、それを見た。


 奈緒が放った砲撃は、かつてどの周回でも届かなかった〝急所〟に達していた。


 イフリートの再生が追いつかず、左の肩口から胴にかけて、灼熱の流れが崩れていく。


 だが、それでも。


「……生きてる」


 イフリートが呻くように唸った。


 その全身から、逆流するように熱が溢れ出す。


 あらゆる制御を投げ捨てて、本能だけで動く王の躯。苦痛と怒りに歪むその口元が、勝利を確信するかのように歪む。


「でぃざスタあフレあ」


 イフリートの口から地を這うような低い声が漏れた。


 次の瞬間、その身体に宿る灼熱の業火の気配が膨れ上がっていく。


「奈緒さんッ!!」


 明が叫んだ。


 だが奈緒は、銃を下ろさなかった。


 砲撃の反動で右肩が脱臼しても、左手で支え直し、もう一歩前に進んでいた。


 次の砲撃は――間に合わない。


 明が地を蹴る。けれど、距離が足りない。


 そして、イフリートの身体に収縮された力が開放された。





 炎が吠えた。





 あまりに濃密な熱塊が、奈緒の身体を一瞬で呑み込む。


 光と衝撃が視界を塗り潰し、爆風がすべてを巻き込んで吹き飛ばした。


 叫ぶ声すら、飲まれて消えた。


 爆風が収まりきらぬうちに、明は駆け出していた。


 熱の残滓が肺を焼き、視界を奪う。耳鳴りと焦げた臭いが、五感を曇らせる。


 だが、構わなかった。


 ただ一つ、奈緒の姿を探していた。


「奈緒さんッ、奈緒さんッッ!!」


 崩れた瓦礫の中、熱気で撓んだ金属板の影――その奥に、彼女はいた。


 焦げた布が肌に張りつき、折れた銃身が傍らに転がっている。


 焼けた土の上に、奈緒の小さな身体が静かに横たわっていた。


 明は駆け寄り、膝をついて抱き起こす。


 体温は、ほとんどない。


 右腕は黒く炭化し、呼吸も、胸の上下も見えなかった。


 だがその胸元にはかすかに、淡く、火が灯っていた。


 ゆらり、と揺れるそれは、まるで魂の残光のように見える。


 ――『不滅の聖火』。


 倒れてなお意思を遺すための力。


 今の奈緒は、強い意思だけで世界を繋ぎとめていた。


「……奈緒さん……!」


 明が震える手で、彼女の名を呼ぶ。


 かすれた声が返ってきたのは、その時だ。


「……お前の……顔……怖すぎる……」


 奈緒の声には、声にもならない笑いのようなものも混じっていた。


「……どうせ、また……無茶しようとしてる……顔だ……やめとけ……」


「喋らないでください」


 明の声はかすれていた。呟きが吐息のように漏れる。


「どうしてこんな真似を……」


「それを……私に言わせるのか?」


 奈緒が小さく笑った。


 そして、微かに問いかける。


「……それよりも、私の……新技は、どうだった?」


 その一言に、明の顔が歪む。


 奈緒が取得した魔砲は、初級魔法Lv5で取得することが出来る魔法だ。初級魔法スキルの中では、取得することができる最後の攻撃魔法で、その威力は衝撃矢(ショックアロー)すらも超える。だがその分、魔法による反動は衝撃矢の何倍も大きくなる。


 それを、彼女は連発した。


 身体は内側から破壊されていたはずだ。それでも気にも留めず、笑いながら問いかけてくる彼女に、明は、どうしようもない悔しさと怒りが湧いていた。


 けれど、唇を結び、小さく笑った。


 彼女が望んでいるものが、それだと分かっていたから。


「……ありがとうございます。最高でした」


「でしょ……?」


 目が開かない。命の灯火が、消えかけようとしている。


 それでも、彼女の意志は、ここにある。


 だからこそ、明は立ち上がった。


 背後では、なおもイフリートの咆哮が響いている。


 膝をつきながらも、生き延びようと足掻くその巨体に向けて、次は、自分が進む番だった。


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