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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
六章

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292/351

結晶と魔石



「それじゃあ、本格的にイフリート戦の準備を始めましょうか。大丈夫、死にはしません。ただ少しだけ、身体に変化が出るだけです」

「……あの、もしかして食べるんですか?」


 明の言葉を聞いて、察した柏葉が不安げに言った。

 明が小さく頷く。


「ある特定のモンスターを未加工状態で口にすれば、スキルを習得した時と同じ効果を得ることが出来ることが分かっています。セイレーンの場合は、『火炎耐性Lv3』と『火傷耐性Lv3』の二つ。効果は一週間ほど続くので、その間にイフリートを討伐します」

「ちょっと待て」


 明の言葉を龍一が遮った。


「俺はいまさらだから別にいいけどよ。明、お前……分かってて言ってるんだよな? モンスターの肉をそのまま摂取するってことは、その毒素を体内に取り込むってことだ。下手すれば死にかねないし、それに」


 龍一の言葉が途切れた。

 視線は、ちらりと自らのその両腕へと向けられる。

 龍一は両腕の皮膚表面に浮かんだ結晶体から視線を外し、明を見据えながら言った。


「モンスター肉をそのまま食えば、体内魔素率が上昇するぞ」


 ハッとした顔で柏葉が額を手で覆った。どうやら『体内魔素率の上昇』という言葉で、今の自分の状態を思い出したらしい。

 明は龍一の言葉に真剣な表情となって一つ頷いた。


「分かってます。でも、今はこの方法しかないんです」


 出来ればモンスターの肉など食べたくない。

 しかし今はもう時間がないのだ。

 魔物の肉が持つ毒素は『解毒薬』があれば相殺できる。それでも吐き気や不快感、眩暈や手足の痺れなど筆舌に尽くしがたい様々な苦しみが一気に襲うだろうが、時間的問題を解決する方法はコレしかない。

 龍一が叫んだ。


「体内魔素の問題はどうする! お前はもう知ってるんだろッ!? これが何なのか!!」

「……わかってます」


 としばらく間を空けて、明は呟くようにして頷いた。


「魔素は、存在の変質や魔性化を引き起こす、異世界由来の終末因子です。異世界では空気中や動植物、魔物が発する瘴気、または体内などに含まれるもののようですが、『世界反転率』の低いこの世界にはまだ、存在していません」


 終末因子は、物質や存在の〝境界〟を曖昧にし、構造そのものを崩す力を持つ。魔物の瘴気や体内に多く含まれ、それに長く晒されると、人間も魔性に堕ちてしまう。

 ステータス画面に現れる体内魔素率とはつまり、その身体がどれだけ異世界の物質に侵しているかを知るための指標なのだ。


「体内魔素が多ければ多いほど、体内にある魔素は結晶化し臓器や体表に現れ始める。そうして、体内や体外で出来上がった結晶はやがて一つの石になります」


「それって……」


 明は、柏葉の言葉に頷いた。


「はい。それは異世界では〝魔石〟と呼ばれるもので、通常、成熟したモンスターの体内から採れるものとして知られています」



            ◇◇◇



 その日の夜、龍一を除いた一同は明が捌いたセイレーンの肉の前に立ち尽くしていた。

 傍には、明が柏葉に言って用意させた人数分の『解毒薬』も並んでいる。

 目の前にあるセイレーンの肉と『解毒薬』を見て、彩夏が戸惑うようにして口を開いた。



「ねぇ、本当に食べるの?」


 彩夏の言葉に、柏葉が「分かりません」と首を振った。


「これを食べれば間違いなく、体内魔素率は上がるん……ですよね? 一条さんは、魔石が出来るのは体内魔素率が100%を超えてからだって言ってましたけど、正直、人間じゃなくなるような気がして気が進みませんよ」

「全くだ。見た目は刺身なのに、モンスターの肉だって聞くと途端に食欲が失せてくる」


 奈緒が大きなため息を吐き出した。

 奈緒のため息に釣られるようにして、彩夏や柏葉も大きなため息を吐き出した。それから三人は、様子を伺うようにしてちらりと隣に立つ明へと視線を向けた。


 明は何も言わずに目の前の刺身を見つめていた。

 かと思えばいつもの魔物料理を口にするかのような気軽さで、躊躇することなくセイレーンの肉を口に入れると、傍にある解毒薬を掴み一気に流し込む。


「食べたな」

「食べたね」

「食べましたね」


 女性陣がセイレーンの肉を食べた明を見つめて、小さな声でそう言った。


 そんな女性陣たちの心中を知ってか知らずが、明は素知らぬ顔で自らのステータス画面を開くと、今度は画面を操作しセイレーンの討伐で得たポイントを割り振り始める。

 その腕に、シミのようなじわりとした斑点が広がった。

 体内魔素率の上昇による身体変化だった。

 シミの下からパキパキとした音を響かせながら小さな芽のような粒が皮膚の下から生えるようにして現れて、やがて小指の爪先ぐらいの大きさとなって成長を止める。

 しかし明は、そんな身体の変化には目もくれず、無言で画面を操作し続ける。

 そんな明を見つめて、彩夏が小さく呟いた。



「ねえアイツ……『第六感』スキルのレベルを上げてからさらに効率厨になってない? 体内魔素率が100%にならない限り平気だって言われてもさ、普通は躊躇するよね?」


 彩夏の言葉に、柏葉が囁くようにして言い返した。


「躊躇うどころかノータイムで口に入れてましたね……。一応、食べるかどうかは私達の意思に委ねてくれるみたいですけど、これ食べないとイフリートとの戦いには参加できないってことですよね」

「食べると言えば、さっきから姿が見えないけどあのオジサンはどこに行ったのよ」

「清水さんなら、別のテントでセイレーンの肉を食べてますよ。『悪食』の効果で魔物肉が持つ毒素が効かないからって、残りの肉を全部引き取っていましたね」

「あ食べるだけで強くなるスキルなんて、最初は羨ましいって思ってたけど……。体内魔素率の話を聞いた後だと、メリットよりもデメリットの方が高く感じるわね。七瀬、アンタもそう思うでしょ?」

「ん、ああ……。そうだな」


 急に話を振られて、呆としてセイレーンの肉を見つめていた奈緒が慌てて頷いた。

 彩夏が怪訝な顔になって尋ねる。


「どうしたの?」

「いや、別に……。これを食べないと、イフリートとの戦いには行けないんだなって思って」


 奈緒はそう言ってまた、ジッとセイレーンの肉へと視線を落とした。

 それから覚悟を決めるように息を吐き出すと、奈緒はセイレーンの肉へと手を伸ばし、一気に口の中へと放り込んだ。

 途端に顔を歪めた奈緒へと、彩夏と柏葉が問いかける。


「ど、どうなの?」

「どうですか七瀬さん」

「……生臭さがすごい。獣臭と魚臭が混ざり合った臭いが口の中から鼻の奥まで貫いてきて、気持ち悪い。触感もグミみたいで妙に硬いし、それに…………ッ!!」


 言葉の途中で、奈緒の顔色が変わった。

 血の気が引いたかのように顔色がどんどん白くなっていき、唇も真っ青に変わり始める。奈緒の急な変化に彩夏たちが戸惑っていると、横から明が『解毒薬』を差し出した。



「モンスター肉だけを味わうのは、さすがに自殺行為ですよ」



 奈緒は明が差し出した解毒薬を奪い取るようにして受け取った。

 一気に口の中へと流し込み、次第に血の気を取り戻していく口でゆっくりとした息を吐き出す。



「……っ助かった」

「死ぬ寸前でしたね」

「でもこれで、イフリートとの戦いには参加できるな?」


 額に脂汗を浮かべたまま、奈緒がニッとした笑みを浮かべた。

 明はそんな奈緒へと小さく笑って頷く。


「そうですね。ステータス画面を見てみてください。『火炎耐性』と『火傷耐性』が一時的についているはずです」


 言われるまま、奈緒は自らのステータス画面を開いた。




 ――――――――――――――――――

 七瀬 奈緒 27歳 女 Lv107


 体力:109

 筋力:150

 耐久:148

 速度:149

 魔力:200

 幸運:109


 ポイント:14

 ――――――――――――――――――

 個体情報

 ・現界の人族。

 ・体内魔素率:12%

 ・体内における魔素結晶:心臓および肝臓に散在

 ・体外における魔素結晶なし。

 ・身体状況:一時的な嘔気、眩暈

 ――――――――――――――――――

 所持スキル

 ・不滅の聖火

 ・身体強化Lv2

 ・索敵Lv1

 ・解体Lv1

 ・魔力回路Lv2

 ・魔力回復Lv1

 ・魔力操作Lv1

 ・精神強化Lv1

 ・自動再生Lv2

 ・初級魔法Lv4

 ――――――――――――――――――

 追加スキル

 ・火炎耐性Lv3

 ・火傷耐性Lv3


 セイレーンの生肉 効果残り時間:6日23時間56分42秒

 ――――――――――――――――――



 奈緒は目の前に開かれた画面を見つめて、眉根を寄せた。


(体内魔素率が0%から12%に一気に跳ね上がっている)


 たった二つのスキルを得るために、支払った代償があまりにも大きい。この調子でモンスターの肉を口にしていけば、あっという間に体内魔素率は100%を超えるだろう。


(この方法でスキルを手に入れるのは、いわゆる奥の手ってやつだろうな。一時的な効果を得るためだけにリスクが大きすぎる)


 そんなことを奈緒は考え込むと、小さな息を吐き出した。



「二人はどうする?」



 奈緒の言葉に、彩夏と柏葉は互いの様子を見るように一度顔を見合わせた。が、それも束の間のことだ。奈緒がセイレーンの肉を口にしたことで覚悟が決まったのか、二人は示し合わせるようにして小さく頷き合うと、残りのセイレーンの肉を手にして、解毒薬と共に一気に胃の中へと流し込んだ。

 ぽつぽつと、彼女たちの身体にも変化が現れた。

 彩夏は両足の広範囲に大きく広がる結晶が出現し、柏葉はすでに出来ていた額の結晶がさらに大きくなった。

 そうして、それぞれがセイレーンの肉を口にしたことで現れた身体の変化を確認していると、一人離れたところで刺身を口にしていた龍一がやってきた。

 両腕の結晶化がさらに進んでいる。前腕から手の甲までがほぼ結晶だ。急激な結晶化に痒みがあるのか、ボリボリと掻いた皮膚から結晶が剥がれ落ちて、血が滲んでいた。

 龍一が明達を見つめて言った。



「これで準備は終わりか?」

「これで終わりです。体内魔素率はどのぐらいになりましたか?」

「37%だ」

「高いですね」

「俺はもともとリリスライラのやつらにいろんなものを食わされて、結晶化が進んでるからな。だからっていうのもあるが、これ以上は余計なものを口にしたくないぞ」

「分かってます」


 こくりと明は頷いた。

 それから集まった一同の顔を見渡すと、宣言する。


「みんな聞いてくれ。明日は山越えを目指す。山を越えればイフリートは目の前だ。正直に言って、かなり手強い相手になると思う。でも、イフリートとの戦いにこの五人で来れたのは今回が初めてなんだ。確実に、イフリートを殺そう」


 術式の破壊は目の前だ。

 そう言って明は言葉を締めくくると、ゆっくりとした息を吐き出し拳を握りしめたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] じりじりと結晶化していくのは焦燥感がひどいだろうなぁ 明は100%超えたことありそう
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