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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
六章

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それぞれの訓練

 


 翌朝、明は夜明け前に目を覚ました。

 寝ずの番の交代時間ではない。『第六感』スキルのレベルを上げて以降、眠りが浅くなっているのだ。

 ずっと長い間そうしていたかのように、明はごく自然に枕元に置いた剣を手に取ると共にテントの外に出て、大きな伸びをした。


「今日も早いな」


 ふいに声が掛けられた。

 夜明け間際の寝ずの番を担当していた奈緒だった。


「水ならもう用意してある」


 奈緒が桶に溜まった水を指さす。

 その言葉にお礼を言って明が顔を洗っていると、再び声を掛けられた。


「今日も訓練か?」

「ええ、まあ」


 明は奈緒から差し出されたタオルで顔の水滴を拭いながら言った。


「『第六感』スキルのレベルをあげて、以前の記憶を取り戻した影響でしょうね。これをやらないとどうも一日が落ち着かなくて……。むしろ、どうして今まで何もしていなかったのかが不思議なぐらいです」


 言って、その場で柔軟運動をし始める。

 入念に身体の筋肉を解し、手足に手製の砂袋を巻いた。砂袋を巻き終えると、次に拾ってきた重機タイヤを鎖で縛りそのまま腰に巻き付けた。能力値が高すぎるがために、負荷を掛けなければ汗一つかかないからだ。

 そうして準備をしていると、少し遅れて彩夏が起きてきた。

 彩夏はすでに運動の準備を整えている明を見て少しだけ驚くと、呆れたように笑った。


「何? まさか今日も走るの?」

「まあな。お前の今日のクエストは?」

「フルマラソンか、筋トレ。どちらか一つを終わらせること」

「だったらちょうどいい。一緒に走るか」

「絶対に、嫌。オッサンみたいに早く走れないし」


 彩夏がべーっと舌を出した。

 奈緒が口を開く。


「そんなに早いのか?」

「早いなんてものじゃないって! ダッシュよダッシュ! フルマラソン猛ダッシュ!! 腰にデッカイタイヤ括りつけて猛ダッシュするんだから、ありえないって」


 二日前のことをまだ根に持っているのか、彩夏が声を荒げるようにして言った。

 明が呆れたような顔になる。


「全体的に能力値が高いんだから仕方ないだろ。それだけしないと訓練にもならない」

「だから、その訓練にあたしを付き合わせないでよ! オッサンよりもこっちは能力値が低いんだからさ。馬鹿みたいな訓練に付き合わされるこっちの身にもなってよ!!」

「でもその分、クエストの経験値も多かっただろ?」


 明の言葉に、彩夏が「ぐっ」と言葉に詰まった。

 これも『第六感』スキルのレベルをあげて分かったことだ。デイリークエストと呼ばれるクエストの報酬は、どれだけ過負荷を掛けられたかによって報酬の量が変わる。例えばフルマラソンをすることがクエストの内容なのであれば、ただ走るだけじゃなく重りなどを付けて走ったほうがより貰える経験値の量は多い。


「強くなりたいんだろ?」


 明が彩夏を見つめて言った。

 その言葉に、彩夏は唸りをあげて悩んでいたようだが結局、観念したようだ。


「あーもうっ! わかった、分かった付き合う! あたしだって弱いままは嫌だし!!」

「そう言うと思って、昨日のうちにタイヤをもう一個調達しておいた―――」

「それは付けない! この間みたいに砂袋で十分だから!!」


 彩夏に即答され、明が口をへの字に曲げていた。

 そんな二人のやり取りを見ていたからだろう、奈緒がぽつりと声を漏らした。


「私も何か訓練しようかな……」

「おっ興味ありますか?」


 奈緒の呟きを聞いて、明が即座に振り返った。

 奈緒が頷く。


「まあ、な。今まではスキルを使うだけで勝ててたけど、リリスライラとの戦いでそれだけじゃダメだって身に染みて分かったし……。私自身、もっと強くなりたいんだ」

「えっ、本気で言ってる? やめときなよ七瀬。このオッサン、周回の記憶だか何だかを取り戻してからは、マジでヤバい人になってるから。下手にそんなこと言うと、休憩時間も削って何かをやらされるよ?」


 彩夏が即座に止めに入った。

 そんな彩夏に奈緒が小さく笑って首を振る。


「それでもいいんだ。今のままでいるよりかは、ずっといい」


 アーサーとの戦いの最中、七瀬奈緒は、一条明に置いて行かれないよう死にながらでも食らいついてやると、固く心に誓った。

 前を走り続ける彼の背中を追いかけるためなら何でもしてやると、そう思った。

 停滞は、七瀬奈緒にとって死と同じだ。

 モンスターに怯えて膝を抱えるだけだった彼女は、もうどこにもいない。


「私が強くなるための、とびきり良い方法を何か知らないか?」


 問われた言葉に、明は奈緒を見つめ返した。

 考え込むような仕草を見せて、明は言葉を選ぶように口を開く。


「もちろん、知ってはいますが……。正直、あまりオススメはしませんよ? わりと大変ですし」

「それでもいい」


 こくりと奈緒が頷いた。

 明はそんな奈緒の顔をジッと見据えるとやがて小さなため息を吐いて、懐から取り出したものを奈緒に放り渡した。


「っとと、これは?」


 ジッと、奈緒は明から渡されたものを見つめる。

 明が奈緒へと渡したのは、小指の爪ほどの大きさしかない魔素結晶だった。

 明は言う。


「昨日手に入れたばかりの魔素結晶です。それに魔力を注いで、壊してください」

「壊す? 魔弾じゃなくて、その元であるコイツを?」

「ええ。魔弾は加工されたものだから魔力がよく通るし注ぎやすいんです。ですが、原料であるソイツは魔力が通りにくいし注ぎにくい。その大きさでも壊すのに苦労するはずですよ」

「……分かった。やってみる」


 気合を入れるように奈緒が頷いた。

 さっそく魔力を注入し始めた奈緒を後目に、明は嫌がる彩夏を掴んで動き出した。その後ろに括りつけられた巨大なタイヤがいとも簡単に動き出し、ずずずと重たい音を響かせる。

 そうして走り出そうとしたところで、明が思い出したように奈緒へと振り返った。


「ああ、それと。その魔素結晶に魔力を注ぐときは『トーチライト』を発動させて、あの光球を右手で動かしながら、左手でその結晶に魔力を注いでくださいね」

「えっ」


 追加された指示に奈緒が固まった。


「ちょ、ちょっと一条? あの光球を動かすだけでもかなりの集中が必要なんだけど」

「知ってます。でも、強くなりたいんでしょう?」


 ニコリとした邪気のない顔で明が笑った。

 あまりにも邪気が無さすぎて、奈緒の口からは文句の言葉が引っ込んだ。


「よろしくお願いします。じゃあ、行くぞ彩夏」

「頑張って七瀬……」


 何もかもを諦めた表情の彩夏が、明に引きずられていく。


「本気?」


 思わず漏れた奈緒の呟きに、明が反応することはない。

 一人取り残された奈緒はそんな二人を見送った後にようやく、彩夏が必死に止めていた理由を理解したのだった。







 42キロメートルを超えるランニングから戻ると、奈緒が青白い顔で息を切らしていた。

 どうやら、あれからずっと魔力を扱う訓練をしていたらしい。同じく青い顔で倒れ込む彩夏を見て、奈緒が震える声で呟いた。


「なぁ一条……。この訓練、どんな意味があるんだ? この結晶に魔力を注ぐだけならまだしも『トーチライト』を発動させながら魔力を注ぐのがかなりしんどいんだけど……」

「魔力を正確にコントロールする訓練ですよ」

 と、明は身体に巻いた砂袋とタイヤを結ぶ鎖を解きながら言った。


 明が奈緒に気を取られたのを察したのか、すぐに彩夏がその場から逃げ出そうとする。明はその肩を捕まえると、今度は筋トレをするように促した。フルマラソンを終えたことで彩夏のデイリークエストはすでに終わっているが、残りの筋トレも追加で行えばボーナスで経験値が貰えるからだ。


 当然、彩夏からは抗議の声があがったが明はその声を黙殺した。

 すすり泣きながら彩夏が筋トレを始めたのを見て、明は奈緒へと視線を向けながら言う。


「奈緒さんは『魔力操作』のスキルを取得していますが、その効果を実感していますか?」


 問われた言葉に奈緒は首を振った。

 魔力関連のスキルだったから取得はしたものの、これまで一度たりとも役に立った場面が無かったからだ。


「そう言えば、あまり実感してないな。『魔力操作』を取得したことで〝魔弾〟にも魔力を込めることが出来るようになったし、今もこうして魔素結晶に魔力を注入することが出来るようになってるけど……それだけだ。違ったか?」

「間違っちゃいません。『魔力操作』スキルLv1で出来るようになることは、体内の魔力を操る感覚を身に着けることです。奈緒さんが言った内容はまさに『魔力操作』スキルLv1の内容だとも言えます」

「それじゃあ、いったい何のために」

 と奈緒が明の言葉に口を挟んだ。


 明は奈緒を見て言った。


「『魔力操作』スキルを取得したおかげで体内にある魔力を操ることが出来るようにはなりましたが、その魔力操作能力は精密なわけじゃないんですよ。言い方はキツイですが、ザルなんです。ただただ蛇口を捻って外に垂れ流している状況だとも言えます」


 〝魔弾〟を扱う際に、最初、暴発を繰り返していたのがいい例だ。

 繰り返し訓練することで〝魔弾〟が暴発することなく魔力を込めることが出来るようになったが、そこに至るまで何度も暴発を繰り返している。


「スキルを取得することで出来る内容と幅が広がりますが、それを正しく扱えるかどうかは結局のところ、訓練次第なんですよ。スキルは便利ですが、万能じゃない。奈緒さんが今やっているのは、その操作能力を培う訓練です。それが出来るようになれば、同時に二つの魔法を使うことも出来るようになりますよ」


 明はそう言うと、彩夏に続いて筋トレを始めた。

 明が筋トレをし始めたのを見て、奈緒は手の内にある小さな結晶へと目を落とす。


「スキルは万能じゃない、か」


 明の言う言葉を繰り返し、握りこぶしを作った。


「力を手に入れたとしても、それを扱うのは自分次第ってことだな」


 呟き、もう一度と魔力を操る訓練を始める。

 今はまだ出来なくとも、この訓練を繰り返せば強くなれるというその事実が、奈緒は何よりも嬉しかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 訓練の鬼 [一言] 覚悟ガンギマリになった明はちょっとでも頼ると同じ道に強制連行されちゃいますねw
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