術式:『世界反転』②
「……だとしても私達の世界を好き勝手にしていい理由にはならない。一条、その術式の核になったモンスターや異世界人は分かるのか? 核を壊せば術式が止まるなら、私達は何としてでもその核を壊さないと!」
奈緒が明を見つめた。
その真摯な眼差しと言葉に、明は思わず笑ってしまった。どれだけ世界を繰り返しても、彼女がそう言って奮起するのを一条明は何度も見てきたからだ。
明は小さく頷くと、傍にあった小枝を拾って地面にガリガリと絵を描き始めた。
ほどなくすると地図が出来上がった。結界が張られているという東京・神奈川・埼玉・茨城の一都四県を示す地図だ。明は出来上がった地図の上に三つの小さな〇を描くと口を開いた。
「術式の核となっている生き物は全部で三体です。……ですが、俺達はすでにそのうちの二体を討伐しています」
「二体も?」
「東京のギガント、そして神奈川の異世界人・ニコライです」
明はそう言うと、東京と神奈川の位置に付けられた〇印の上に×を描いた。明の言葉を聞いて、奈緒が呟いた。
「ニコライも術式の核だったのか……。そうか、だからボス討伐を示す画面が現れたんだな?」
明が頷く。
「他の異世界人を倒してもボス討伐を示す画面が出てこなかったのも、それが理由です。俺達がいるエリアの中では、ニコライだけが特別だった」
「なるほど……。残る一つは?」
促された言葉に、明は地面の地図上へと視線を落とした。位置としてはちょうど、茨城県にあたる。
「茨城にいる、イフリートです」
「イフリート……って、そのモンスターって確か一条さんのシナリオに出ていたモンスターですよね!?」
柏葉がハッとしたように声をあげた。柏葉の声に彩夏が続く。
「えっ、それじゃあオッサンの『シナリオ』って『世界反転』の術式の核になったモンスターを倒すことだったの?!」
「結論から言えば、そういうことになる」
「どういうこと……? 『シナリオ』っていったい何なのよ? 『黄泉帰り』っていうスキルに追加された効果にしては、やけに具体的じゃない」
その問いに対する答えは、未だに分からないとしか言いようがない。
十周目から十七周目までの知識を取り戻した、今の一条明をもってしても『シナリオ』が何なのかは判明していないのだ。
明は彩夏の言葉に首を横に振ると、呟いた。
「それは今の俺にも分からない。けどこれで一つハッキリとしたことは、『シナリオ』の通りに進めていけば俺達の世界が救われるということだ」
一条明の『シナリオ』が、『世界反転』という術式の核になっているモンスターを指しているのは間違いない。『シナリオ』通りに核となったモンスターを討伐していけば、異世界による浸食は確実に止まる。
世界が救われる、そんな言葉に安堵を覚えたのか女性陣たちの顔がホッとしたように緩んだ。
「そうだな……ひとまずイフリートさえ倒せばいいんだ。そうすれば世界が救われるなら、うん、頑張れる」
奈緒が気合を入れるように言った。
「そうですね」
と柏葉が頷き、
「あと一体なら何とかなりそうかも」
と彩夏が笑った。
けれど、龍一だけは違った。
龍一は依然として険しい顔で明の顔を見つめると、ぼそりと呟いた。
「違うだろ、そんなんじゃねぇ」
「え?」
「おい明、この後に及んで変な隠しごとは無しだ。分かっていることを全部話せ」
「ちょ、ちょっとどういうこと? まだ何かあるの?」
龍一の言葉に女性陣が慌てた。
龍一はそんな彼女たちに呆れた視線を向けると、言った。
「まさか忘れたのか? コイツはさっき、地球が複数のエリアに分けられているって言ったんだ。……確かにイフリートってモンスターを倒せば『世界反転』の術式は止められるかもしれない。けど、それで止まるのは俺達がいるエリアだけだ。だって、そうだろ? じゃなきゃあわざわざ、エリア分けなんて言葉を口にしないはずだ。この話の裏を返せば、俺達のエリアにある術式を止めても他のエリアはそのままだってことをコイツは言ったんだ」
龍一はそこまで言い切り、問い詰めるような口調で言った。
「明、お前……知ってんだろ? この世界に出来た〝基点〟っていう場所は全部でいくつある。その全てを破壊しなきゃ全てが元通りなんてわけにはいかないはずだ」
「……ッ!」
明は龍一の言葉に唇を噛みしめた。もちろん、知っていたからだ。
出来れば言いたくは無かった。言えば、この気勢が削がれることが分かっていたから。
だけど龍一がここまで言ってしまったなら言わなきゃいけない。いや、もともと隠せるようなものでもなかったから、いつかは言わなきゃいけないことではあった。
「……その通りです」
明は息を吐き出した。
「この世界で稼働している『世界反転』の術式の数は全部で五つです。この地球上には、日本以外にもあと四つ……基点となる地域が存在し、そこでも『世界反転』の術式が稼働しています」
「つまり、異世界からの侵略を防ぐには、日本だけじゃなくてその……世界中に点在している他の四つの術式も壊さなくちゃいけないのか?」
高揚していた気持ちが一気に引いた反動で眩暈を覚えたのか、奈緒が目元を押さえながら言った。
「ゴメン……。さすがに話が大きすぎてついていけないかも」
引き攣った笑みを浮かべる彩夏が笑い、
「私もです」
柏葉が震える唇を開いていた。
だから言いたくなかったんだ。
と、明は心で吐き出し唇を噛みしめた。この事実こそがまさに、十七周目の一条明が残した『記録』の内容そのものだったからだ。
世界そのものをやり直し【周回】し続ける一条明と言えども、世界中で同時稼働する術式を同時に止めることは不可能だ。それは戦力的な問題ではなく、【一条明】という人間の始まりそのものが、世界から断絶された結界の中だという意味でも不可能なのだ。
異世界に侵食されるこの〝現実世界〟を救うには、いち早くこの日本にある術式の核となったモンスターと異世界人を倒し、閉じ込められたこの結界の外へと抜け出さなければいけない。
それが、十七周目の一条明が至った結論だった。
龍一は明の言葉に目を閉じていた。
何かを考え込んでいるのか、その眉間には皺が寄っている。
やがて彼は、何もかもを諦めたように大きなため息を吐き出すと、ボリボリと頭を掻きながら言った。
「他に隠していることは?」
「……イフリートの居場所です」
「どこにいる」
「水戸市」
「水戸市か……。ちょうど茨城の真ん中に近い場所だな。ここからだと距離がある」
龍一はそこで考え込むと、仕切り直すように言った。
「これからどうする? ひとまずイフリートってモンスターを倒さなきゃいけないのは確定事項なんだ。となれば、水戸市に向かうのは当然だとして、問題は……移動手段だな。走って向かうか?」
明は問われた言葉に考え込んだ。
(〝壁〟の影響で千葉県全域に侵入ができない以上、ここから水戸市に向かうには一度、埼玉県を経由しないといけない。今の俺達なら走れば車以上の速度が出せるが……道中でモンスターに襲われるのは避けられないだろうな)
戦闘を極力回避したいが、回避すればレベルアップの機会はなくなる。
さらに言えば『世界反転』の術式は移動中も進み続けるので、道中でボスモンスターを倒して術式を一時的に止め続けなければいけない。
(それでも今の俺達なら四日……モンスターによって道が崩されて迂回することになることを考慮しても、長くて一週間が目安か)
明は考えを纏めると、顔を上げた。
「うん……それしか方法はありませんね」
「決まりだな。遠征に向けて準備を整えたらさっそく出発しよう」
龍一の掛け声で彩夏たちが動き出した。
明は動き出した仲間たちを見つめて、ほっと息を吐き出した。
もしかしたらこの話を聞いた仲間たちが「もう無理だ」と匙を投げるかもしれないと、そう思っていた。
(今までこういう話は何度もしてきたけど、どれだけ繰り返しても慣れないもんだな)
心で呟き、腰をあげる。
すると、そこに奈緒がやって来た。
「一条」
奈緒が小さな声で言った。
「ちょっと気になったんだが……。もしかしてお前、〝壁〟の外がどうなっているのか知ってるんじゃないのか?」
「……どうしてそう思うんですか?」
「だって、おかしいじゃないか。どうして壁の外にいるお前が、世界に五つの基点があることを知っているんだ」
言われた言葉に明はキョトンとした顔で奈緒を見つめ、笑ってしまった。
「な、何がおかしい」
ムッとした顔で奈緒が見てくる。
明はそんな奈緒に向けて言った。
「忘れました? 今の俺はこの世界を何度もやり直している【周回】の知識があります。基点に関することも、周回している【俺】が教えてくれました。『記録』に残されていた事実を伝えただけです」
「あっ、そうだったな」
奈緒は恥ずかしそうに笑うと、戸惑ったような顔になる。
「悪い……。まだ、実感が湧いていないみたいだ。昨日までのお前は私とずっと一緒に居たはずなのに、急に知らないことを話したものだから戸惑ってしまった」
「しょうがないですよ。それだけ衝撃のある大きな事実なんです」
明は気にしなくていい、と首をゆるく横に振った。奈緒が戸惑うのも無理もなかった。今伝えた内容は、それだけ大きな事実だったのだ。
奈緒は明の言葉に「ありがとう」と言ってホッとしたように笑うと、ふと浮かんだ疑問を口にするようにした。
「それじゃあ今のお前は、壁の外がどうなっているのか知っているのか?」
「知っていますよ」
と、明が答えた。
明の言葉に奈緒が言う。
「やっぱり、壁の外にもモンスターやボスモンスターがいるのか?」
言われた言葉に、明はじっと奈緒を見つめた。
「奈緒さん、RPGゲームでどうしてダンジョンの奥にボスモンスタ―がいるか分かりますか?」
「ダンジョンの奥に、ボスモンスターがいる理由?」
考えたことも無かったのか、奈緒が首を傾げた。
そんな奈緒の様子を見て明はまた微笑むと、傍に置いておいたバケツに手を掛けた。バケツの中には消火用の砂が入っている。
「分かりませんか?」
「ああ、私にはさっぱり……」
「ダンジョンの奥にある宝を守る為です」
すっかり燻ってしまった焚火に砂をかけて消火する。
その上からさらに、朝食前に奈緒が用意していた身支度用の水をかけて火の後始末を終えると、明は奈緒に向けて視線をむけた。
「宝のない〝壁〟の外にボスモンスターなんて居ませんよ」




