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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
五章

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願い



 暗く夜の闇に沈んだ街中に、目にも止まらぬ速さで駆ける五つの影があった。ビルからビルへ、家屋から家屋へと跳びながら逃げるその影の後ろから、黒い津波のような()()が押し寄せる。

 ドッ、ゴォオオオンン!!

 津波の正体は幾千、幾億と無数に別れた蒼汰の触腕だ。触腕は全てを破壊し尽くそうとしているかのようにビルを壊し、道路を壊し、街を壊して逃げた影を追いかけ続けている。



「やめろ蒼汰ァ!!」



 触腕から逃げる五つの影のうちの一つ、清水龍一が背後に向けて叫びをあげた。家族のために戦い続けてきたその男の身体は、とうに限界を迎えていた。魔力は尽きて、寿命と体力を奪われて、今でも背後の触腕から逃げるのがやっとの状態だ。

 それでも龍一は、自分に残された唯一の家族に向けて声をかけ続けている。


「蒼汰ァ!!」


 再び龍一がその触腕に向けて呼び掛けた。

 その直後だ。龍一に向けて無数の触腕が振るわれた。触腕は歩道橋を断ち斬り、ビルを壊しながら龍一に迫るとその身体を肉塊に変える―――。


「危ない!」


 龍一の身体が引っ張られた。

 激しい音を響かせて地面が砕かれる。そこに龍一の姿はない。間一髪のところで明が龍一を助け出したからだ。


「やめろ……やめてくれ」


 明に抱えられながらも龍一は縋るように声を絞り出した。


「俺の声が分からないのか!!」


 迫る触腕に魔法をぶつけて破壊した奈緒が言った。


「分からないんだよ! もう見境が無くなってる!!」

「七瀬さん!」


 奈緒の真横から迫った別の触腕を、柏葉が手にした短剣で切断した。


 アーサーから手に入れたその短剣は、これまで手にしていた短剣よりも攻撃力が高いようだ。彼女が振るったそばからその短剣は易々と触腕を切断している。が、それでもやはり街を飲み込むほどの物量を前に余裕はないようだ。

 柏葉は彩夏に迫った触腕を断ち斬ると、荒い呼吸の中で言った。


「これ以上は、もう……ッ、逃げきれません!!」

「これがオッサンの言ってたバッドエンドってやつなの!?」


 動きを止めた柏葉に迫る触腕を、奈緒と同じ初級魔法を身に付けた彩夏が破壊した。度重なる魔法の使用で、顔が青白い。いつ倒れてもおかしくはない状況だ。彩夏はさらに魔法を放ち、言葉を続ける。


「ただ逃げてるだけじゃ意味がないって! 何かしらの手を考えないと!!」

「とは言っても、これ以上どうしたらっ!」


 奈緒が魔法を放ち、前方から迫る触腕を破壊した。道が拓けたその瞬間を明達が駆け抜けていく。


「あの状態になった蒼汰のステータスはギガントを遥かに超えているんだろ!? 私達で倒すなんて絶対に無理だぞ!!」

「柏葉さんッ! 『魔力回復薬』はもう無いのか!? 魔力さえまた戻れば、俺が時間を稼ぐことは出来る!!」

「あの薬はアレで最後です……!」

「万事休す、か」


 柏葉の薬に奈緒が唇を噛みしめた。

 周囲を警戒していた彩夏が声を上げたのは、その時だ。


「……待って。何か聞こえる」

「っ、何だ! まだリリスライラの残りがいたのか!?」

「ううん、違う。これは……声?」

「声?」


 彩夏の言葉に、明や奈緒もまた耳を澄ませ始めた。

 破壊される街の音に混じる、怪物となった蒼汰の雄叫びが響いている。意識を集中させると、なるほど、確かに聞こえる。その雄叫びが声であることが分かる。

 雄叫びのような声を聞いて、奈緒が呟いた。


「お……と……さん? お父さんか?」

「龍一さんを探している?」

「ッ!!」


 龍一がハッとして顔を持ち上げた。それから明達と同じ様に耳を澄ませて、その雄叫びが自分を探す声であることが分かると、顔をくしゃりと歪めて声を張り上げた。



「蒼汰!! 俺はここだ!」



 怪物が龍一の声に反応した。街を壊していた触腕が一斉に何かを求めるように動き始め、龍一に向けて押し迫る。



「ォオオオオオオオオオオ」

「がっ!?」



 振るわれた触腕が龍一を直撃した。回避も間に合わなかったのか、龍一はその触腕をまともに受けて吹き飛ぶ。そこに、追撃をするように触腕の群れが追いかけた。


「っ!!」


 それを、間に入った明たちが弾き返した。

 龍一を守るようにして触腕の相手をし始めた明は、龍一に向けて言う。


「龍一さん、俺達が守りますッ! 蒼汰に声をかけ続けてあげてください! 呼びかけ続ければ、もしかすれば自我が戻るかもしれない!!」

「っ分かった!」


 明の言葉に龍一が頷き立ち上がった。裂けた傷跡から血が流れ落ち、龍一の顔が苦痛に歪む。だが、それも一瞬のことだ。すぐに龍一は声を張り上げる。


「蒼汰!! 聞こえるか、俺はここだ!! ここにいるぞ!!」

「トォオオオオオオオオオオオオ」


 龍一の声に、さらに怪物が反応する。その度に触腕の攻撃は激しさを増していき、龍一を守る明達の輪が小さくなる。


「うっ!」


 触腕の一つが奈緒の頬を掠めた。皮膚が裂けてどろりと血が流れ出る。奈緒は流れた血を拭う仕草すら見せず、真横から来た触腕に手にした魔導銃を叩きつけた。


「一条っ!! あと、どれぐらい耐えればいい!?」

「こっちも、もう限界なんだけど!」

「私も、です」

「分からない……ッ! あとちょっと、もう少しだけ頑張ってくれ!」


 触腕の絶え間ない猛攻に、明達の全身に傷が増えていく。防衛戦は瓦解寸前だった。誰か一人でも命を落とせば、その場に居た全員が死んでしまうことを四人は少なからず察していた。

 だから、彼らは必死に戦い続けた。

 自分のためではない。命を預ける隣の仲間が死なないよう、ボロボロになりながらも必死にその猛攻を防ぎ続けた。




 龍一が蒼汰に呼びかけ始めてから、どれぐらいが経っただろう。

 ふと気がつくと、いつの間にか触腕の動きに翳りが見え始めていた。

 同時に、触腕を操っていた怪物に変化が現れ始めた。それまでまるで言葉とは言えなかった雄叫びが、ハッキリとした声になって聞こえ始めたのだ。


「お…………と……さ…………ん」

「何だ、蒼汰! 言ってみろ!!」


 龍一も、蒼汰に自我が戻り始めたことが分かったらしい。声に力を入れて、さらに呼びかけを続ける。


「ぼ…………く、を」


 触腕の動きが止まる。

 そして怪物は―――いや、蒼汰は。

 龍一に向けて、絞り出すかのように懇願した。


「ぼ……くを、ころ……して」

「っ!!」

「おね……がい。お父……さ……ん」


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