絶えず燃ゆる想い
(……そんなの、分かってる)
アーサーの言葉に、奈緒は心の中で言い返した。
七瀬奈緒に与えられた力は、自分のものじゃない。
全て一条明によって与えられたものだ。
不死の固有スキルも、高い魔力値となるまでに使用した大量のポイントも。全部、一条明によって施されたものだ。
「まったく理解に苦しむよ」
呆れた顔でアーサーが言った。
「どうして一条くんが君を連れているのかが分からない。君だって分かっているだろ? 自分が彼の足手纏いだってことに」
「う゛る……ざい」
血の泡を溢し、奈緒が呟く。
その様子にアーサーが嗤う。
「図星か? だろうな。一条くんの力を思えば、君が彼の傍にいて出来ることなど無いはずだからな。ただ一人、世界をやり直し力を積み上げていく彼に君は何をしてやれる? 何もない。そうだろう?」
奈緒の瞳から涙が流れた。
それが痛みによって流れたものなのか、目の前の男に言い返せるだけの力のない不甲斐ない自分に悔しくて流れたものなのかも分からなかった。
「お前……に、何が分かる」
ゴボゴボと血を吐き出しながら奈緒は呟く。
「お前なんかに、私の何が分かる!!」
涙を流しながら奈緒は声を荒げる。
「分かってるんだよ! 全部、分かってるんだ!! お前に言われなくても、全部、理解ってる!!」
一条明に与えられた固有スキルの使い方を考えた。
どうすればこのスキルを有効に使えるのか。どうすればこのスキルを使い、一条明を助けることが出来るのか。
必死に考え、悩み、そして命を賭して放つ最高の一撃を思いついた。
だけどそれすらも、目の前の相手には届かなかった。
完敗だ。もはや、勝ち筋は無くなった。
「だけど!!」
続けて叫び、奈緒はアーサーを睨み付けた。
血と涙と土埃に塗れながら、彼女は己の敵を見据え続ける。
「私の非力が、すべてを諦める理由にはならないだろ!!」
軽やかな音が響いたのはそんな時だ。
――チリン。
――――――――――――――――――
ボスモンスターの討伐が確認されました。
世界反転の進行度が減少します。
――――――――――――――――――
画面が開かれた。
「――っ!」
その画面に、アーサーの視線が奪われた。
それはほんの一瞬で、数秒にも満たない時間だ。
けれどそれは、七瀬奈緒がたった一つの行動を起こすには十分すぎる隙だった。
「本当に宝の持ち腐れかどうか……試してみるか?」
掠れた声で呟き、奈緒はアーサーの額へと指を突き立てる。
「っ、コイツ……! まだ!?」
「ショックアロー」
呟き、指先に灯る光が即座に破裂した。
吐息がかかるほどの至近距離で生じた激しい衝撃は、アーサーだけでなく奈緒も巻き込み、吹き飛ばす。
大量の血が舞った。
それが誰の血であるかなんて一目瞭然のことだった。
「七瀬!」
声が聞こえた。
ついで、吹き飛ぶ身体が受け止められる。どうやら彩夏が助けてくれたらしい。
「『回復』!」
すぐさま、回復スキルを使用する声が聞こえた。
掌から溢れ出した光が奈緒の身体を包み込む。が、一度の『回復』では血が止まらない。傷が深すぎるのだ。
止めどなく溢れ続ける血の滝に、彩夏が唇を噛みしめた。
「『回復』!!」
続けて彩夏が叫ぶ。
だがその掌に再び光が宿る様子がない。一日で使える『回復』スキルの使用限界に達したのだ。
「『回復』、『回復』『回復』! 『回復』ッ!!」
それでも、彩夏は声をあげる。
目の前で流れ続ける血を止めようと、その傷口に掌を押し当て叫びをあげる。
「死ぬな! 死んじゃ嫌だよ! 七瀬!!」
「――――……分かってる、よ」
彩夏の声に、奈緒が薄っすらと瞼を持ち上げた。
「ごふっ、ごほっ!」
血を吐き出し、奈緒は身体を起こす。
「大……丈夫。死なない。死ぬわけがない。何がなんでも、ッ……ごふっ、ごほっ! …………生きるさ。それが私の力だ」
呟きは酷く掠れて、口に出した言葉は自分の耳に届くのもやっとの大きさだった。
ぼやけた視界が揺れていた。
頭の中に霧が広がったかのように思考がまとまらない。
流した血が多すぎる。『回復』や『自動再生』スキルでは、失った血が戻らない。
寒かった。ただひたすらに、身体の芯から寒かった。
「今でも後悔しているんだ。モンスター達に嬲られ、殺されたあの時……ごほっ、これからは、一緒だって約束したはずなのにッ、ゴホっ、ごぷっ!! 私は、隣に立つことをやめてしまった」
「……七瀬? なんの、話?」
うわ言のように呟く奈緒の言葉に、戸惑うように彩夏が言った。
けれど、そんな彩夏のことすら見えていないのだろう。
奈緒は、血の気のない顔で幽鬼のように立ちあがると、ゆっくりと歩き出した。
「やめて、もうやめてよ七瀬! 本当に死んじゃうよ!!」
それを必死で彩夏が止めようとする。
手を伸ばし、抱きついて。奈緒を止めようと彩夏はしがみつく。
そこでようやく、奈緒は彩夏の存在に気が付いたのだろう。
小さく笑うと、彼女は血に濡れた手で彩夏をそっと引き剥がした。
「……ごめん。ありがとう、花柳。でも……出来ない」
「なんでよ!!」
「約束したからだ」
「約束?」
「ああ……。言っただろ。アーサーの相手は、私が引き受けるって」
それは、一条明と別れる前に七瀬奈緒が交わした言葉だった。
「私が、アイツの相手をするって……ごぷっ! ……自分で、言ったんだ。自分の口で、言ったんだ! もう二度と、約束を違えるわけにはいかない。一条に、無様な姿は見せられない」
息を吐き出し、奈緒は再び歩き出した。
吐き出す吐息に血の泡が混じる
その泡を手の甲で拭い、奈緒は前を向く。
「後悔しているんだ。あの時、私の心が折れなければ……折れていなければ、一条と一緒に強くなれるはずだったのにって。一条のようになれていたかもしれないのにって」
吐息が震えて、血が混じる。
あの日の後悔が、奈緒の足を前に進める。
「もう、折れるわけにはいかない。……立ち止まるわけには、いかない。足を止めるのはあの日で最後なんだ。そうじゃなきゃダメなんだ」
呟き、ああそうか、と自分の言葉に小さく奈緒は笑った。
今になってようやく理解した。
自分自身に与えられた固有スキルの意味を。
「七瀬奈緒は、あの日に死んだ。死んでいたはずだった。……でも、こうしてまだ私が生きているのは、私が一条と共に在りたいと想ったからだ」
だから、想いがあれば生きられる。
想いが途絶えれば、あの日と同じく死に至る。足を止めてしまう。
「アイツが、死に戻りながら強くなるんだったら」
一歩、足を前に進めると血が垂れ落ちた。
一歩、足を前に進めると視界が揺れた。
「私は、死にながらでも前に進むだけだ」
身体はとうに限界を超えている。
けれど、半死半生でもまだ動いている。
ならば立ち止まる理由がない。
立ち止まらなければいつか、追いつけるはずなのだ。
共に在ると誓った、あの青年の隣へと。




