変化の水薬
「ぐッ、ぁ!」
拳は男の額に命中して、バキリとした音をあたりに響かせた。嫌な感触だ。頭蓋骨を砕いたに違いない。
柏葉に殴られた男は、地面を数回跳ねながらゴロゴロと転がると、やがてピクリともしなくなる。
「ば……馬鹿なッ!?」
柏葉の全身に浮かぶ紋様を見つめて、別の信者の男が狼狽して叫んだ。
「〝変化の水薬〟、だと!?」
「〝変化の水薬〟?」
男の言葉を繰り返し呟き、柏葉は地面を駆けた。
それが服薬した水薬の名前だろうか。
言われてみれば確かに、服薬後の現れた画面にはそんな名前が記されていたかもしれない。薬の効果と残り時間にばかり目がいっていたから、薬の名前など意識もしていなかった。
「ステータス」
信者たちの元へと走りながら、状態の確認をする。
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柏葉 薫 24歳 女 Lv89
体力:78(+450)
筋力:120(+340)
耐久:117(+390)
速度:126(+96)
魔力:53
幸運:78(+35)
ポイント:1
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固有スキル
・人形師
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所持スキル
・身体強化Lv2
・武器製作Lv3(MAX)
・防具製作Lv2
・調合Lv3(MAX)
・魔力回路Lv1
・挑発Lv1
・隠密Lv1
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追加スキル
・再生
不完全な変化の水薬 効果残り時間:281.43秒
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表示させたステータス画面には、いくつかの変化が生じていた。
これが、画面に出ていた『ギガントの力の一部が適用された』状態なのだろう。ステータスの数値は魔力値を除く全ての項目が上昇しており、スキル画面の後には追加を示す別のスキル画面と、服薬した薬の効果残り時間が示されていた。
(上昇した数値は、ギガントのステータスの半分……か。でもなんで魔力値だけが………ああそうか)
少しだけ考えて、すぐに納得した。
もともと、画面に現れていたステータスの項目は『体力』『筋力』『耐久』『速度』『幸運』の五つだ。魔力値に関しては、『魔力回路』スキルを取得して生じた追加項目に他ならない。もともと存在しない項目なのだから、外的要因による補正が働かないのだろう。
(速度値の上昇が少ない……っ。ただでさえ相手は速度上昇系のスキルを使ってるのに!)
敵の攻撃を避けるのは無理だ。
むしろ、かつて相対したギガントのように敵の攻撃を受けながら迎撃していく方法で立ち向かっていくしかないだろう。
(時間がないな)
刻一刻と減り続ける効果残り時間を見て、柏葉は画面を消した。
戦闘方法は決まった。
頭の中でいくつかのシミュレーションを行い、腰にぶら下がる短剣を引き抜いた。
「『隠密』」
呟き、柏葉は力いっぱい踏み込んだ。
瞬間、柏葉の下肢に浮かんだ紋様がひと際強く輝いた。紋様は柏葉の筋力を瞬時に増強させて、その身に人ならざる力の補正を行う。
「ふっ!」
地面を蹴って、大きく跳んだ。
「上だ!!」
砕けたアスファルト舗装路を見て、柏葉の動きを察したのだろう。姿も見えず気配も分からないだろうに、信者たちは必死に柏葉を探そうと夜空を見上げる。
そんな信者たちの中へと、柏葉は着地した。
音に反応した周囲の数人が手にした武器を振るってくるが、どれも見当違いだ。姿を隠した柏葉には当たらない。
ぐっと腰を落とした柏葉は、手近にいた信者の懐へと素早く入り込んだ。
「ごめんね」
呟き、手にした刃を力いっぱいに振るう。
「が、ふっ」
銀閃を描いた刃が信者の胸元を深く引き裂いた。
崩れる信者へとトドメとばかりに蹴りを入れて、ステップを踏んでその場から離れる。
「こいつ!」
その直後だった。
ひゅんっとした音とともに直前まで柏葉がいた場所へと巨大な斧刃が落ちてきた。
頭から唐竹割りにするつもりで振ったであろうその刃は、勢いよく空を切ってアスファルト舗装路を粉砕させる。
柏葉は、弾丸のように飛び散る石礫を嫌うようにさらにステップを踏んで後退した。痛みが襲ったのはその時だ。
「いッ、づ……ッ!!」
背後から斬りつけられたのだろう。熱を帯びた激痛が全身を走り、視界が明滅した。
けれど、それも一瞬のことだ。
瞬時に発動した『再生』が柏葉の傷を癒し、その痛みさえも取り除く。
「この!!」
すかさず、柏葉はステップを踏んで反転すると返す刃でその男の首筋を切り裂いた。
「ぐぁッ……」
崩れ落ちる男を蹴り飛ばし、空間を確保する。
すると、その確保したばかりの空間へと別の男が踏み込んでくる。
「よくも!」
仲間の仇でも討つつもりなのだろう。男の瞳は怒りに燃えていた。
(これは―――……避けられないか)
男が振りかぶる直剣を見て、瞬時に柏葉は判断した。
「っ」
片腕を持ち上げた。ちょうど男が振るう刃の軌道上だ。柏葉は、自らの腕を盾として使おうとしていた。
「――ッ」
直後に襲う、振るわれた刃と力に抵抗する自らの固い皮膚の感覚。肉が裂かれた激痛に声が漏れそうになる。ズブリと皮膚に沈み込んだ刃は腕の骨にぶつかり、やがて止まった。
「腕!?」
まさか、自分の腕を犠牲にするとは思ってもなかったのだろう。
慌てて刃を引き抜こうとする男の行動を制するように、柏葉は片腕に沈んだ刃を掴み男を引き寄せると、その股を思い切り蹴り上げた。
「ぐぇえええあああああッッ!!!???」
何かを潰した嫌な感触と共に、蛙が潰れたような悲鳴があたりに響き渡る。
激痛にぐるりと白目を剥いた男を蹴り飛ばして、柏葉は片腕に残された直剣の刃を邪魔そうに抜き取ると、短剣と直剣をそれぞれ両手に構えた。
「ふー……」
小さく、息を吐く。
心の内に広がる雑念を無理やりに消して、目の前の戦いに意識を集中させていく。
「『隠密』」
そうして、再び姿を消して仕切り直しを行おうとしていた時だ。
――チリン。
また、音が聞こえた。
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ボスモンスターの討伐が確認されました。
世界反転の進行度が減少します。
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その画面は唐突に、柏葉薫の目の前に現れた。




