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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
五章

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幕間 『黄泉帰り』を殺す方法



 横浜の街のとある礼拝堂で、一人の男が膝をつきしゃがみ込んでいた。

 割れた窓ガラスから差し込む僅かな月明りが闇に覆われた空間を薄っすらと切り裂き、伽藍とした礼拝堂で祈りを捧げる男を照らしている。


 一見するとそれは、まるで崩壊する世界を憂う聖職者然とした光景だ。

 ただし一点、男が祈りを捧げる相手が『魔王』であることを除けばだが。



「依り代の用意は出来ました。あとは『血』を流し込むだけでヴィネはこの世界へと顕現し、世界は――()()()()()()()は無事に救われるはずだった」



 独白をするように、自分自身に言い聞かせるように呟くその声が、静謐に満たされた堂内の空気を震わせる。



「問題は、その依り代が我々のもとから逃げたことです」


 清水龍一、とその男――ニコライが呟く。


「あの裏切者さえ居なければ、ヴィネはもうすでに顕現することが出来ていた。我々の目的は達成され、お前の願いも無事叶えることが出来ていた。……この言葉の意味が分かりますよね? アーサー」



 男の言葉に応じるように、ふいに礼拝堂の隅の陰が揺れた。

 陰は、滲むように痩身の男の姿を作り出す。



「……なんだ、バレていたのか」



 企んでいた悪戯が見つかった、そんな顔で姿を現したアーサーは笑う。

 ニコライは、そんなアーサーへと向けて呆れたため息を吐き出すと、頭を振りながら口を開いた。



「あなたは偵察者(スカウト)としてはそれなりに使えますが、暗殺ともなればまるで使い物になりませんね。脚運びも、気配の隠し方も、まるで素人だ。『隠密』という我々にはない素晴らしい力を使いながらも、その力の真髄を半分も引き出せていないように見える」

「当たり前だ。貴様ら異世界人とは違って、こちらは平和的に生きてきたただの人間なのだ。力を与えられたからといって、すぐに使いこなせるようになるわけではない。……それに、そもそもだ。『隠密』スキルを見破れたのは、その眼の力だろう」



 憮然とした口調でアーサーは言った。



「『慧眼』といったか? ありとあらゆる眼に関するスキルを取得せずとも使用することが出来る固有スキル。それが無ければ、『隠密』で隠れた私を神父殿は見つけることが出来ないではないか」

「否定はしません。ですが、あなたの力が未熟であることもまた事実です」



 ため息を吐き出し、ニコライはアーサーを見つめる。



「……それで、何用ですか? まさか、私を驚かすためにここに来たわけではないでしょう?」

「そのまさかだ」


 言って、アーサーはニヤリと笑う。


「朗報だぞ、依り代が見つかった」

「……なに?」



 アーサーの言葉に、ニコライの眉が持ち上がった。



「それは本当ですか?」

「ああ。昼間、サハギンチーフが騒いでいただろう? 実は、そこで我々が探している依り代を見つけていたのだ」

「……昼間? まさか、あの時ですか? あの時には何もなかったとの報告を受けていますが」



 ジロリとした視線がアーサーに向けられる。

 アーサーは、その視線を正面から受け止めると小さく肩をすくめた。



「見つけたは見つけたが、少々、厄介なオマケも一緒に居たものでな。すぐに報告はせず、様子を見るために泳がせていたのだ」

「オマケ?」

「巨人殺しだ」



 言って、ニコライもアーサーが誰のことを言っているのか察したのだろう。喉を鳴らすように小さく笑った。



「ああ、例の。あなたの、その右腕を奪ったという人間ですね」


 愉悦するように言ったその言葉に、アーサーの顔が歪んだ。


「そうだ。あの男が傍にいるかぎり、我々の動きがバレている可能性が高い。……事実、あの男は裏切者と合流すると、すぐに不穏な動きを見せている。すでに何かしらの情報を掴んでいるとみていいだろう」

「今はどんな様子ですか?」

「郊外にある民家で身体を休めているようだな」

「なるほど」



 呟き、ニコライは思考を巡らせるように視線を彷徨わせた。



「アーサー」

「なんだ」

「巨人殺しが――その男が、一度死ねば過去に戻るというのは、嘘偽りのない事実で間違いありませんか?」

「さあな。私も、あの男の口からしか聞いていない。あの男が口にしたその効果が、真である保証もない。もしかすれば適当にホラを吹いただけなのかもしれない」



 肩をすくめるアーサーに、ニコライはため息を吐き出した。



「……なるほど。であれば普段の私なら、あなたの話を嘘だと断言したでしょうね」

「ほう、なぜだ?」

「『黄泉帰り』――……。死をきっかけに過去に戻るだなんて、ある意味で神にも等しいそんな力を、ただの人間が身に付けることが出来ないからです」



 言って、ニコライはアーサーへと瞳を向ける。



「私たちの世界アルムストリアと、あなた方の世界は境界線上の反転世界だ。アルムストリアは、かつてこの世界で生き、時代とともに消え去るしかなかった神々が作った逃げ場であり理想郷だ。――ゆえに、私達の神々はあなた方、人間の恐ろしさを知っている。力を与えれば、()さえも殺す力を錬磨の先で身に培うことが分かっている」



 だからこそ、ありえない。

 そうはっきりと、ニコライは言う。



「この争いは、かつて死に追いやられた神々の復讐であり、やがて消えゆく私達が生きるための戦いだ。私達の侵攻に合わせて()()()偶然にも、あなた方にも力が与えられたようですが……。それはおそらく――私達の世界とあなた方の世界が置き換わる過程で一時的に混ざったからでしょう。あなた方の力は、私達の世界の力でもある」

「……つまりは、アルムストリア(自分たち)に不利となる力を、私達、この世界の人間が身に付けるはずがない、と?」



 アーサーの言葉にニコライは頷いた。



「その通りです」

「ふむ。……だが、分からんな。であれば、どうしてお前たちの世界のスキルと私達がポイントで得られるスキルが違う? いや、より正確に言えばお前たちの世界にあるスキルと、私達の世界のスキルに差異があるのはどうしてだ?」

「分かりません。……それこそきっと、神のみぞ知る理由でしょうね」

「はっ、であれば貴様らの神に問いかければよかろう。仮にも聖職者だろうが」

「神は私達、紛い物に興味がありません。私達(紛い物)はただただ、神の加護を享受し日々に感謝し生きるだけです」



 にこやかな笑みを浮かべるニコライに、アーサーは小さく鼻を鳴らした。



「…………それで、どうする。私の話を信じるのか、信じないのか」



 逸れた会話を戻すようにアーサーは言った。

 その言葉に、ニコライはまた思案顔に戻る。



「そうですね……。真偽の分からない話ではありますが、ここは……ひとつ、信じてみましょうか」


 言って、ニコライは静かに微笑む。


「その男が、本当にあなたの言うように死ねば過去に戻るのならば、死なないようにしてあげましょう」

「死なないように? 方法があるのか?」

「簡単な話です。手足を捥いで、舌を抜いて。人とは呼べない姿にしてしまえば良いのです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なるほど。そうきたか」



 呟かれる声に、アーサーは笑った。



「確かに。生きている間は、使えないスキルだ。あの男を本当の意味で殺すには、死なないようにしてあげることが一番なのだろうな」

「……アーサー。同胞を集めなさい。一時間後にはこちらから仕掛けます」

「心得た」



 呟く言葉を最後に、アーサーの姿は再び滲むようにして消える。

 ニコライは、そんなアーサーの姿から視線を外すと再び祈りを捧げるように俯いた。



「……主よ。どうか御名の加護を我らに授け賜え」



 声は静かに、ゆっくりと響いて消えていく。

 そうして再び静かになった礼拝堂には、異世界の神へと祈りを捧げる男だけが残されていた。


ニコライがアーサーの話を信じないと判断した場合の結末が、今章におけるループⅠに行き着きます

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かになぁ。死がトリガーな以上、封印みたいなことをすればいいし、寿命死とかの避けようのない死が来る前に廃人にしてしまえば何も問題ないもんな。
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