歯には歯を
「目には目を。歯には歯をってヤツですよ」
首を傾げた奈緒に向けて、明は悪戯を思いついた子供のようにニヤリと笑った。
「この街にあるじゃないですか。連中を弱体化させることが出来るものが」
「この街に?」
不思議そうに奈緒は言葉を繰り返した。
明は頷く。
「イビルアイ。アイツらを使いましょう」
「イビルアイって、あの目玉のモンスターか? アイツを使ってどうやって?」
「――……そうか。アイツらの使う魔法だな?」
奈緒の疑問に答えるように、龍一がハッとした顔で呟いた。
「イビルアイは弱体化の魔法を使う。それを、アイツらにぶつけようってことか」
「そうです。ステータス減少――いわゆるデバフを使ってくるアイツらを利用して、リリスライラの連中そのものを弱体化させます。連中が厄介なのは『ヴィネの寵愛』というステータス上昇のスキルを持っていることだ。それさえなければ、実力はイーブンになる」
「そう上手くいくのか? リリスライラの連中はモンスターと同じ、異世界から来た人間なんだろ? 同じ異世界から来た者同士、互いが互いを襲わないかもしれないじゃないか」
明の言葉に、慎重な姿勢の奈緒が言った。
その言葉に龍一が答える。
「それはないな。モンスターにとっちゃあ、連中も俺たちも等しく食料だ。出身がどこだろうと、モンスターは人間を見れば襲って来る。それこそ、本能に近いものだろう」
実際、連中がモンスターに襲われて対処していたのを目にしたしな。
と、龍一は口元を歪めるように笑いながら言った。
その言葉を聞いて、奈緒が「なるほど」と呟き頷いている。
すると、そんなやり取りに彩夏が疑問を投げかけた。
「だとしてもさー、問題はどうやってイビルアイの魔法を連中にぶつけるのかじゃない?」
彩夏は、だらりとした姿勢で龍一と奈緒の二人の顔を交互に見渡すと、言葉を続ける。
「リリスライラの人達も、モンスターの危険度はわかってるわけでしょ? イビルアイなんか見ればすぐに始末しようと動くと思うけど」
「ああ、問題はそこなんだよな」
眉間に皺を刻んで、明は重たいため息を吐き出した。
「イビルアイの元に連中を誘導するにしても、誘導した先でイビルアイが連中を襲うとも限らない。下手をすれば、イビルアイもろともリリスライラの連中を相手にしなくちゃいけないかもしれない」
「イビルアイとリリスライラ、そして私たちの混戦状態になる可能性もあるわけですか」
柏葉が思案顔になって呟く。
「さすがにそうなると、数の少ない私たちが不利ですね。私の固有スキルみたいに、モンスターを操れるスキルがあればいいんですけど。そんな都合の良いスキルは無いんですか?」
「…………ないな」
明は柏葉の言葉にゆっくりと頭を振った。
「自分のレベルよりも低いレベルのモンスターを一時的に恐慌状態に陥れる『威圧』スキルとか、短時間だけ自分自身にヘイトを向ける『挑発』スキルなんかはあるけど、モンスターそのものを操れるようなスキルを俺は見ていない」
一条明が持つ現在のポイントは、たったの15だ。
スキル一覧の画面に表示されるスキルは、現状のポイントで取得できるスキルのみが表示されているが、明はすでに何度も大量のポイントを保有した状態でスキル一覧の画面を開いている。
その時に、それらしきスキルは見ていないのだから、ポイントで取得できるスキルにはモンスターを操れるスキルは無いのだろう。
それを柏葉も分かっているのだろう。「そうですか……」と深いため息を吐き出した。
「操ることが出来ないなら、やっぱり混戦状態に持ち込むしかない? そこで、私たちがイビルアイの魔法を避け続けて戦うとか」
「さすがに無理があるでしょ」
柏葉の言葉に彩夏が呆れたように言った。
「現実的に、出来る方法と言えば罠に嵌めるとかじゃない?」
「罠? 例えばどんな?」
「ほら、よくあるじゃん。ローグライクのダンジョン型ゲームでさ、扉を開けたらモンスターハウスでしたーってやつ。イビルアイが大量にいる部屋にリリスライラの人達を閉じ込めれば、運が良ければイビルアイの魔法で弱体化もするし、最悪、イビルアイを相手に疲弊はするじゃん? そこを叩けばいいんじゃない?」
「花柳、お前……。エグいことを考えるんだな」
彩夏の発言に奈緒が引いていた。
きっと、過去に自分がモンスターの大群に襲われ、殺されたことを思い出しているのだろう。僅かに歪んだその顔からは、一気に余裕がなくなっているようにも感じた。
一方で、そんな奈緒の過去を知らない彩夏は、らしくもない奈緒の様子に少しだけ不思議そうな顔をして首を傾げている。
明は、そんな二人の会話を取り持つように小さく咳払いをすると、彩夏の言葉に頷いた。
「モンスターハウスっていう罠の内容は確かにエグいけど、俺は正直悪くない、と思う。みんなはどうだ?」
「まあ、確かにその方法なら出来なくもねえが」
顎髭を撫でながら龍一が言った。
「問題は、どうやってそんなに大量のイビルアイを同じ場所に誘導するかだ。その方法をとるなら、集めるイビルアイは何十匹じゃ意味がねえ。それこそ、百単位で必要だぞ? それに、大量のイビルアイを押し込む場所も必要だ」
「場所は適当な学校の体育館とか、街の公共施設の中とか、何でもいいと思うけど。イビルアイの数は、罠にかける人数を全員じゃなくて三分の一とかに減らせばどうにかならない? リリスライラの人達を一気に叩くんじゃなくて、十人単位に分けて相手にしていくの」
「まあ、それならどうにか出来そうか」
彩夏の言葉に龍一が頷いた。
「そうなると、あとの問題はそれで弱った連中と集めたイビルアイを始末しないといけないことだが……」
言って、龍一は真剣な表情となって明達を見つめる。
「確認するが、本当に良いんだな? ……これから、俺たちがやろうとしていることは決して褒められたことじゃねえ。連中を始末するってことは、人の道を踏み外すことでもある。……それでも、アンタらは、連中の相手をするってことでいいんだよな?」
それは、この場に集まる全員の覚悟を問う言葉だった。
「俺は、蒼汰を守るためならと既に覚悟を決めた。沙耶のこともある。連中には借りを返さなくちゃいけねえ。でも、アンタらは正直に言って、まだ引き返すことだって出来るんだ。無理にその手を汚す必要もない」
静かに告げられたその言葉が、明達の顔から表情を消した。全員が全員、真剣な表情となって龍一の顔を見つめていた。
そうして、長い沈黙が続いたあと。
最初に口を開いたのは、明だった。
「それこそ、今さらだ」
明は龍一の言葉に呟いた。
「俺ももう、後には引けない。俺の手はすでに汚れているんだ。連中がいることで、この世界が終わりを迎えてしまうんだったら……。俺は、俺の大切なものを守るために全力で抗う」
「正直に言って、私はまだ分からない」
明の言葉に次いで、奈緒が呟いた。
「その時になって、私が躊躇なく引き金を引けるのかどうかも、今はまだ皆目見当もつかない。……けど、綺麗なままじゃダメだってことも分かってる。誰かひとりに罪を被せて、私ひとりが見て見ないフリをしているつもりもない」
だから、と奈緒は頷いた。
「綺麗ごとで生き残れない世界だ。必要なら、この手も汚すよ」
彩夏が頷く。
「あたしもそう。七瀬と同じ。正直、言われたところでハッキリとまだ言えないけど……。生き残るために。あたしの大切の人達を守るために、必要なら……あたしは、やる」
「私は、みなさんのように強くはないから、すぐにハッキリとそうだって言えないけど」
柏葉が弱々しい笑みを浮かべて言った。
「でも、このまま誰かが死ぬ未来が決まっているなら……。誰も生き残ることが出来ない未来が決まっているのなら、私は、みんなの役に立ちたいかな」
四人の、それぞれの覚悟を聞いて、龍一はため息を吐き出した。
「……分かった。一度、明には力を貸してくれとお願いされていたが、改めて俺からアンタらにお願いさせて欲しい。……どうか、蒼汰を助けるために俺に力を貸してくれ。頼む」
深く、深く龍一は頭を下げた。
龍一が頭を下げたことで、話の流れが分からないまでも蒼汰もまた、頭を下げていた。
その様子を見つめて、明達は小さく笑った。
返事は、もうすでに決まっていた。




