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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
五章

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失格

 


「俺がリリスライラの連中と初めて接触したのは、モンスターがこの世界に現れてからすぐのことだった」



 ぽつぽつと、龍一は語り始める。


 彼と、リリスライラの馴れ初めを。

 モンスターがこの世界に現れたあの日から今日まで続く、寝ても覚めない悪夢の物語を。



「知っての通り、この街のモンスターはレベルが高い。中にはカニバルプラントと呼ばれる食人植物や、ロックバードなんて言う怪鳥も存在してはいるが、それでも、この街に現れた大半のモンスターはイビルアイと呼ばれる目玉の化け物だ。イビルアイ(アイツら)のレベルは50を超えている。俺たちの身にもレベルやステータス、スキルなんてものがあると分かった頃には、この街の大半の人間がモンスターに殺されていた」



 地獄ってのはあんな光景なんだろうな、と龍一は過去を振り返るような瞳になって薄く笑った。



「路地で泣き叫ぶ子供。その傍で倒れた、母親とも区別のつかない倒れた人間。路上に広がる血と、理解したくもない謎の肉。悲鳴と絶叫、血と涙。誰もかれもが、生き残ることだけに必死で、他人のことなんか構ってる余裕はない。そんな混乱の最中に、連中は俺たちの前に現れた。連中は、あっという間に周囲のモンスターを殺してしまった。周囲のモンスターを殺し終えた後、連中が笑顔で手を差し伸べてきた時は正直、アイツらのことを神様かと思ったぐらいだ」



 けれど、手を差し伸べたのは神様でも何でもなかった。



「生き残った誰もが、連中の庇護下に入ろうと必死だった。当たり前だ。連中に助けられなければ、死ぬのが目に見えていたんだ。その連中の正体がどんなヤツらであろうと、まずは助かることが一番だとその時は誰もが本気でそう思っていた」



 きっと、この街に現れたモンスターのレベルが低ければそんなことにはならなかったのだろう。

 龍一はそう言いたげな表情で唇を歪めると、深々としたため息を吐き出した。




「家族を守るためには、連中の庇護下に入るしか方法はなかった。あの時の俺に、選択肢はなかったんだ」



 そうして、男は――清水龍一は、リリスライラと契約を結ぶ。

 その身を魔性に堕とし、人の道を外れる選択肢を選んでしまう。




「明、と言ったか? アンタ、リリスライラの連中のことは多少知っているんだろ? だったら、『ヴィネの寵愛』というスキルを聞いたことがあるか?」



 明は、向けられた瞳に頷きを返した。



「名前ぐらいは。詳しい効果は知らない。……ただ、ステータスを底上げするタイプのものだと思ってるけど」

「ああ、そうだ。『ヴィネの寵愛』は、魔王ヴィネとの間に出来た回路を経由し、ヴィネから直接力を受け取ることでステータスの底上げを行っている」



 なるほど、だからか。

 と明は龍一の言葉に頷いた。


 以前、龍一に『解析』を使った時、彼のスキル欄には『ヴィネの寵愛』が記されていなかった。元、とはいえ龍一はリリスライラの一員だったのだ。『スキルリセット』というシステムを使っていないのであれば、一度取得したスキルがそこに無いのはおかしなことだった。



(龍一さんによると、リリスライラを抜けた時にヴィネとの繋がりを絶たれたらしい。その時にきっと、『ヴィネの寵愛』スキルも失ったんだな)



 もしも、これがポイントで取得したスキルであったのなら話は別なのだろう。

 けれど、魔王との()()()によって得たスキルは、その繋がりが消えたことで同時に消失してしまった。



「ヴィネから得られる力の大きさは、この世界が異世界へと近づけば近づくほどに大きくなる」


 龍一は話を続ける。



「『ヴィネの寵愛』ってのはつまり、世界反転率が進めば力が増すスキルだ。これだけを聞けば、この世界で生き残るにはこれ以上ないほど最適なスキルだと思うだろ? ……だが、同時に問題もある」

「この世界の破滅を前提としたスキルだから、ですね」

「そうだ」


 龍一は頷いた。


「生き残る力は欲しいが、この世界を滅ぼしてでも得たいと思わない。そもそも、そんな力で生き残ったところで意味がない。生き残った先にあるのは、異世界に侵略され終えた世界だからだ」



 でも、そんな力に縋ってでも生き残りたいと思う人間はいる。



「話が逸れたな」


 呟き、龍一は小さく笑った。その顔に、確かな疲れが滲んで見えた。



「そこからの事は一度、話した通りだ。人を殺せと連中に迫られ、俺は連中の危険性に気が付き、すぐに家族を連れて逃げ出した。けど、すぐに俺たちは連中に捕まった。逃げられなかった。俺は、蒼汰や沙耶()と離れ離れとなり、監禁された。水も飲まず、飯も与えられず、五日間放置され続け、ようやく連中から飯が与えられたと思ったら、目の前に転がっていたのはモンスターの死骸だった」

「ひどい」



 小さな声で奈緒が呟いた。

 龍一が掠れた声で笑う。



「連中は、遊びのつもりだったんだろうな。飢えた俺が、モンスターを喰うかどうか賭けていたみたいだった。だが、俺は与えられた死骸を喰った。そうしなければ家族に会えず死ぬと思ったからだ。……俺に、『悪食』の固有スキルが出現したのはその時だ。出現した『悪食』のスキルは、喰った対象のステータスの数%を自分の力にする力だった。『ヴィネの寵愛』を失い、力の無かった俺は連中から与えられる死骸で力を身に付けることを思いついた」



 龍一は、リリスライラから与えられるモンスターの死骸を食べ続けたらしい。

 そうして牙を研ぎながらもチャンスを待ち続け、ようやくその時はやってくる。



「監視の一人が油断した。その隙を狙い、俺はソイツを襲い逃げ出した。同じように捕まっていた蒼汰たちを見つけた時には、もう何もかもが遅かった」



 そこで、龍一は一度言葉を区切った。

 重たいため息を吐き出し、彼は壊れた笑みを浮かべる。



「なあ、お前たちは目の前で人間が溶ける様を見たことがあるか?」

「……え?」

「溶けたゼリーのように姿が変わるんだ。皮膚が溶けて、崩れて、耳や鼻や手や指が、どろりと溶けていく。ニコライのヤツは、それを〝拒絶反応〟だと言っていた。沙耶は――俺の妻は、蒼汰と同じくヴィネを復活させるための道具にさせられていたんだ」



 当時のことを思い出したのだろう。吐き出された彼の言葉が震えていた。握りしめた固い拳が、彼の心に渦巻くその感情を物語っていた。



「逃げ出す直前に、ニコライが現れた。沙耶が身を挺したおかげで、どうにか蒼汰だけは連中の手から取り戻すことが出来た。…………だが、残された沙耶は俺と蒼汰の目の前で『血』を飲まされてしまった。途端に、沙耶の口から聞いたこともないような悲鳴が漏れた。人とも呼べない身体に変わり、アイツは死んだ。それを目にした蒼汰は恐怖のあまり気を失った」



 そうして次に目を覚ました時には記憶の一部が無かったらしい。

 おそらく、自己防衛に近いものだろう。幼い少年の心は、あまりにも酷いその現実を受け止めきれず、当時の出来事を〝忘れる〟という方法でその心を守ったのだ。



(けど、実際には忘れてなんかいない。だから、俺が母親のことを問いかけた時に、あれだけの声をあげて泣きじゃくっていたんだ)



「……そこからは、お前らが知る通りのことだよ。蒼汰を連れて再び逃げ出した俺は、蒼汰を隠した。連中に捕まれば、蒼汰が沙耶と同じ目に合うことが想像できたからだ。そんな蒼汰を残してでも、俺がこの街に残り続けたのは他でもない。復讐のためだ。妻を――沙耶を化け物に変えられ殺された復讐をするために、俺はこの街に残り続けている」

「その復讐に、蒼汰を巻き込みたくなかったんですね」



 静かに呟かれた明の言葉に、龍一が間を置きながらも頷いた。



「…………ああ。自分勝手なことだと思ってるよ。あの子に顔を合わせる権利は、俺にはもうないとも思ってる。だけど愛する女をそんな目に合わせられて、ただ黙ってるだけの男がどこにいる?! 人として死なせてあげられなかった。化け物となってアイツは死んだ!! 俺は、確かに父親失格だ。だけどな!!」



 言って、龍一は顔を上げる。



「アイツに惚れた男として、失格になるわけにはいかねぇんだよ」



 震えながら吐き出された言葉に、明は何も言えなかった。

 ただただ黙って、龍一の顔を見つめ続けることしか出来なかった。


 一方で、そんな明とは違って反応を示したのは奈緒だ。


 奈緒は、ゆっくりと大きなため息を吐き出すと、そっと言葉を呟いた。



「馬鹿だな」

「……なんだと?」


 呟かれた言葉に龍一が即座に反応した。


「おい、もう一度言ってみろ。お前、今なんて言いやがった?」

「馬鹿な男だと、そう言ったんだ」

「ッ、テメェ!!」



 奈緒の言葉に、龍一が激昂した。

 龍一は奈緒の胸倉を掴み上げると、その顔を睨み付ける。



「アンタには分からねぇだろうな。俺が、どんな想いで蒼汰を置いてきたのか……。俺が、どんな想いでここに残っているのか!!」

「分からないよ」


 奈緒は静かに言った。


「私には、どうしてあなたが沙耶さんの想いを汲んでやらないのかが分からない」


 言いながら、自らの胸倉を掴むその腕を掴み上げた。



「身を挺して、沙耶さんは蒼汰をあなたに託したんだろ?」


 龍一の瞳を睨みながら、奈緒は問いかける。



「あなたに、蒼汰を任せたんだろ!?」


 問いかけながらも、彼女は龍一に言い聞かせる。



「だったら……。だったらなんで、あなたは蒼汰の傍に居てやらなかったんだ!! どうしてあなたは、沙耶さんの想いを無駄にしてるんだ!!」


「無駄に、なんて……」


「している! しているよ!! 沙耶さんにとって、あの子はどんな存在だったんだ!! そんな子を、命を賭してあなたに預けた意味は何なんだ!! あなたを信頼していたからじゃないのか!? 一生を添い遂げると誓ったあなたにだから、何よりも大切な自分の子供を託したんじゃないのか!? あなたは父親だけじゃない。男としても失格だ。最低な男だよ!!」


「奈緒さん」



 涙を溢し、龍一に訴えかける奈緒をそっと明は制した。

 しかし奈緒は、その言葉に首を振る。

 まだ言い足りないと、龍一の顔を涙で濡れた瞳で睨み付ける。



「コイツのエゴに振り回される蒼汰が可哀そうだ! 蒼汰の残り時間はただでさえ限られてるのに……ッ!! コイツは! この男はァ!!」



 龍一は項垂れていた。

 奈緒の胸倉を掴むその手を離し、感情を失くしたように下を向いて、呟く。



「――――……エゴ、か」


 ぽつりと龍一が呟いた。



「確かに、アンタの言う通りかもな。俺は、結局……。俺のことだけしか見てなかったんだ。沙耶がどうして、蒼汰を俺に託したのかも考えちゃいなかった」



 ゆっくりと彼は瞳を持ち上げた。



「……なあ、俺はこれからどうしたらいい?」

「私に聞くな」



 突き放すように奈緒は言った。



「私達は蒼汰を助ける。その間に、あなたが蒼汰に出来ることはたくさんあるだろ」

「…………そう、だな」


 呟かれたその言葉に、龍一は頷いた。

 その瞳は出会って初めて、蒼汰がいるその場所へと向けられていた。







 蒼汰の元へ向かうと、彼は柏葉たちと一緒にトランプに興じていた。


 どうやら、ババ抜きをしているらしい。ゲームも終盤に差し掛かっているのか、車座に座る三人の真ん中には捨てられたカードが山のように積まれていた。



「あ」


 ハッとした声をあげたのは蒼汰だ。



 彼は、柏葉が握る二枚のカード越しに明の姿を見つけると、待ち人が現れたことにようやく安堵したのか、表情をホッと綻ばせると小さく笑った。


 けれど、その笑顔もすぐに固まる。


 明の背後に立つ龍一に気が付いたからだ。

 蒼汰は、何かを我慢するようにきゅっと唇を結ぶと、浮かべていた笑みを消して俯いた。


 明はそんな蒼汰のもとへと近づき、しゃがみ込んで視線を合わせる。



「お待たせ。なにをしていたの?」

「ババ抜き。お姉ちゃんに教えてもらった」



 蒼汰の視線が彩夏へと向いた。

 その視線に、彩夏が小さく肩をすくめた。



「お絵描きにも飽きたって言ってたから。ちょうど、この家にトランプも残ってたし」

「お絵描き、飽きちゃったの?」

「うん。欲しい色が無かったから」


 言って、蒼汰は寂しそうに色鉛筆を見つめた。


 蒼汰が使っている色鉛筆は、明達が探索の途中で見つけてきたものだ。本来であれば十二色入りだったはずのそれは、元の持ち主の管理が杜撰だったのか見つけた時点でいくつかの色が無くなっている。



「何色が欲しかったの?」

「青色。一番好きなのに、無くなってた」

「探してこようか?」

「ううん、いい」



 明の言葉に蒼汰は首を横に振った。

 柏葉が困ったように言う。



「私達も探してこようか? って聞いたんですけど……。蒼汰くん、いらないって言って聞かなくて」

「そうなんですか?」

「はい。どうやら、私達がお父さんと合流したことによって、今度は私達がお父さんと一緒に自分を置いていくんじゃないかって思ってるみたいで」



 ……なるほど。そういうことか。


 明は、柏葉の言葉に心の中でため息を吐き出すと、龍一へとその視線を向けた。



(理由もなく置き去りにされたことが原因で、蒼汰は、今でもまた置き去りにされるんじゃないかって不安に思っている。そんな蒼汰の不安を、俺の口から否定するのは簡単だ。……けど、その役目は俺じゃない)



 本当の意味で、蒼汰の不安を拭うことが出来るのは一人だけだ。

 そんな明の意図が伝わったのだろう。

 龍一は緊張した面持ちで小さく頷くと、一歩、前に進み出た。



「蒼汰」



 龍一の呼びかけに蒼汰がびくりと肩を震わせた。

 蒼汰は龍一を見つめる。

 ひどい顔だ。たった六歳の子供が浮かべるものじゃない。

 小さな身体で怯えたように龍一を見つめるその瞳は、まるで道端に捨てられた子猫のように切なそうで、あるいは姿の見えない親を探し続ける子供のように、我慢と不安がごちゃ混ぜになった色をしていた。



「……ッ」



 その姿に、龍一が小さく息を飲んだのが分かった。

 蒼汰と向き合い、ようやく彼も分かったのだろう。

 自分が、どれだけ酷い仕打ちを彼にしていたのかを。



「蒼汰」



 もう一度、龍一は蒼汰の名前を呼ぶ。

 そしてゆっくりと少年の元へと近づき、その身体を抱きしめる。



「ごめん。……ごめんな」



 言葉は、小さく短いものだった。

 けれどその言葉で少年はもう十分だった。



「おとう、さん」



 少年の顔がくしゃりと歪む。

 それまで、我慢していた涙がぽろぽろと瞳から溢れ出す。




「なんで、なんでぼくを置いて行ったの? ぼくが悪い子だから? だから、おとうさんは僕を捨てたの?」

「違う。お前は悪くない。悪いのは全部、俺だ。お前は何も悪くないんだ」

「それじゃあ、なんで? ひとりは嫌だよ。置いて行かないでよ……! 一緒に居てよ!!」



 その叫びは、明達と出会ってから蒼汰が初めて口にした、自分の想いだった。



「玩具もいらない! お菓子もいらない!! ゲームもサッカーボールも、青色の色鉛筆も何もいらない!! だから、お願いだよ。一緒に居てよ、置いて行かないでよ! お父さん!!!」

「……ああ。もう、どこにも行かないよ」



 龍一は呟き、蒼汰の身体をもう一度抱きしめる。

 もう二度と間違いを犯さないように。

 彼にとって、本当に守るべきものを確かめるように。

 龍一は、泣きじゃくる蒼汰の身体を少年が泣き止むまでずっと、抱きしめ続けていた。



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[一言] 奈緒さんカッコよい… 主人公早く魔力回路復活してくれー!
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