勝手の理由
「――――は」
思わず、声が出た。
画面自体はこれまで何度も目にしたものだ。今さら驚くようなことは何もない。
けれど視線は、画面に書かれたその単語に奪われた。
(EX……? 何だよそれ、普通のシナリオとは違うのか? いや、それよりもクリア条件が)
リリスライラの目的阻止率。
記載されたその文字を、明はじっと見つめた。
(今までのような、数じゃない? パーセンテージでクリア条件が示されたのは、これが初めてだ)
クエストやシナリオ。二つの在り方は違えど、これまでシステムに与えられた多くの課題を明はこなしてきた。
そこには必ずと言っていいほど〝数〟という明確な達成条件が示されていた。
しかし、今回表示されたシナリオは今までのクエストやシナリオとは毛色が違う。
〝%〟という割合で示されたそのクリア条件は、何をどうすればいくつの数値が進むのかが分からないものだった。
(リリスライラの目的を防ぐ。それが、このシナリオのクリア条件であることは間違いない。けど――――)
肝心の、その目的は何を示している?
異世界の侵略をやめさせることか? それとも、この世界の人間を使って同士討ちさせることを止めることか? もしくは単純に、この画面に書かれたように魔王の復活を止めることなのか?
(目先のことだけを考えれば、今の連中の目的は蒼汰を手に入れることだ。連中は、蒼汰を魔王復活の糧にしようとしている。それを防げば、このシナリオは終わるのか?)
方法としては間違っちゃいないと思う。
けれど、それだけではきっと、このシナリオのクリア条件を満たしていないとも思う。
(蒼汰を救ったところで、連中は魔王復活を諦めない。すぐにまた、別の誰かを使って同じことを企むはずだ)
蒼汰を救うことだけでは意味がない。
それだけでは『リリスライラの目的』という根本的な解決には繋がらない。
異世界の侵略を止めることも、この世界の同士討ちを止めることも、魔王復活という連中の企みもすべて、蒼汰を救っただけでは終わらない。
(……このシナリオと、今までのシナリオは何が違う?)
心で呟き、明は考える。
シナリオは、誰かの想いに応える形で発生していた。
奈緒の、一条明と共に在りたいという想いを。
柏葉の、誰かの役に立ちたいという願いを。
明の、理不尽に抗う覚悟を。
それぞれが心から想い、願い、決めた覚悟に嘘偽りがないのかを、『シナリオ』は試練を課して試していた。
ならばきっと、今回だって同じだ。
EXだなんて名前が付いているが、この『シナリオ』が明を試している内容は一つしかない。
――一条明が、異世界の人間と戦えるのかどうかをこのシナリオは試している。
(勝手だな)
と明は思わず心で言う。
(選択の余地もない。いや、選択する権利すらも俺に残されていない。……でもそれは、きっと)
このシナリオを終えなければ、あの絶対的な破滅を回避することが出来ないからだ。
「………………」
深々とした息を吐き出す。
答えは、すでにもう出ていた。
(連中との、全面戦争だな)
リリスライラがこの世界を侵略しようとするのなら、それに全力で抗おう。
今までのように、この身のすべてを賭して戦おう。
それが、一条明に出来る精一杯のことなのだから。
瞼を開き、明は目の前の男を見据えた。
「龍一さん」
「……なんだ」
「俺は、連中を止めます。そのためにも蒼汰を助けます。だから」
――だから、どうか俺に力を貸してください。
囁くように吐き出された言葉は小さく、けれども力強いものだった。
龍一は、明の言葉に答えなかった。
じっと顔を俯かせたまま、考え込んでいるようだった。
長い沈黙が広がる。
空白の生まれたその空間に、声をあげて笑う蒼汰の声が入り込んでくる。
世界が、今がこんな状況でなければ、きっと、その笑い声は目の前の男に向けられていたものだったはずだ。
それが分かっているのだろう。
龍一は、ぐっと唇を噛みしめると顔を上げて明を見つめた。
「お前に、出来るのか」
消えそうなほどか細い声で彼は言った。
「あの子を――蒼汰を救うことが、お前に出来るのか?」
その問いかけに、明は頷く。
「出来ます」
視線がぶつかった。
明と龍一は、互いの顔をじっと見つめ合っていた。
「…………分かった」
明の言葉に、龍一はそう呟いて視線を外した。
「力を貸そう」
「ありがとうございます」
小さく頭を下げる明に、目の前の男からの返答はなかった。
◇ ◇ ◇
龍一を伴ってガレージの外へと出ると、扉の傍でタバコを吹かしていた奈緒と遭遇した。
どうやら、明達の話を盗み聞きしていたらしい。
奈緒は、短くなったタバコを携帯灰皿の中へと仕舞い込むと、明へと瞳を向けた。
「悪いな。盗み聞くような真似をして。何かあれば、すぐに助けようと思ったんだ」
「いえ、別に」
奈緒の言葉に、明は首を横に振った。
どうせ龍一との話は彼女たちにも伝えるつもりだったのだ。奈緒に龍一との会話を聞かれたところで、何も問題はない。
奈緒は、明の言葉に一度だけ申し訳なさそうな顔になって笑うと、すぐに表情を改めて、明の背後に立つ龍一へとその視線を向けた。
「信用できるのか?」
「信用しようと思います」
「私達を騙しているかもしれない」
「それはないと思います。龍一さんの話を聞いてシナリオが発生しました」
「シナリオが?」
奈緒の眉が小さく跳ね動いた。
明は、発生したシナリオのことについて奈緒に説明する。
説明をしている間、奈緒は終始難しい顔となっていたが、やがてそれも説明を終える頃には深々としたため息に変わっていた。
「そう、か。それで……。確かにそれなら、この男の話が本当だと思える証拠にもなるな」
「ええ。なので、リリスライラが異世界の人間であることも、アイツらがこの世界を侵略しに来ていることも全部、本当のことかと」
「まあ、そうだな。『シナリオ』が私達を裏切ったことは一度もないわけだし」
「……おい。アンタら、何を言ってるんだ?」
納得する奈緒とは別に、明の言葉に疑問を呈したのは龍一だ。
そう言えば、と明は背後を振り返った。
龍一には『黄泉帰り』スキルのことを説明しているが、その他の力については説明していない。これから共に行動するのなら『シナリオ』のことについては伝えておくべきだろう。
「ああ。『シナリオ』っていうのは――――」
と、明が口を開いたその時だった。
「待った」
と奈緒が明の言葉を制した。
「一条、手の内をすぐに明かすものじゃない。この男の話が本当だということは分かったが、この人自身を信用出来たわけじゃない。……忘れたか? 私達は一度、アーサーという男に騙されてるんだ。真実を織り交ぜて話しながら、相手の懐に入り込むのは詐欺師の常套句だ。元リリスライラだとはいうが、この人自身がリリスライラと縁が切れた証拠がない」
現に、今だってコイツはこの街に残っていたわけだしな。
と、奈緒はそう言って龍一を睨んだ。
その言葉に、龍一は唇を歪めると奈緒を見つめる。
「確かに、アンタの言う通りだ。今の俺に、連中との縁が切れたって証拠はない。それじゃあ、どうすれば信用してくれる? 今ここで連中のうちの誰かを殺せばいいか?」
「そういうことじゃない。もっと、端的にあなた自身の身の潔白を説明できることがあるはずだ」
「どうすりゃいい?」
「あなたが、この街に残り続けた本当の理由を話せばいいじゃないか」
「本当の理由だと?」
奈緒の言葉に、龍一の眉間に皺が寄った。
奈緒はそんな龍一の顔を見つめると、途切れた言葉を続ける。
「あなたが、リリスライラから守ろうと蒼汰をこの街から連れ出したのは分かった。不可解なのは、その後だ。どうして、あなたは蒼汰の傍に居てやらなかった? 連中に捕まれば蒼汰が危ないことが分かっていたなら、なおさら、お前は蒼汰の傍に居てやるべきだろ」
吐き出されたその言葉は、明が以前にも考えていた彼の行動に対する根本的な疑問だった。
「さっき、『蒼汰を取り戻したのは俺だ』と、あなたは一条にそう言っていた。だからこそ、それを聞いていた私は、分からなくなった。……だったらどうして、あなたは蒼汰を一人にしたんだ?」
奈緒の言葉は止まらない。
「あの子は、まだ六歳だ。本当は、私達なんかじゃなくてあなたと……父親と、一緒に居たかったはずだ。それなのに、あなたはそんな蒼汰の気持ちも考えずに、あの子にはなんの説明もせずに、あの街にあの子一人を残した」
疑問を、その心にあるわだかまりを、彼女は真っすぐに龍一へとぶつけていく。
「あなたは、一条を助けようとする気概のある人だ。誰かのために、動けるような人だ。だからこそ、私は分からない。あなたの行動を理解することが出来ない。……蒼汰を隠した? ……いや、違うな。隠したなんて言えば確かに聞こえはいいよ。――だけど」
奈緒は、龍一を見据える。
その瞳をぶつけて、言葉を続ける。
「あなたが蒼汰にした行為は結局のところ、ただの裏切りだ。あなたは、力がありながらも蒼汰を見捨てたんだ」
ようやく、言葉が途切れた。
奈緒は呼吸を整えるように静かに吐息を漏らすと、呟く。
「ひどい勝手だ。あなたのしたことは、蒼汰のことを全く考えちゃいない。その理由が分かるまで、私はあなたを信用しない」
はっきりと言い切る奈緒の言葉に、龍一からの返答はなかった。
長い、長い沈黙が広がった。
彼は、ただただ黙って奈緒の言葉を受け容れているようだった。
けれど、その沈黙もやがて深々と吐き出した吐息に消される。
「理由、か。……そうだな。蒼汰を助けてくれるんだ。お前たちには、俺たちの身に何があったのかを知る権利があるんだろうな」
掠れた声で龍一は言う。
「…………つまらない話だ」
そうして、切り出した話に混じる吐息は重たく。
「なんてことはない。これは全部、俺の不甲斐なさが招いたものだ」
どこまでも、淡々としたもので。
「リリスライラから逃げ出した俺たちは、その追手を振り切ることが出来ず、また捕まった」
ゆっくりと紡がれた彼の言葉は、
「そこでアイツは――……沙耶は、俺と蒼汰の目の前で、連中の手によって殺された。もう一度連中の元から逃げ出した俺が蒼汰を助け出した時には、何もかもが遅かった」
自らの罪を告解しているかのような、懺悔の言葉によく似ていた。




