やり直し
ぱちぱちと焚火が爆ぜる音で目を覚ました。
靄がかる頭で周囲を見渡すと、焚火を囲むように座り込んだ彼女たちの姿が目に入る。炎に照らされたその表情は、周囲を警戒しながらもリラックスしているように見えた。どうやら、どこかの一軒家の庭先で休憩していたようだ。
(……どこまで戻った?)
視線を彷徨わせて、記憶を浚う。
彼女たちが交わす会話や、周囲の状況。荷物の位置と自分の身の置き方。街の景色や夜空に浮かぶ月の形。それら一つ一つを記憶の中と符合させて、最後に、確認として取り出したスマホの画面を見てようやく。明は、自分が二日前まで戻っていることを確かめた。
(ちょうど、横浜の街に足を踏み入れる前夜だな。この日は確か、最後のセーブをしておこうと適当なボスを倒したはずだ)
明にとっては取るに足らないボスだったが、彼女たちにとっては未だ強敵だ。
彼女たちが交わす会話の内容ももっぱらその話が中心で、どうすればもっと互いの連携が上手く出来るのかを、彼女たちはそれぞれの意見を出し合いながら話し合っていた。
(蒼汰は……もう寝てるか。ちょうどいい)
ちらりと視線を向けて、庭先から見えるリビングのソファーで丸くなり寝息を立てる少年を見つける。
明は念のために、と蒼汰に向けて『解析』を使用した。
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清水 蒼汰 6歳 男 Lv1
体力:2
筋力:1
耐久:1
速度:1
幸運:2
ポイント:0
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個体情報
・現界の人族。
・体内魔素率:0%
・体内における魔素結晶:なし
・体外における魔素結晶:なし
・身体状況:正常
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所持スキル:なし
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「…………」
以前、確認した内容と変わりがない画面だ。特筆することもない、Lv1の少年のステータスだ。
(このステータスはきっと、今の蒼汰のステータスなんだな)
そっと画面を消して、明は息を吐き出す。
(これがあの化け物に――不完全な魔王化なんて状態になれば、このステータスも一気に変わる。この世界も、本格的な終わりを迎える)
ギガントの何倍もの数値と、ギガント以上の再生力を示唆するスキルを持つあの化け物に勝つ方法はない。……いや、気が遠くなるまで『黄泉帰り』をまた繰り返せばいつかは勝てるのかもしれないが、きっと、それ以前に心が壊れる。
(ギガント戦で、俺の中にある魔力回路が壊れたことがどうしようもないな……。魔力が常に漏れ続けているから、魔力に依存したスキルが全部使えない。『命の覚醒』や『身体強化』でステータスの底上げは出来たが、結局、それも焼け石に水の状態だ)
仮に魔力が使えていたとして。今の自分の全力であの化け物に勝つことは出来るのだろうか。
(……無理、だな)
明は冷静に判断を下した。
(あの化け物が持つ耐久値は6000を超えていた。つまり、その数値を越えなければ傷一つ与えられないことになる。魔力値が全回復してたとして、そこで発動した『剛力』の効果で得られる筋力値の上昇値は1990。今の俺の筋力値が1023だから……どちらにせよ、数値が足りない)
それでも、可能性があるとすれば。
(『剛力』スキルのレベルアップか)
心で呟き、明は『剛力』スキルの画面を呼び出した。
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剛力Lv1
・アクティブスキル
・自身の魔力を消費し、一分間、自身の筋力を上昇させる。上昇する値は、消費後の自身の魔力ステータスの値×剛力のスキルレベル×10で固定される。
・現在、スキル使用に消費される魔力量は1です。
獲得ポイントを30消費して、スキルのレベルを上げますか? Y/N
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レベルアップに必要なポイントの上昇値は30だ。
以前であればかなり多いと思っていたそのポイント数も、今になれば、気軽に手が出せる数値だと感じてしまう。
けれど――――。
(このスキルのレベルを上げれば、魔力消費量が上がる。その消費量は、今までとは段違いのような……そんな気がする)
それは根拠のない確信だった。
(消費量1が2になるなんて、そんな生易しいものじゃない。一度の発動で、それなりの魔力値を消費するような、そんな感覚がある)
おそらく、『第六感』スキルの影響なのだろう。
まるでどこかの誰かから『まだ早い』と制止をかけられているかのような、そんな不思議な感覚を、スキルLvアップを検討するたびに覚えてしまう。
(……いや、そもそもだ。『剛力』スキルのレベルを上げたところで、あの化け物の耐久値を破れない。それを考えると尚更、本当に、あの化け物は相手にしちゃいけない。そうならないよう事前に防ぐ必要がある)
それに、と。明はちらりと奈緒へと視線を向けた。
(蒼汰を救ってくれって、お願いされたしな。あの化け物を倒すって考え自体をやめるべきだ。今は、どうすれば蒼汰があの化け物にならないのかを考えよう)
あの時、不幸中の幸いだったのは、魔王化した蒼汰がまだ不完全な状態だったということだろう。
もしも、あれが完全な魔王化なんて状態になっていれば、あの場で何も分からずに死んで、何を成すべきなのかも分からず死に戻っていたに違いない。
(奈緒さんが言うには、蒼汰が魔王化する鍵は『血』だと言っていた。そして、その『血』はニコライの血だったとも。……ってことは、蒼汰がニコライに捉えられた時点で俺たちの負けは確定すると思ったほうがいい)
そう考えた明は少しだけ悩んで、彼女たちに意見を求めることにした。
「みんな、ちょっといいか?」
ふいに口を開いた明に、彼女たちの視線が集まった。
そしてすぐに、その表情が僅かに硬くなる。
「……一条、さん?」
最初に口を開いたのは柏葉だった。
「どうしたんですか? そんなに怖い顔をして」
「さっき食べた掘り出し物にでもあたった?」
「茶化すな、花柳。……何があった? また何かあったのか?」
奈緒の言葉に、明は小さく頷いた。
「ええ、ちょっと。ひとまず、俺が知ってることをお伝えします。それから、どうするべきかをみんなで相談出来れば、と」
言って、明は前世で経験したことの全てを伝えた。
彼女たちは明の話を黙って聞いていた。その途中途中で、話の腰を折らない程度に質問を挟みながら、明が経験してきた出来事を理解しようとしていた。
「えっと? それじゃあつまり、このままあの子を連れて横浜まで行けば、バッドエンド直行ってことですか?」
話を纏めるように柏葉が言った。
すると、補足をするように奈緒が口を開く。
「正しくは、あの子がニコライって男に見つかれば、だな。街の中に行かなくても、その男が街の外に出てくれば意味がない」
「あー……。だから、あの子は父親から置き去りにされてたんだ。ニコライってヤツから見つからないように、あの子は隠されてたってことでしょ?」
「本人から直接、その理由を聞いたわけじゃないけど……。今となってはその可能性が高いな。あの子の父親――龍一って人は、俺たちが蒼汰を連れてるって分かるとすぐに『街から出て行け』って言っていたんだ。……ってことは、だ。あの父親は、ニコライのことも蒼汰が魔王の依り代として利用されようとしていることも分かっていたんだと思う」
明は、呟く彩夏の言葉に補足を加えるようにして言った。彩夏が「なるほどね」と頷いている。
すると、それを聞いていた柏葉が難しい顔になって口を開いた。
「そうなると、私達が取れる選択肢は本当に限られてきますね。このまま、あの子を連れて遠く離れるか。もしくは、あの子に事情を説明してもう一度隠れてもらうか」
「あるいは、ニコライってヤツを先にどうにかするって方法もあるな。その男さえどうにかしてしまえば、あの子が化け物に変えられることもない」
奈緒は柏葉の言葉を継ぐように呟く。
「そうですね。俺たちが今ここでとれる選択肢は少ないと思います」
明は二人の言葉に同意するように頷いて、彼女たちの顔を見渡した。
「だからこそ、俺たちは改めて決めなくちゃいけない。これからの選択が、間違いなく俺たちの未来に関わることなんだ」
はっきりと明が口にしたその言葉に、彼女たちは口を噤んで考え込んだ。
薪が爆ぜる音がその場を包む。
誰もが次に口を開くことを恐れている。
そんな重たい沈黙を最初に切り裂いたのは彩夏だった。
「…………あたしは、さ。最初、オッサンがあの子を置いていくって言い出した時、何言ってんのって本当に思った。あんなに小さな子供を、連れてると危ないからって理由だけで置き去りにするなんてありえないって、本当にそう思った」
あの時のことを思い出したのだろう。ぐっと彩夏が拳を握りしめた。
「けど、今になるとそれが一番良かったんじゃないかって思う。見て見ないフリをしていれば、オッサンは死ぬことが無かった。あたし達みんなが死ぬ未来なんて無かったんだ」
「花柳、それは違うぞ。結果論でしかない」
ゆっくりと明は首を横に振って彩夏の言葉を否定する。
「あの時、蒼汰を見捨てていたとしても、あの未来が回避出来ていたのかと言われれば、出来ていなかったと思う。結局のところ、蒼汰がリリスライラの連中に見つかればあの化け物になっていたんだ。そうなれば、どう足掻こうが俺たちには死ぬ未来しか残っていない」
「そうですよ。一条さんの言う通りです。それに、あの子を連れて行動するって決めたのは、みんなの意見ですよ。彩夏ちゃんが後悔することじゃない」
柏葉が明の言葉に同意するように頷くと、安心させるように彩夏へと向けて笑った。
「むしろ、蒼汰くんを連れていたことで悪い未来が分かったんです! 今はそれをどうするのかを考えましょう!」
「柏葉さんの言う通りだな。結局のところ、あの時の私達が何を選ぼうが最悪の未来を変えることなんて出来なかったはずだ」
奈緒は頷きながらそう言うと、懐からタバコを取り出して火を点けた。
「今の問題点は大きく二つだ。一つは、リリスライラの連中のステータスが今の一条とほぼ互角であり、数が多いこと。もう一つは、リリスライラの連中に蒼汰を奪われれば言葉通り全てが終わりだということ。この二つを私達はクリアしなければいけない」
「そう考えると、蒼汰くんを説得してどこかに隠れてもらうことは難しそうですね。見つかれば意味がないし、隠れてもらうぐらいなら私たちで連れていたほうがいい」
考え込むように唇に指を当てると、柏葉が呟いた。
奈緒は頷きながら言葉を続ける。
「そうだな。……ニコライってやつを倒す方法はどうなんだ? 一条、『解析』は使ったのか?」
「ステータスは一度『解析』をしていますが、まあ、偽装でしょうね。あのステータスに意味はないです」
言って明はため息を吐き出した。
「俺は直接戦ったわけではないので何とも言えませんが、他の連中と戦った感覚で言えばニコライも一筋縄ではいかないでしょうね。一度試してみるのも手ではありますが、他のことを試してみてからでもいいような気はします」
「ああ、それは私も同じ意見だ。極論を言えば、リリスライラの連中に蒼汰が奪われることさえなければ全て解決する話なんだ。だったら一度、蒼汰を連れてどこかに逃げるのも良いんじゃないかと思う」
奈緒の言葉に、明と柏葉が頷いた。
そんな時だ。それまで奈緒の話を黙って聞いていた彩夏が口を挟むように言った。
「確かに、あの子を連れて逃げるのも一つの手なんだけどさ。もっと根本的な解決方法もあるでしょ」
「花柳」
その言葉の意味に気が付いたのだろう。すぐに、彼女を窘めるように奈緒が名前を呼んだ。
「あの子がその化け物になる前に、どうにかすればいい」
「花柳!」
再度、奈緒が名前を呼ぶ。
少しだけ声が大きくなったからだろう。彩夏は僅かに眉間に皺を作ると、奈緒へとその瞳を向けた。
「分かってる。分かってるよ!! あたしだって本当はこんなこと言いたくない!! けどッ!」
彩夏は声を大にして言うと、悔しそうに唇を噛みしめた。
「このまま逃げてどうなるの? それってただ、問題を先送りにしているだけでしょ? この子の問題をどうにかしないと、またみんなが死んじゃうんでしょ!? あたしはもう、友達を失いたくない。このままみんなが死んじゃうことが分かってるのに、何もしないままんて出来るはずがない!! だったら、あたしは……。あたしはッ!」
彩夏はそう言うと、何かを我慢するようにぐっと拳を握りしめた。
その姿に、明は思わずそっと息を吐き出す。
彩夏は、モンスターがこの世界に現れたからすぐに友人を目の前で亡くしている。自分だけが生き残ったのだと、そう思っている。仲間想いが強く、正義感のある彼女のことだ。きっと今でも、その過去を悔やみ続けているのだろう。
(当初、俺が蒼汰を置き去りにすることを提案した時、その提案を真っ先に怒っていたのは花柳だった。あの時は純粋に、小さな子供を置き去りにすることに対して怒っていた。けれど今はその時の自分の想いを捻じ曲げてでも、俺たちが生き残る方法を提案してくれている。……それだけ、花柳の中では俺たちの存在がデカくなってるってことなんだろうな)
自分の吐いた唾を飲みこんでまでも言ってくれたその言葉が、彼女の心が、その想いが、正直に言って素直に嬉しい。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか。彩夏は、明へとその瞳を向けると一気にその視線を鋭くさせた。
「何? 何か言いたいわけ?」
「別に。ただ、お前が俺たちのことをそこまで考えてくれていたんだなって思って」
「あ、当たり前でしょ! あたしを何だと思ってるわけ!?」
「冗談だ。…………でも、悪いな。その提案を受け入れることは出来ないんだ」
言って、明は困ったように笑うと長いため息を吐き出した。
「蒼汰には何の罪がない。蒼汰の意思で――蒼汰が望んだことであの状態になったんだったら、花柳の言うように蒼汰を止めることを考えるべきだ。けど、あの子はそうじゃない。あの子はただの被害者だ。そんな子供を、手にかけることなんて出来ない」
「そうだな、一条の言う通りだ。すでに何かしらの罪を犯しているのなら裁かれるべきだと思うけど、あの子の場合、そうじゃない」
明の言葉に奈緒が小さく頷いた。奈緒は口に咥えたタバコを離して、大きく煙を吐き出すと途切れた言葉を口にする。
「それに、一条も言っていただろ。化け物になった蒼汰が助けを求めていた気がするって」
「そうですね。私も、まずは蒼汰君がその魔王化なんて状態にならないよう手を尽くすべきだと思います。今の話だと、そのニコライって人の『血』が無ければ蒼汰君が魔王化なんて状態にならなさそうですし」
反論しようとしてか、彩夏は一度口を開く。
けれど、大人三人に諭されたことで冷静になったのだろうか。開いた口はすぐに閉じられ、わずかに考え込むような表情となって、すぐに納得したように小さく頷いた。
それから、彼女は自分の発言を悔いるようにわずかに顔を歪めて、頭を下げてくる。
「……ごめん。そこまで考えてなかった。気が焦ってたみたい。あの子のせいであたし達がまた死に目に合うって考えると、今のうちにどにかしないとって思っちゃって」
「別に、謝ることじゃないさ」
彩夏に向けて明は小さく笑った。
極論を言えば、彩夏の言っていることも決して間違っちゃいない。
因果関係だけを見れば、彩夏の言うように蒼汰をどうにかすればこの件は全て解決することだ。
けれど、それじゃあただの現状維持だ。根本の原因は、残されたままになってしまう。
可能性という未来が大きな一つの樹木だとするのならば、病に侵され、枯れ落ちていく枝葉を剪定するだけじゃ意味がない。腐った原因を取り除かなければ、他の枝葉に病が波及していく。
治療を施すのならば、その根元。リリスライラという病を取り除かなければ、前世と同じ未来を、いつかきっと繰り返す。
「ときどき、花柳を見てると直情的な若さが羨しいと思うよ」
素直に頭を下げる彩夏を見て、隣に座る明にだけ聞こえる声で奈緒が言った。
明は、この四人の中で一番の年長者である彼女へと呆れた視線を向ける。
「……奈緒さん。その言葉、めっちゃ年寄り臭いからやめたほうがいいですよ?」
奈緒は明の言葉に鼻の頭に皺を寄せて嫌がると、大きく吸った紫煙を夜空に吐き出していた。
今年最後の投稿です。
皆様、今年も本当にありがとうございました。そして来年も、どうぞよろしくお願いいたします。




