出来損ない
胸糞注意、かもしれません
「アーサー・ノア・ハイド……ッ!」
唸るように呟く声に、その男――アーサーは喉を鳴らすように笑った。
「覚えていてくれて光栄だ、よッ!」
叫び、アーサーは小さく足を組み替えて、受ける明の力を横に流した。
「くっ」
腰が浮いて、力が抜ける。たたらを踏んだ明の鳩尾に、アーサーの拳が叩きつけられる。
「がッ――」
「拍子抜けだな」
息を詰まらせた明の耳に、アーサーの声が届いた。
「正直に言って、がっかりだ。あれからもう随分と経つのに、君の力はこんなものか? まるで話にならないじゃないか」
「っ、黙れ!!」
声を張り上げ、明は手にした両手剣を薙ぎ払った。
「おっと」
それを、アーサーは後ろに跳ぶようにしてひらりと躱した。明から逃げるように、男は地面を蹴って距離を取ると、手の中で弄ぶようにクルクルと短剣を回しながら首を捻る。
「……ふぅむ。しかし、妙だね。私が生きていることを知れば、君はもっと驚くかと思ったんだが。案外、すぐに受け入れているようだ。やっぱり、知っていたのかな?」
「っ、げほ、げほっ……! 知るわけ、ねェだろ。俺だって、テメェはあの時に死んだものだとさっきまで本気でそう思っていたよ」
鳩尾の痛みに咳き込みながらも、明は吐き捨てるように言った。
リリスライラの信者だったあの女を殺したことで獲得した、『はじめての同族殺し』というあのトロフィー。あれが無ければ本当に気が付けなかった。あの画面を目にしたからこそ、この男が生きているかもしれないと、そう思い返すことが出来た。
(あのトロフィーが出た時点で、もしかしたらって思ってたけど……。チッ、嫌な予感が当たったか)
明は心の中で舌を打つと、仕切り直すように腰を落とす。
「――ふぅッ!」
短く、息を吐いて。
明は開いた距離を詰めるように一気に駆け出した。
「ぉらァ!!」
間合いに飛び込むと同時に、腕を振るう。
ヒュンッとした音が空気を切り裂き、尾を引くように残る煙塵を斬り払った。
「単調な攻撃だ」
その銀閃を、アーサーは身体を捻り躱した。
「モンスター相手ならばそれでも通用するが、人間が相手ともなれば通用はしないぞ」
「ッ、うる、せェよ!!」
叫び、明は追撃をしようと刃を返した。
瞬間、視界が砂礫に覆われる。
(っ、目潰し?!)
それが、アーサーが右手に隠し持っていた砂礫によるものだと気が付いた時、明の顔はアーサーによって蹴り飛ばされていた。
「ッ!」
じんわりと口の中に広がる鉄の味に、口の中のどこかが切れたことを察した。しかし、痛みに構っている余裕はない。『危機察知』スキルが、死角から身に迫る危険をすでに知らせているのだ。
「ふぅッ!」
短く、痛みを吹き飛ばすように息を吐く。両手と両足を地面に叩きつけて、跳ねるように横へと転がる。
直後、明が寸前までいた場所に影が落ちた。
「避けたか」
舌打ち混じりに呟く言葉はアーサーのものだ。
アーサーは、地面を砕いた拳を持ち上げると距離を取った明へと向き直った。
「あれから、随分と練習したのか? 以前にもまして、逃げることが上手くなってるようだ」
「そういうテメェは、前に比べて随分と近距離戦が上手くなったじゃねぇか。前は『隠密』を使ってコソコソと隠れることしか出来なかっただろ」
涙が浮かぶ目を拭い、明は挑発に言い返す。
アーサーは明の言葉を面白がるように笑うと、小さく肩をすくめた。
「心変わりも何も、使う必要がないから使っていないのだ。使って欲しければ、もう少し頑張ることだよ」
「……ああ、そうかよ」
呟き、明は口の中に溜まる血を地面に吐き捨てると、両手剣を構え直した。
「答えろ。どうして、お前らは蒼汰を狙う?」
「何を言い出すのかと思えば……。情報を探ろうとしているようだが、私が君に言うはずがないだろう?」
アーサーは、明の言葉に呆れたように息を吐いた。
「ついさっき、君は私が生きていることを知らないと、そう言ったのだ。つまりそれは、君にとってこの展開は初めてということに他ならない。……で、あればこそだ。『黄泉帰り』スキルという力を持つ君に、今ここで、我々の目的をあえて話す理由がどこにある?」
鼻を鳴らして言うアーサーの言葉に、明は小さく舌を打った。
以前、この男には『黄泉帰り』スキルのことを伝えている。その効果を知っているからこそ、この男が蒼汰を狙う理由を隠すのも当然だとも言えた。
(チッ、くそ……。やりにくい!)
心で言って、明はアーサーを睨み付ける。
「だったら、質問を変えよう。アーサー、お前……その右腕はどうした? お前の右腕は、あの時確かに、俺が斬り飛ばしたはずだ」
「ああ、これか?」
アーサーは明の言葉に右腕を持ち上げた。
「……ふむ。まあ、これぐらいなら答えてもいいか。……どうしたも何も、ただの義手だよ」
「義手?」
「そうだ。君に右腕を落とされてから、どうにか繋がらないものかと頑張ってみたのだが、『自動再生』スキルにも限界があるようでね。右腕が元に戻らなかったから、創ってもらったのだ」
「……創った? 製作スキルか」
「いかにも。『魔具製作』というスキルで創れるものだ。こちらにある義手とは違って、これは魔力を通して動かせる代物でね。この通り、私の意思を正確に汲み取り動いてくれる」
言って、アーサーは自らの腕がよほど嬉しいのか。見せつけるようにして右手をひらひらと振った。
「腕に伝わる感覚も以前と変わりがない。驚くべきことに、このような義手はあちらの世界では一般的なものらしい。見た目も、本物と変わりがないものだろう?」
その言葉に、明の眉がピクリと跳ねた。
「あちら? もしかして、お前……。反転した世界とやらの何かを知ってるのか?」
アーサーの表情が一度消えた。
「…………おっと。どうやら失言だったらしい」
言って、アーサーは自分自身に呆れたような笑みを浮かべると、短剣を構えて明を見据えた。
「そろそろ雑談は終わりだ。次で決着をつけようじゃないか」
呟きと同時に、アーサーは動き出す。
異変が起きたのは、その時だ。
「「――――ッ!?」」
ふいに、空気が変わった。
のっぺりと肌に張り付くような、周囲の空気そのものが肌に重たく圧し掛かるような、そんな感覚。
悪寒なんて生易しいものではない。
肺の中に取り込んだ空気によって身体の内側から腐り落ちるような、あたりに漂う瘴気とも言えるその空気に、明の全身の産毛が一気に逆立つ。今までにないくらいに反応を示す『危機察知』スキルの警告と本能が、いち早くその場から離れろと叫びを上げている。
そして、この異変はアーサーにとっても予想外だったらしい。
彼は小さく舌打ちを漏らすと、素早く周囲に目を向けて唸るように言った。
「なん、だ……これはッ!! まさか、失敗したのか!?」
「失敗? 失敗って、お前らこれが何か知って――――」
言葉は、横から飛び出してきた影に遮られた。
「ッ!」
横から飛び出してきたのは、首のない小さな人間だった。
――いや、果たしてそれを人間と呼んでいいのかは分からない。
全身をどす黒い闇に覆われ、背中から生えた翼はぐずぐずに溶け落ちて、本来、足があるべき場所からは無数に蠢く触手があたりを這いずり回っている。左腕はなく、唯一、残った四肢は右腕のみ。その右腕も、原型をとどめず形が崩れて、地面にはボタボタとどす黒い肉の塊を落としていた。
「なんッ――――」
叫び、明は咄嗟に『解析』を発動させた。
――――――――――――――――――
清水 蒼汰 6歳 男 Lv1
体力:3500
筋力:2200
耐久:6301
速度:575
魔力:500
幸運:10
ポイント:0
――――――――――――――――――
個体情報
・現界の人族。
・体内魔素率:100%
・体内における魔素結晶:臓器や骨、筋肉、血管に高密度の結晶化。
・体外における魔素結晶:全身の皮膚に広がる高密度の結晶化。
・身体状況:不完全な魔王化
――――――――――――――――――
所持スキル
・狂気Lv3(MAX)
・超速再生
・超速魔力回復
――――――――――――――――――
「そう……た?」
目の前に映し出されたその名前に思わず、明は呟いた。
――まさか。そんな、ありえない。
けれど、何度見てもその画面に記された名前はまず間違いなく彼のもので、そして、以前見たあの子の『解析』画面とはまるで違うそこに記された数値の数々に、明の動きが一瞬、止まった。
「――――ッ!」
だから、目の前にいた蒼汰を名乗る化け物の動きへの対処が僅かに遅れた。
あっと気が付いた時にはもうすでに遅く、化け物が伸ばした触手は、欠損した片腕を求めるように、素早い動きで明の左腕へと巻き付くと一気に締め上げた。
「ぐ、ぁあああああッッ!!」
ブチブチと、明の左腕が引き千切られた。
全身を駆け巡る激しい痛みに、明の口から絶叫が上がる。
「オッサンッ!!」
それを見ていた彩夏の口から、悲鳴が上がった。
その声に、化け物が反応した。
ぐるりと首のないその身体が彩夏へと向けられて、無数の触手が蠢き出す。
「やめッ!!」
叫び、明は刃を払った。
けれど刃は、蠢く無数の触手に阻まれる。
「――――ぁ」
触手は、欠損した自らの頭を補うかのように。一瞬にして彩夏の顔を覆うとその声を遮った。
ブチリ、と。蠢く触手の中で何かが千切れた音が辺りに響く。触手の隙間から、垂れ落ちていく真っ赤な液体が明の視界に映り込む。
「ぁあああああああああああああッッ!!」
明の口から絶叫が零れた。
無我夢中で、彼女を助け出そうと動き出したその身体を、ドンッとした衝撃が襲う。
「――――」
触手に胸を貫かれた。
心臓を潰し、胸に大きな穴を空けて。明の背後から伸びたその触手は、うねうねと何かを求めるように動き、何もないことを察するとやがて明の身体を放り投げる。
「ッ」
地面を跳ねて転がり、やがて身体は止まった。
視界に、乱入してきた化け物から逃げ惑うアーサーの姿が映り込む。
アーサーは地面を蹴り飛び退りながらも、激しい怒りに顔を歪めると唸るような叫びを上げた。
「くっ、どういうことだ! 器に『血』を注げば、それでヴィネが復活するんじゃなかったのか!?」
「――――ええ、そのはずだったんですがね」
アーサーの叫びに、穏やかな声が応えた。ついで闇の中から黒いローブを身に纏った男が現れる。――ニコライだ。
ニコライは、落胆するような仕草で小さなため息を吐き出すと、アーサーに向けて言った。
「どうやら我らが主を受け容れるには、少々、器が幼すぎたようです。力に耐え切れず、壊れてしまった」
「壊れた!? それじゃあ、アレは」
「ただの出来損ないですよ。アレはもう、空虚な魂を満たすためだけに破壊を繰り返す、化け物です」
言って、ニコライは呟く。
「また、やり直しです。もう一度、器に見合う人間を見つけなければ。奥様や娘様にまた会うためにも協力してくださいますよね? アーサー」
「…………ッ! 言われずとも、分かっている」
言葉を吐き捨て、アーサーは一度ニコライの顔を睨み付けると、盛大な舌打ちを漏らしてくるりと背を向けた。
「……さらばだ一条君。とは言っても、どうせ君のことだ。すぐにまた、会うことになるんだろうがね」
去り際に、ちらりと明を見つめて男は呟いた。
闇に消えた彼らを追いかけるように、現れた化け物は動き出す。
足の代わりに生えた触手を蠢かせて、破壊という破壊を繰り返して。夜の闇を震わせるような咆哮を全身から轟かせながら、その化け物はゆっくりと明から遠ざかっていく。
「ォオオオオオオオオオオオオオ…………」
それは、まるで。この世界にいる誰かへと助けを求めているかのように。
どこか寂しささえも感じる、悲痛な鳴き声だった。




