固有スキル、二人目
今回の投稿からは週刊連載ではなく、書きあがったら投稿していくスタイルにします。その方が私個人には合っていたようなので……。
「一条」
そうしていると、背後から声が掛けられた。
声の主は奈緒だった。奈緒は、ゆっくりと歩んで明の隣に並ぶと、明と同じく龍一の消えた先を見つめた。
「さっきのあの人……。蒼汰のお父さんで間違いないのか?」
「ええ。解析画面でも確認しました。確かに、蒼汰と苗字が同じです。蒼汰自身も、あの人のことを『お父さん』って言ってたし間違いないかと」
「これからどうする? 追いかけるのか?」
「…………」
明は考え込む。
龍一本人に、事の真相を問いただすのは簡単だ。けれど、立ち去り際のあの口ぶりからして、今ここで追いかけて直接問いかけたとしても、あの男は決して口を割らないだろう。むしろ、下手に追いかけることでさらに口を閉ざす可能性すらある。
(問題は、蒼汰が捨てられた原因だよな。それが、この問題の核なのは間違いない。蒼汰とあの人を直接会わせて、理由を聞ければ一番簡単だ。……けど、それでいいのか? 俺たちは、蒼汰の気持ちを無視して動いているんじゃないか? あの人は、蒼汰と会うことを望んじゃいないみたいだし……。それを、俺たちの都合や感情で勝手に引き合わせようとしてるんじゃないか?)
結局のところ。この問題をどうするべきかを決めるのは、問題の中心にいる本人だ。ならば、これからどうするのかは蒼汰に聞くしかない。
明は、ため息を一つ吐き出すと後ろを振り向いた。
「蒼汰」
名前を呼んで、近づく。
蒼汰は、逃げるようにして姿を消した父親を見つめて黙り込んでいた。きゅっと引き結んだ唇が震えている。涙で濡れたその瞳から、小さな雫がぽたぽたと地面に流れ落ちていた。
「蒼汰」
もう一度、明は名前を呼んだ。
出来るだけ、優しく。小さな彼と同じ目線になるようにしゃがみ込んで、明は語り掛ける。
「さっきの人が、蒼汰のお父さんなんだね?」
こくり、と。蒼汰は頷いた。
「蒼汰は、これからどうしたい?」
「どうって?」
「これは、俺たちのことじゃなくて蒼汰と蒼汰のお父さんのことだから。蒼汰の気持ちを無視して、俺たちは動けない。動くことが出来ないんだ。だから、教えて? 蒼汰は、これからどうしたいの?」
「お父さんに、会いたい」
「でも、お父さんは蒼汰に会いたくないみたいだよ」
嫌な言い方だと思った。
けれど、これはハッキリと言わねばならないことだった。
蒼汰は、明の言葉にまた唇を結ぶ。けれど、最後には覚悟を決めたように。はっきりと、その言葉を口にした。
「それでも会いたい」
「…………分かった」
小さく、明は笑った。
蒼汰が会いたいと思うのなら、それを止める権利は誰も持っていない。
蒼汰を、あの部屋の外に連れ出したあの時点で、最後まで面倒を見ると決めている。ならば、その行く末までしっかりと見届けるべきだろう。
「それじゃあ、お父さんを追いかけよう。そして、今度は蒼汰の口からちゃんと、お父さんと一緒にいたいって言うんだ。いいね?」
「分かった」
明は蒼汰の頭を撫でて、立ち上がる。
すると、それを見計らったかのうように奈緒がそっと傍に寄って来た。
「一条。その、蒼汰のお父さんのことで気になることがある」
「どうしました?」
「お前だって、もう気が付いてるだろ。あの男の強さはおかしい。警戒するべきだ」
「……そう、ですね。実は俺も、それは気になっていました」
明は小さく頷くと、自分が目にした龍一のステータスを奈緒に伝えた。その中でも、スキルレベルとステータスが釣り合っていないことを詳細に報告する。
「――と、いうわけで。あの男のステータスとスキルはおかしい。俺は、『偽装表示』されている可能性も考えてます」
「なるほどな」
奈緒は一度頷くと、大きなため息を吐き出した。
「どうやら、当たってほしくない予感の方が当たったみたいだ」
「予感? どういうことですか?」
「あの男の戦いを見た時。私が最初に思ったのは、固有スキルの影響――とりわけ、クエストの報酬によって、大量のポイントがあの男にも与えられているのだと思っていた。けど、一条が見たその解析画面にはスキルの数も少なく、スキルのレベルも低かった。……ってことは、考えられることは一つしかない。リリスライラの信者が持つというスキル『ヴィネの寵愛』によって、蒼汰の父親はステータスが底上げされてるんだ」
「まさか、そんな……。それが本当なら、蒼汰の父親は」
「オッサン! 七瀬!! ストップ」
言葉は、張り上げた彩夏の声によって遮られた。
「どうした?」
表情を改めた奈緒が呟く。
その言葉に、彩夏が唸るように言って視線を向けた。
「誰かがこっちに来てる。あの、通りの向こう」
向けられた瞳は、崩れた雑居ビルの奥だった。ちょうど、ここからでは物陰になっていて、先の方まで見渡すことが出来ない。
彩夏に言われて、奈緒も『索敵』を発動したのだろう。小さく首を動かすと、その手に魔導銃を握った。
「確かに、一人向かって来てるな」
「蒼汰君のお父さんですか?」
柏葉が首を傾げる。その言葉に、彩夏が首を横に振った。
「いや、方角的に真逆だから、それはないと思う。こっちに来てるのは、さっきの人とはまた別」
「一条」
ちらりと、奈緒が明を見つめた。黒い瞳にはありありとした警戒が浮かんでいる。リリスライラの信者かもしれないと思っているのだろう。
「分かってます。……みんな、一応だけど戦闘準備」
言って、明は腰に帯びた長剣の柄へと手を掛けた。
明が戦闘態勢を取ったことで、彼女たちもそれに倣うようにしてそれぞれの武器を手に取る。何も言わずとも、柏葉は蒼汰を庇うようにして背中へとその姿を隠していた。
そうして、最大限の警戒を浮かべながら待つこと数分。
その人物は、崩れた雑居ビルの奥から足音もなくふらりと明達の前に現れた。
「ん? おや? これはこれは……」
中年の男だった。眼鏡をかけていて、ひょろりと背が高い。日本人ではないようで、その瞳は青みがかっている。撫でつけられた髪は短く、幾本もの白髪が混じっているのが見えた。
(あれは)
じっと、明は『解析』を使いながら男を見つめる。
男は珍しい衣服を身に付けていた。足の先まで覆うローブのような服だ。全身が黒で統一された、特徴的なその衣服を身に纏う人物は明の知る限りで一人しかない。
(神父、だよな?)
明が胸の内で吐き出す言葉が疑問形となったのには理由がある。
知識の上ではその見た目をする人物を知ってはいたが、実際に目の当りにしたのは初めてだったからだ。
さらに言えば物流が途絶えて久しいこの世界では、生き残った人々が街の中に残された衣服をそれぞれ調達するのが当たり前になっていたのも、その疑問に繋がる理由になっていた。
事実。明や奈緒、柏葉や彩夏といった四人も、今ではそれぞれが調達してきた衣服を好き勝手に身に付けている。だからこそ、目の前に現れたその人物が見た目通りの人物だと判断することが出来なかった。
(それに……)
呟き、明は目を細める。その視線は神父の片腕に注がれる。
モンスターにでも襲われたのだろうか。目の前の神父には片腕がなかった。本来そこにあるはずのものを奪われ、ゆらゆらと風に揺られる黒衣の左袖はまるで元気のない皐幟のようだ。
そんな明の視線に気が付いたのだろう。
神父は片腕を庇うようにして小さく笑うと、明達の顔を見渡して口を開いた。
「見たことのない顔ですね。外から来た方でしょうか?」
優し気な口調だった。警戒する明達を落ち着かせるような、そんな穏やかさがそこにはあった。
その言葉に、明達はちらりと視線を交わした。
互いに、考えていることは同じのようだ。この見るからに怪しげな神父の言葉に、誰が四人を代表して答えるのかという押し付け合いが視線だけでなされていた。
「……おっしゃる通りです。俺たちはこの街の外から来ました」
結局。奈緒や彩夏の視線に押し切られるような形で、明が四人を代表して神父の言葉に答えた。
神父は明の言葉に頷き、言葉を続ける。
「やはり、そうでしたか。よくこの街に来ましたね、外は大変だったでしょう?」
「いえ、それはこの街の中も変わらないというか……。あの、それよりもあなたは?」
「ああ、申し訳ございません。自己紹介がまだでしたね。私の名前はニコライ。すぐ近くの教会で厄介になっている者です」
「教会に? 厄介になっているということは、他にも人がいるんですか?」
「そうですね。この街の惨状から生き残った者が、十人ほど」
「蒼汰君の言っていた、街の生き残りでしょうか」
神父の言葉を聞いて柏葉が呟いた。
「かもしれない。……ねえ、蒼汰。あの人は見たことある?」
明は柏葉の言葉に頷き、蒼汰に問いかけた。
その言葉に、蒼汰は首を小さく横に振る。
「ううん。初めまして」
「初めて、か。……一条」
注意を促す奈緒の言葉に、明は小さく頷いた。
蒼汰はもともと、この街の生き残りの人達で形成されたコミュニティに居たと言っていた。その蒼汰が男のことを見たことがないと言っているのだ。ふいに現れたこの男を警戒しない理由がなかった。
「あの、すみません。あなたは、この街の生き残りで間違いないのでしょうか?」
慎重に、明は神父に問いかけた。
すると意外なことに、その男は困ったような表情を浮かべた。眉根を下げて、どう答えたものかと思案しているかのようにその視線が小さく揺れ動き、やがて答える。
「そう、ですね……。わたしは確かに生き残りではありますが、あなた方の言うこの街の生き残りではありません」
「どういう意味ですか?」
明の眉間に皺が寄った。神父の言葉が明確なものではなかったからだ。
そんな明の警戒が伝わったのだろう。神父は慌てたように手を振ると、言葉を補足するように口を動かした。
「ああ、いえ。申し訳ない、言葉が足りませんでした。もともと、わたしはこの街の人間ではないのです。数日前にこの街へと流れ着いて、助けていただいた流れで教会にて厄介になっている者なので……。生き残りではありますが、この街の人間ではないのですよ」
なるほど。つまり神父然としたその恰好は、どうやらその、厄介になっている教会に残されていた衣服をただ拝借しただけのようだ。
「生き残りなら味方……だよね?」
と確認するように彩夏が言った。
「どうだろうな。まだ気を緩めるなよ? 一条、『解析』は使ってるんだろ? ニコライと名乗ったアイツの名前、嘘じゃないだろうな?」
奈緒は険しい表情で彩夏に釘を刺すと、明へと視線を向けた。
その言葉に、明は小さく頷く。
「嘘じゃないみたいですよ。解析画面の名前も、ニコライになってる。本名はニコライ・コフロフ。レベル70台の、筋力値特化型ですね。取得してるスキルは……『身体強化』と『忍び足』、『危機察知』に『索敵』……。モンスターとの戦闘を意識したスキル構成ですね。ただ……」
明は言葉を言い淀み、ちらりと男へと視線を向けた。
「『固有スキル』を持ってること、以外は」




