幸せな日々と 病まない?愛情
少し遅れたハッピー&バレインタイン
アラームで目を覚ました。
止めようと右手を伸ばす、その腕が重い。
佐野はそのことに不安を抱くも。
「なんだ、椿姫か」
右腕にしがみ付いていた秋藤椿姫を見てホッと息を吐き出す。
しょうがないので逆の手でアラームを止めて。
「おい、起きろ椿姫。朝だぞ」
腕を揺らすもスヤスヤと安らかな寝息を立てて椿姫に起きる気配はない。
むしろ抱きかかえられた腕が、柔らかい2つの胸の間に押し込まれた。
わざとじゃないだろうな? と顔を近付けるも、椿姫はムニャムニャと言うだけ。
胸元が大きく開くシャツから見える生肌に腕に伝わる感触。
無防備な寝顔を見ていると佐野も、同棲に慣れてきたと言えど、煩悩が浮かぶ。
いかんいかんと頭を振ってから佐野は。
「ふっー」
「っ!」
耳に息を吹きかけると腕を掴む力が弱まった。
その瞬間に引き抜いてすぐさまベッドを後にする。
「休みだからってあんま寝てるなよ」
そう言い残して洗面所に行って顔を洗い、口をゆすぎ。
リビングに行くと机の上には朝ご飯が並べられていた。
「おはよう、明良くん」
その前に平然と座っているのは先程まで寝ていた椿姫だ。
「おはよう。椿姫」
佐野より遅く起きて朝ご飯を超速で作り上げ待っていたわけじゃない。
朝ご飯を作ってから、寝ている佐野に抱き付いていた。
というのは佐野も気付いており、今日が初めてと言う訳ではないのだ。
むしろ毎朝に近いほどやられ続けている。
それに気付いた佐野は悪戯してやろうと寝ぼけた振りをして、椿姫は何処まで触れられれば起こすのかということをして――危うい経験をした。
だから、わざわざこのことについてなにか言うことはない。
だが。
「椿姫は耳が弱いんだよな?」
「ナ、ナンノコト?」
「すぐふにゃふにゃになるだろ?」
「意味がわからないけど」
目を泳がせている椿姫だが、その顔は赤く染まっている。
普段よりモジモジしているように見えるのは、弱点を不意に攻められたからか。
「いただきます」
「いただきます」
声を合わせて朝食を食べ。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
と食事を終える。
ささっと食器を片付けると。
「明良くんの。今日はなんの日だかわかる?」
「今日? なんかあったか」
付き合い始めた日、ではない。
椿姫の誕生日でなければ佐野の誕生日でもない。
小さい音量で流れるテレビでは――バレンタイン特集をやっていた。
「そっか。バレンタインか」
高校の頃は友達が朝からそわそわしてたので知りたくなくても気付いたが。
今は、そんな必要はない。
「そう。はい、これ」
椿姫から手渡された、可愛い包みに入った箱。
佐野はそれを受け取るも。
「今年は普通だろうな?」
訝しむ目を椿姫に向ける。
「べ、別にいつも普通でしょ?」
「普通だったことなんて一度もねえよ」
「そ、そうだった?」
惚けているが、椿姫も可笑しいプレゼントをしてきた自覚はあるようで。
はて? と首を捻ってはいるが表情がわざとらしすぎる。
「高校2年の頃は自分にリボンを巻いて箱に入ってたな」
「ちっ、違う違う!」
「3年の時は自分にチョコ塗って舐めて欲しいとか」
「違うから! 違うから!」
「挙げ句の果てには俺にチョコ塗り始めて舐めさせて欲しいとかなんとか」
「わー! わー!」
椿姫の中では黒歴史になっているのか、騒いで誤魔化そうとしている。
そんなことをしても思い出は消える筈もなく。
「いいから早く食べて! 今年はちゃんとしたチョコだから!」
「はいはい。わかったよ」
顔を真っ赤にしている椿姫にポカポカ叩かれながら箱を開ける。
見た目は普通。黒くて丸いチョコレート。
ハートの形もしていないし、怪しげなものが入っている雰囲気もない。
「普通のチョコか?」
「普通のチョコだってば!」
強く言われたのでパクリと食べると。
「ぐっ。これは」
「ど、どうかな?」
味は文句ない。佐野好みの甘くて口溶けがあるチョコレート。
しかしこれは。
「ウィスキーボンボンか?」
「うん。そうだよ」
ニコニコと笑顔を浮かべる椿姫の顔が、佐野には歪んで見えた。
というのも佐野はアルコールにかなり弱いのだ。
まだ飲んだ事はないが、匂いを嗅ぐだけで顔が赤くなるほどに。
それを、度数が低いとは言え身体に入れれば酔うのは当然のこと。
「大丈夫?」
ふらふらし始めている佐野に問いかける椿姫の顔は、やはり笑顔。
普通であれば心配した表情を浮かべるべきところだろうが。
浮かべられているのはいつもと違う、なにか企みが見え隠れする笑顔だ。
「大変。明良くんからアルコールを抜かないと。えっと、抜く場所は」
机に手を突いて身体を支える佐野に、椿姫が近付く。
肩を寄せて、顔を覗き込み、力の抜けた佐野を見て、唇を近付け。
「うりゃ」
「むぐっ!」
その寸前、佐野がチョコレートを椿姫の口に押し込んだ。
いきなりの事に椿姫はそれを数口噛んだ後、飲み込んでしまい。
「うふぅー……」
秒も掛からずぐでんと床に倒れ込んでしまう。
「大丈夫か? 椿姫」
「らいじょうぶ、じゃない」
先ほどまでの照れではない。
酔いで顔を赤く染めた椿姫が「熱い熱い」とシャツのボタンを外す。
眠たそうな瞼は今にも閉じそうで、虚ろな瞳には光がない
というのも椿姫、佐野以上にアルコールに耐性がないのだ。
佐野明良&秋藤椿姫のお見送り会が家族同士で行われた際。
佐野は匂いで顔を真っ赤にして、椿姫は匂いででろんでろんに酔っていた。
「椿姫。おい、つばきー」
「なに、明良くん……。あきらくーん」
まだ意識が残っている佐野に、完全に酔っている椿姫が両手を伸ばす。
「抱っこして」
「なんでだよ」
「いいから抱っこ!」
寝転がりながら、子供のようにそうおねだりする椿姫に。
「しょうがねえな」
「やったー!」
「全く、本当に子供だな」
「まだ未成年だもん」
「はいはい」
呆れながらも椿姫を、お姫様抱っこで持ち上げる。
「わわわっ」
焦りながらも椿姫は佐野の首元に手を回して。
「明良くんの匂いがする……」
猫のように顔を胸元にスリスリとさすり付けて気持ちよさそうにしてる。
そのままベッドまで椿姫を運び、降ろそうとしたところで――椿姫が首に回していた腕の力を一気に強めた。
そのまま椿姫の覆い被さるように倒れ込む佐野。
「全くなんなんだよ。本当に」
身体を持ち上げようとしたが、未だに椿姫の腕が首元に回されて離れられない。
当然、眼前には酔っている。
子供の頃を思い出させる無邪気な笑みを見せている椿姫がいる。
「明良くん」
「なんだよ」
「実は身体にリボン、巻いてたりして」
えへへ、と笑う椿姫。
確かにシャツから透けて見える身体には、微かな帯が見えていた。
「椿姫。お前ってやつは」
呆れる佐野の文句は。
「大好きだよ」
椿姫の愛情に中断させられる。
あれ以降、あまり耳に出来なかったその言葉。
まだ昔のように全てを晒し出せ合える関係には慣れていない。
気持ちを伝えられたとしても、どちらも恥ずかしさで顔を逸らしてしまう。
「俺の方が好きだ」
伝えると、首元を抑える力が強まり身体が近付き。
その必要がないほど、佐野も自ら身体を寄せた。
完結させていたきます。
本来であれば最終話のようなイチャイチャを2章でたくさん書きたかったのですが、私の実力不足で少し違った方向へ……。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




