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『祈現の碧』Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第4章 痾裡栖─アリス
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#2 第3節

 

「まったく、心願成就の押し付けなぞお節介なことこの上ないな」

 

「そういえば……アナタには私の能力の効果が発現されなかったわね。どういう理屈? 聞いてあげるわ」

 

「単純なことさ。その手の後悔は取り戻すのではなく、次に進む動力とすればいい。尤も、私は精神干渉への対策は万全に済ませていたがね」

 

 その両方がなければあの能力を弾くことはできなかった。

 平然と言うがその心構えを実際に行うのは難しい。今でも彼女にとって姉が魔術の道を捨て、世界へ駆け出したことは深い傷痕を残しているだろう。

 そんな亡霊のように生きた時を経て彼女が得た答えが『それで良い』だったのだ。

 

「アナタのその後悔、眷属として使役ですきれば強力なものになっただろうに。残念だわ」

 

 冗談めかすように、軽薄な口調で金髪の少女は語る。

 

「…………さて、つまらんおしゃべりをしている暇はないのでな。早急に片付けさせてもらう」

 

 少女の声は意に介さず。八敷先生は構えた。

 

「人間の中には過ぎた出来事を日記として書き留めるタイプがいることを知ってるか? 私はそういうのはあまりしないんだが、その考えはわかる。人間全て完璧に過去のことを覚えることはできないからな。せめて欠落を少なくするならば日記(それ)は最善の方法だろう。

 だがな、なぜ全てを覚えていられないのはしっかりとした理由がある。単純に効率が悪いからだ。全てを知らなくても、要所だけを捉えていればそれで問題はない」

 

「じゃあ私たちのこの復讐は不当な怒りだと言うの?」

 

「ああ、そうだ。亡霊に生者を妨げる権利はない。おまえの言う怒りとやらに同情がないわけではないがな。だが害を為すというなら黙って受け入れる訳にもいくまい。————故にだ。お前を打ち負かすのは未来そのものの力だ」

 

 ————梵辿刻書・来果。

 

 彼女が生み出した筆型の魔術工芸品。そのうちの未来を司る一品。

 上から筆を振り下ろすと、墨の軌跡から高密度の魔力の光帯が奔る。

 彼女が本来未来で使うはずの魔力を前借りした攻撃。

 

「これを使うとしばらくは単調不良にあるんだがなっ!」

 

 覇気を纏った叫びとともに生み出される無数の光帯。

 縦横様々に軌跡を刻み、対象を貫き、焼き尽くす。


「これで……終いだっ!」

 

 筆を投擲——怪異の眼前で炸裂した。

 魔力の墨が閃光を放ち、爆発する。

 靡く赤茶の髪を整えながら爆風を背にする。

 

「これが……っ」

 

 八敷先生が持つ圧倒的破壊力。側に立つ浄が余波で怯むほどなのだから、直撃した怪異はひとたまりもなく、原型を留めず消滅した。

 

「おや、ワタシの出番はないようですね?」

 

 八敷先生の振り向いた先から荒志郎が現れた。傷や土埃のついた身体は彼が乗り越えた戦いを聞かずとも物語っていた。

 

「ああ、本件の怪異は討伐した。あとはこっちで病院内の人間の記憶処理をするが…………む?」

 

 違和感。どこかを見落としているような気がした。

 はじめにその正体に言及したは荒志郎だった。

 

「空を……見てください」

 

 曇天と見紛う影。それは怪異が生み出した巨鮫(シンベエザメ)だった。

 

「おいおい、アイツを倒したら全部解決って話じゃねェのかよ⁈」

 

「ふむ、すでに発動した魔術として発動者の生死に関わらず進行するのと同じ理屈か。——だが、私たちの勝利には変わらない」

 

 一歩、彼女は前へ踏み出す。

 

「全員の力を以てしても止められない——そうは言ったが、それは『私の自爆』を除いた話だろう?」

 

「それは……まさか!」

 

「ふっ、どうせこの肉体(うつわ)は破棄予定だったんだ。ちょうど良い使い道が出来てよかったよ」

 

 肉体の魔力を即座に使用できるエネルギーへと置換し、天空へと跳躍する。

 梵辿刻書・来果によって消費したのは未来分の魔力ストック。故に出力は万全だった。

 速度は音速に達し、ベイパーコーンを生み出す。

 加速に次ぐ加速。その姿は地にいる荒志郎たちには弾道ミサイルのように見えただろう。

 そしてそのミサイルよろしく巨鮫に直撃した。

 

 肉体に宿る魔力——その全てを費やした特攻。

 

 空に連鎖する爆発。時間が夜であれば花火が上がったかと錯覚してしまうほど絢爛に輝いた。

 

「……空が、晴れた」


「これで終わり、でいいのか」

 

 開かれた空はもうじき日没を迎えようとしていた。

 

「ええ、あとは先生の代わりに後始末をしましょうか」

 

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