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『祈現の碧』Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第3章 華隷彌─カレイド
35/63

#1 第2節

2/

  

  

「ごめん、今日は割り勘でいいかな?」

 

 男が女に向かって声をかける。

 

「えー? 今まで全部奢ってくれたじゃん」

 

 女は甘く、撫でるような声を掛け、男の肩に手を置いた。

 

「最近、仕事がうまくいかなくって……月末には臨時収入もあって一気にお金が手に入るから……さ?」

 

「…………」

 

 女はため息を吐きながら、「こいつももうダメね」と小声で呟いた。

 

「お金がないのは少しの間だけなんでしょ? だったらいいじゃない、今日くらいパーっと払っちゃって。ね、アタシのために」

 

 ————女の口元が艶やかに歪む。瞳は妖しく光り、男の眼を呑み込むかのようにじっと捉えた。

 

 男はその両眼に魅了されてしまった。先程の心境とは打って変わって、まるで別人かのようにスムーズに財布から二人分のお金を取り出す。

 

 結局会計は男の奢りとなった。

 そもそも彼女は財布など持ってきていない。初めから奢られることしか考えていないのだ。

 彼女は男を次々と掴まえて、お金を集って生きているのだ。

 今来ている黒のフード付きパーカーも、真紅に煌めくネイルも、下準備から丁寧に仕上げたメイクだって、全部他人(おとこ)の金で手に入れたものだった。

 

「さて、次の男を探しに行かないと」

 

 女は微かな照明に照らされた夜の街を歩き出した。

 スマホを開き、先程の男の連絡先を全てブロックした。

 

「あー、最近邪魔な女も増えてきてるんだよねー。どうしよっか…………」

 

 女は悩ましげに呟く。

 

「まー鬱陶しくなったら消せばいっか。いちいち気にするのもめんどくさいし」

 

 女は気怠げな顔でスマホの電源ボタンを押し、夜の闇へ溶け込んでいった。

 

 

  ◇

 

 

 放課後になって、いつも通り部室に向かおうとしていた櫛見幸斗は、中庭から響く騒音を耳にした。

 

 その音のなる方へ幸斗は駆け足で近づいていく。

 中庭に続く扉を開いた時に彼の目に映ったものは二人の女子生徒だった。

 

「アンタがッ! アンタのせいでうちの『あーくん』はッ!」

 

 金髪の女子生徒が白髪の女子生徒に怒鳴りつける。

 胸ぐらを掴んで今にも殴りかかりそうな状況。幸斗は見過ごす訳にはいかなかった。

 

「ちょ、ちょっと! 何をやっているんですかっ⁈」

 

 振り上げた拳をそのままに、その女子生徒は幸斗の声の方へ顔を向ける。

 幸斗が向かってきていることに気付いた彼女は、舌打ちしながら彼を睨み、もう一人の女子生徒を突き飛ばしてどこかへ走り去っていった。

 

「大丈夫ですか……?」

 

 尻餅をついてこちらを見上げる少女に手を差し伸べる。

 

「あはは……アタシも敵が多いねぇ……。でもキミのおかげで本当に助かったよ、ありがと」

 

 僕の右手を取りながら少女は天使のように微笑む。その顔に、不覚にもドキッとした。

 

「せっかくならお礼に何かあげたいところなんだけど……生憎丁度金欠でねー。あげられそうなものは何もないんだ。ごめんね? それにちょっと急いでてさ……余計無理なんだよね。……この借りはいつか返すから、またね。バイバイ!」

 

 そう言って彼女はどこかへ走り去った…………ように思えたのだが少し進んだところで立ち止まり、こちらに声をかけた。

 

「そうだっ、名前を伝え忘れてた。アタシ、望月美那萌(みなも)。この名前、覚えておいてねっ」

 

 美那萌と名乗った少女は笑顔で手を振りながら、今度こそ走り去っていった。

 

 

 

 そのようなことがあって、幸斗は少し遅れて部室に入った。

 

「おや、ようやく来ましたか。さあ、今日も張り切って怪異退治といきますよ」

 

 扉を開くなり、荒志郎がいつになく気合の入った声で幸斗に声を掛けてきた。

 

「今日は昨日のような伝承怪異ではなく、普通の低級怪異です。サクッと終わらせて帰りましょう!」

 

 彼の身に何かあったのだろうかと、幸斗は怪訝な顔で荒志郎を見つめた。

 

「あーダメダメ。そんな目で見つめないであげて。今ちょっとテンション上がりすぎちゃってんのよ、彼。なんでも、素晴らしい遺物が届いたとかなんとかって……」

 

 美佳がそういう発言をすると、荒志郎は触発されてさらに早口で語りまくった。

 

「ええ、聞いてくださいよ幸斗さん。この度ワタシの家に隕石製の(やじり)が届いたんです! 地球外の物質の研究は私の家の専門外ですが、これに興奮せず何に興奮するというのでしょうか!」

 

 そのあとも長々と語る声が聞こえたのだが、幸斗の耳にはただのノイズとなって入ってこなかった。

 

「そういえば、先生は?」

 

「あー、そのことなんだけど……ちょうどアンタが来る直前に用事があるとか言ってどっか行っちゃった」

 

「昨日に続いてまた用事なのか。この時期って、去年もこんな感じだったりする?」

 

「いいえ、全然? 去年だったら少なくとも週三くらいで同伴したくれたんだけど……ここ一ヶ月あたり、急に減ってきた感じはするわね」

 

「やっぱり……僕が関係しているのか?」

 

 その質問をすると、美佳は苦そうな顔をした。

 

「まあ、否定はできないわね。アンタが怪異の力を宿してから霊脈の乱れが起きてる。その前後ははっきりわからないけど、その辺りの調査をしてるんじゃないかしら」

 

「…………そうか」

 

「ともかく、今のウチらは目の前のことをこなすだけよ」

 

 美佳は幸斗の横を通り抜けて、部室を出た。そして幸斗はその後ろをついていった。

 

 

 

「————隕石は成分もさることながら、構造もすごく興味深いんですよ! ウィドマンシュテッテン構造と言って百万年に1℃のペースで冷やされることでニッケルが…………おや?」

 

 途端に鎮まりかえる室内で、荒志郎はため息を吐いた。

 

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