#2 第1節
雷鳥は地面に叩きつけられ、その輝きを失っていた。
「そいつは雷雲から離れれば再生はしねェ。やるなら、今のうちだぞ」
黒い帽子の男が淡白に告げる。
「何者ですか、貴方は」
幸斗が警戒心を高める。今なお轟く雷が空気を割るようだった。
「幸斗、そいつから怪異の気配がする。気をつけて」
美佳が駆け寄りながら忠告した。
「別にオレゃアンタらの敵じゃねェっての。まあいい、やらないんだったらそいつ貸せ。オレが始末しておく」
雷鳴とともに、彼がこちらに歩いてくる。
三者の視線を一点に受けながら、手にした得物を雷鳥の首にかける。
それは蛇の顎のような鉈だった。たった一振りで、その首を両断するほどの鋭さもある。
「この『牙』は魔力の流れを止める毒を傷口から注入する。このまま地面に置いとけば、雷のエネルギーを失って消滅するだろう」
「その力、蛇に関する怪異でしょうか。——しかし、なぜそんなものを貴方が持っているのです?」
荒志郎の疑問。それに対し男は呆れた笑みを浮かべて答えた。
「先生からは何も聞かされてなかったか……それも仕方ねェか。オレはそいつと同じように、怪異と契約して力を手に入れたんだよ」
男は幸斗を指差した。
「そいつがどんな怪異と契約したかはオレも知らねぇがな。怪異は怪異だ。いつ牙を向くかはわからねェ。そいつのこと、よく見ておくんだな」
そう言って、男は踵を返し立ち去った。
「誰だったんでしょうか、あの人」
「でもあの人先生のことを知っていたみたい。制服を着てないけど、ウチの学校の生徒だったのかな?」
「どうだろう……少なくとも、怪異絡みで先生と出会ったんじゃないかとは思う。ただ最後のあの発言、何か不穏だったな。僕のこの力、まだどんなものでどんな怪異によるものかはわからないけれど、知らないままで使っていると危ないのかもしれない」
しばらく静寂が流れる。ゆっくりと、雲が晴れてきた。それと時を同じくして、サンダーバードも消滅した。
「続きは先生と一緒に話すとして。とりあえず、怪異も消失したのでここを出ましょう」
◇
部室に戻ると、八敷先生がまたもや書類と睨めっこをしていた。
「おっと、やっと戻ってきたのか。それで、どうだった? その怪異は」
視線はそのままに、声だけを三人に向ける。
「ええ。言われた通り、サンダーバードを倒してきたんですけど……ちょっと強すぎはしませんでしたかね?」
「む……そうだったか? 伝承通りならいざ知らず、今回のは現代に現れ、かつ土地も大元から遠く離れてるし、かなり弱体化していると思ったのだが……」
「それはどういう意味です?」
怪異に疎い幸斗には先生の言っていることがわからない。そんなとき、美佳がわかりやすく説明してくれるのだった。
「怪異の素体となる魔力の問題ね。現代の魔力は古代より質も量も良くないの。だから現代の怪異はそこまで大きな被害は生まない。
そしてもう一つは魔力は土地に染み込んだものだから、相性があるのよ。サンダーバードはアメリカ大陸で伝わった存在だから、そこから遠く離れた日本では本来の力を発揮しづらい」
「…………じゃあもっと弱くても良かったんじゃないのか?」
「あれはちょっとした裏技があったわね。あの鳥は自然に発生した雷雲を集めて、自分のエネルギー貯蔵庫にしていたの。だからウチのとっておきを喰らっても再生されたし、エネルギー源を枯渇させるか、その供給を止めない限り倒せなかった。上級の怪異でもそういうのはなかなかいないわよ」
そう言いながらも、美佳は少しの違和感を覚えていた。
ここ最近現れる怪異は以前と比べて強すぎる——。
八敷先生の言っていたように霊脈の乱れによるものだろうが、よりによってなぜこのタイミングなのだろうか。
「あ、ついでに一つ聞きたいことが」
「ん、なにかあったのか?」
幸斗は先程であった男のことを先生に伝えた。
「——彼が、来ていたのか。…………もちろん知っている。名前は梁山浄。君たちにとっては一年上の先輩に当たる人だ。そして、二年前までこの部活で活動していたんだ。しかし————」
そこで先生は一度言葉を濁した。
「————健康状態が良くないから今は休学中なんだ。彼の能力は君たちも見たかい? あれは白蛇の怪異——『蟆屠叉』と契約したんだ。それで幸斗と同じように一昨年この文研部に加わったんだが……彼の眼は強力ゆえに暴走を起こしてしまった」
彼女の声はいつになく覇気がなかった。
それは先生としての責任からのものだろうか。人を預かる身を体験しない三人では推し量ることのできないものだった。
それからの話はこうだった。
彼が持つ眼の力——『蛇目』が暴走した梁山浄は、能力を無意識のうちに発動してしまい、日常生活に支障をきたしてしまったというのだ。
『蛇目』には二つの効果がある。一つは相手にかかっている魔術を無効化する能力、そしてもう一つは、視認した相手の動きを少しの間だけ止める能力だ。
この後者の能力が問題の原因だった。
人が急に止まるというのはそれだけでかなり危険な状況を引き起こす。
人の歩みの流れは局所が止まるだけでドミノ倒しのように崩れていってしまう。
交差点のど真ん中で人が止まれば事故が起こる。
そんな危険性を常に孕んだ状態で日常を送るのはとても耐えがたいことだった。
「そして二年前の冬に休学し、今まで連絡一つくれなかったんだが……その様子だと、あの時よりはマシになってるのだろうか」
先生の瞳はどこかと多くを眺めていた。
「すまない。私の感傷に付き合わせてしまったな。その話を聞いたらつい口が走ってしまった。————今日の活動はもう済んだ。各自、好きなタイミングで帰ってくれ」




