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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第5幕 迎え称えんと欲すれば
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吊り橋にてトリガーを引く

 諸兄諸姉は、記憶術などに用いられる「トリガー」と言うものをご存知だろうか。

あぁ、賢明なる諸兄諸姉ならばご存知の方も多いだろうし、よしんば知らなくても、ごく自然に日常的に用いられているかもしれない。

僕の場合、集中力を高めるためのトリガーは「目をつぶってゆっくりと深呼吸をし、その後目を開いて焦点を定め一点を見つめ、頷く」というものであるし、有名なアスリートなんかには顕著であるが、「袖をスッと引き狙いを定める」だとか、「軽くその場で数回ジャンプする」だとかだろうか。

はたまた、軽く些細なところで「帽子のつばに触れ、2~3回左右に調整する」だとか、指をポキポキ鳴らし「きさまには地獄すらなまぬるい!」と言うだとか、むしろ動作は関係なく「これが玉座ですって? ここはお墓よ、あなたと私の」と言い放ったと思いきや、「バルス!」と叫ぶなどだろうか。

それは習慣だとか癖、儀式、あるいは様式美なんて言葉に置き換えられるような行為だ。


 こういった行為は、「集中力を高めたい」「記憶力を高めたい」の他、「リラックスしたい」「怒りを鎮めたい」など、精神機能を強制的かつ意図的にコントロールするために活用することが可能だ。

つまり、一定の精神機能を引き出す行為が「トリガー」というやつなわけだ。

「バルス!」でそういった効果があるかが謎としても。



 それはさて置き。

諸兄諸姉は「吊り橋効果」なるものをご存知だろうか。または「恋の吊り橋理論」という、一見すると恋愛系ラノベの題名のような名前の理論のことだ。

ちなみに、カナダのナントカダットンとナントカアロンという、ロボ合体できそうな名前の心理学者が二人して提唱した理論なのだそうだが、提唱した「恋の吊り橋理論」で、二人の男が恋に落ちてないことを祈るのは、僕だけなのだろうか……。


 あぁ、賢明なる諸兄諸姉ならばご存知の方も多いだろうし、よしんば知らなくても、ごく自然に日常的に用いられているかもしれない。

一定の緊迫、緊張を強いる環境下に相手を置いて、双方ともに「ドキドキ感」を高め、それを「あれ? 私って彼に対してドキドキしてる?」という、これまた恋愛系ラノベの王道のようなセリフをはかせるという技法なわけだが、さらに突き進めれば、生死に関わる状況下において生存本能、種の保存、つまり性欲へとダイレクトアタックを仕掛けるという、なかなかアグレッシブなやつだ。



 僕は今まさに生存の危機にさらされている。

この環境下にあって、僕が犬や猿や雉へと恋に落ちることはない。断じてない!

お忘れの諸兄諸姉がいるかもしれないので改めて宣言するが、僕は澄河ユイさん、ユイ先輩一本だ!


 たとえ現状、僕が生存の危機にさらされていようとも、

「普段はアンニュイでクールな中学生女子、いや確かに今どきの思春期女子は大概そういうものなのかもしれないが、それは普段の話であって、目の前に強敵認定された鬼なんかが現れると、元気いっぱい太陽ッ()で嬉々として戦闘モード、笑いながら闘う狂喜の魔犬」や、

「生きているのか死んでいるのかすら危うい生気無しな、守ってあげたくなる()ナンバーワン! どころか、それを遙か彼方の次元の果てまで通り越し、絶滅危惧種並の温情をかけたくなる眼鏡女子ッ! と思いきや、淡々とそういうのを無視して()り過ごす冷酷の魔猿」や、

「あれ? この声に癒されちゃうかも…、という事務的なのに柔らかい癒し系ボイス、そして特殊部隊の服装を纏ったマニア向けな出で立ち、それでいて小柄でボクッ()な幼馴染、という大三元どころか国士無双でありつつ、自己犠牲まっしぐらな静寂の魔雉」なんかには、

恋に落ちろうはずがない!

まぁ確かに?

お三方の生死の境目を目の当たりにした僕は?

ちょっと行き過ぎた感情が芽生えたかもしれなくもないのだけれども?

それとこれとは別問題だ!

僕の心は揺らいだりなどしてはいないのだッ!!


 そして諸兄諸姉には余談であろうが、あえて付け足させていただこう。

仮にも「ユイ先輩至上主義」を掲げる僕は、たとえ神の曲線を持つ曲者であろうとも「日傘女改めサクヤ」や、

もしかしたら一部の諸姉にはそのような展開を望んでいるかもしれない「厨二病あらため厨二病リュウジン」や、

もしかしたら一部の諸兄にはそのような展開を望んでいるかもしれない「オイナリット技工士の姉」とは、

恋に落ちるどころかその片鱗すらないので、ご了承いただきたい。諦めていただきたい。100歩譲って妄想でスピンオフしていただきたい。

いかにもな「おじいさん」イチモンジ氏に至っては、もちろん触れるまでもない!!


 そう僕は、可憐で清楚な美少女、一見近寄りがたく壊れそうな繊細さがあるのにもかかわらず、それでいて気さくでちょっと天然な人懐っこさ、「あぁ、恋に落ちるとはよく言いますが、本当に奥底にぽっかりと穴があいて、心がそこに「コトリ」と落ちるのですねぇ」なユイ先輩、そう僕は「ユイ先輩至上主義」なのだ!!



 いや……、話はそこではない。

全くもって話が飛躍してしまったが、話はそこではない。


 僕は僕自身の生存をかけ、今まさに選択即実行、慎重且つ大胆なミッションに直面しているのだ。

緊張感、緊迫感が全身を貫く。

そう、この過度な緊張感を平常心へと移行し、緊迫感を集中力へと転じねばならないのだ。

新章に入ったのだから、僕の心の中だとはいえ、諸兄諸姉に余計な宣言をしている場合ではないのだ!



 僕は集中力の「トリガー」を引くべく目をつぶり、全身の神経を意識し、深く、深く息を吸い込む。

身体から全回路が繋がったという信号が脳に届く。

ゆっくりと息を吐きながら脳と全身をリンクさせ、目を開き狙った一点に焦点を合わせる。


 よし、こいつで間違いない。

こいつを正確に押し出し、体を捌いて反転し引き抜く。

イメージは完璧だ。あとは実行に移すだけだ。



「にぃちゃんさぁ、集中するって言ってから長いよね。雑念だらけだって見え見えだよね。

 早く崩してくれないかなぁ。」


「悪いがなニコナ。この局面においては精神統一が全てを決するんだよ。

 僕が崩す未来などは、たとえニコナが僕の集中力を乱そうと、あり得ない話だな。」


「ほろぅやーが長い……。

 長いほろぅやーは、ほろぉぉぉぉぉぉぉぉぉうぃやぁぁぁあっはぁ。」


「うんウズウズ、OKだ。

 無理して話に乗っからなくても大丈夫だ。もはや僕の名前がネイティブアメリカンの雄叫びだ。」


「さて幌谷くん。ボクらに受け答えするのは良いですが、すでに17分と42秒が経過しています。

 持久戦に持ち込んだとて功を奏すとは思えません。89%」


「勿論だともミスミちゃん。 僕とて長期戦に持ち込む気はないんだ。

 ただ、功を急いては何とやらというやつだよ。今がそういう局面と言うだけのはなしぢゃあないかね。」



 僕は今一度、集中力を上げて狙ったピース、木片を見つめる。



 う~む。

なぜ僕はこの三人と、僕の部屋でジェンガをやらねばならないのか。

何処からこのような展開になる羽目になってしまったというのか。


 話は2時間ほど遡らねばならない。

2時間と言う単位が長いのか短いのかは、その状況によりけりであろうが、目覚めてからの僕にとっては永遠のように長く、それでいて刹那の短さだった。そう、ここまで至る過程そのものが、ジェンガのように、いつ崩れてもおかしくない状況だったのだから。

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