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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第4のミ幕 高みに至るも悲しみを鎮めることは無し
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小石(仮)の転げ落ちる先は

 男が蹴った小石(仮)が転げる。

その小石(仮)は、鬼どもがこの廃病院を破壊し、瓦礫の一部となったものの一つだ。

小石(仮)が転げ、やがて階下へと大きくあいた穴に、軽やかな音を立てて落ちていく。


コッ カッ カカッ カ……


「正直なとこ荒渡、桃っちがここまで狩るとは思ってなかったんすよ。」


 男がまた別の小石(仮)を小突く。

中鬼と呼ばれるその男、荒渡は全身を拘束具のようなもので縛り上げられた黒ずくめの男だった。いわゆるパンクファッションというものなのだろうか。そして所々露出した肌には安全ピンが突き刺さり並んでいる。見た目からして常軌を逸していた。

そしてその頭部には羊の角のようなものが、巻かれた角が生えている。それが出で立ちの異常さに拍車をかけていた。


「お前に…

 鬼にあだ名で呼ばれる筋合いはない! まして僕は桃太郎なんかじゃない!」


「な~に言ってるんすか、これから長い付き合いになるかもしれないじゃないですか。

 荒渡、最初が肝心だと思うんすよね。」



 荒渡が3階に現れてからどれぐらいの時間が経過しているのだろうか。

鬼の一体はミスミの援護もあり、辛うじて倒すことが出来た。だが残りの一体に僕は苦戦していた。「見えない水」の抵抗が増し、思うように動くことが出来ない。水位は胸のあたりまで来ていた。


「ここまでしておいて! 長い付き合いなんてものいるか!」


 アメリカンポリスの制服に身を包んだ鬼の一撃、黒々としたバットのようなものの一撃を僕はどうにかいなす。柴刈乃大鉈を上段に構えなおし、僕は叫ぶ。


「誤解のないように言っておきたいんすけど、何かしてるのは桃っちしょ。

 荒渡は遊びに付き合ってあげてるだけっす。

 それに何もしてないっすよ、荒渡は。顔を見に来ただけじゃないっすか。

 正直、高いところは好きじゃないんすよね。自分、底辺なんで。」



パンッ  パパンッ


 乾いた射撃音が響く。

一発はアメリカンポリス鬼に、そして二発は荒渡に放たれる。

アメリカンポリス鬼の左肩が弾け、上体が大きく揺らぐ。反撃のチャンスではあったが、僕の踏み込みは浅く鬼を斬ることが出来ない。

二発の弾丸、頭部と鬼門のそれぞれに放たれた弾丸を、荒渡は事も無げに右手と左手でかき消した。


 ミスミの身長では最早、この「見えない水」の中に長くいることが出来ない。瓦礫の上へ退避を繰り返さねばならないミスミは行動を大きく制限されていた。

そして幾度かチャンスを見つけ荒渡へと攻撃を仕掛けていたが、ミスミの弾丸が荒渡に届くことはない。


 退避するにしてもこの上階は屋上だ。それに屋上へと続く階段はすでに瓦礫で埋まっていた。

このままではやがて僕らは「見えない水」に水没し溺死する。時間にしてあとどれぐらいなのか。



「詭弁です。幌谷さん、鬼の言うことなぞまともに取り合う必要はありません。

 それにどのような状況であっても、戦場で心を乱してはなりません。」


 ミスミの柔らかな声が、僕の心を鎮めようと届く。

僕は数歩大きく後退し、瓦礫の上のミスミを視界に入れる。左手にあったハンドガンをフォルダーに納め、代わりにコンバットナイフらしきものを腰から引き抜く。ミスミの右太腿の止血帯からは大きく血が滲み、時折滴り落ちていた。

どうしたってその怪我に、僕は意識がとられた。


「こちらの残弾数は少なく、状況は悪化しています。残された時間はわずかです。」


「それに……、ここは僕が…」


「ですが、それは向こうも同じことです。」


 ミスミは僕の提案を遮るように言葉を続ける。


「向こう?」


「はい、向こうも()()()()()()()()()()()()()()()

 そこが慢心を生み、隙を作ります。

 戦いに終わりなどはこない。ボクの戦いは遊びなどではない。

 次、仕掛けます。」


 ミスミのオーラが色濃く立ち上がり、広げられた翼が一度大きく羽ばたく。

この光景は記憶にあった。遠く遠く、遙か昔の記憶。

「心を乱すな」と言ったミスミの心の内には、抑え込まれた激情、強い思いが感じられた。



 ふとアイヌ彫りを思い出す。

アイヌ彫りとはいってもシャケを咥えた熊や、コタンコロカムイ(村を守る神、シマフクロウ)の像のことではない。伝統的なアイヌ文様を木に刻むもののことだ。

彼等の製鉄技術は本州のそれに比べて低く、普段使っているマキリ(小刀)は焚火で炙れば形状を簡単に変えられたという。それ故に彫刻刀の丸刀の切っ先のように曲げるなどして、用途に応じて形を変えて彫刻する。


 状況に応じて姿を変えるマキリ。獲物を狩るときも食事を作るときも使い、それを感謝して体内に取り込むときにも傍らにあるマキリ。

生けるもの皆、神と呼び、そしてそれを表現するマキリ。

小刀一本であのような温かみのある、哀しみと慈愛が共存したラインを生み出すことが出来るのは、彼等の生き様そのものなのだろうか。


 勿論、今現在では多種多様なものを使って作品を作っていることだろう。

だがその哀しみと慈愛、怒りと赦し、そういったものが彫り上げる工程に未だ生き続けているのではないかと思う。

通常、彫刻刀は順手で握り、添え手をして手前から奥へと彫り進む。だがアイヌ彫りの場合は元々小刀を用いていたためか、逆手で握りもう一方の手は刃の付け根を抑えつけて奥から手前に彫るのが基本だ。

彫ろうとする力と抑え込む力を均衡させ、そのわずかな加減でゆっくりと彫り進める。


 進む力と抑え込む力の中に生まれる静寂。その刃先は強く重い。



「仮説の域を出ませんが、この「見えない水」はあの荒渡がいることで発生します。」


「そりゃま、そうだと思うけれども…

 やっぱ倒すしかないってことか。」


「いいえ、そういうことではありません。

 つまりあれを階下に引き戻せば、このフロアから水が引く可能性が高いと推測されます、92%」


 アメリカンポリス鬼が僕らに割り込むように、正面から黒バットを渾身の勢いで振り下ろす。

僕は抑圧された身体を最大限の努力で最小限に左に動き、紙一重に躱す。

ミスミが右前方へと大きく跳躍しながら、鬼の片目を撃ち抜く。

そしてそのまま壁を蹴り、一気に荒渡のサイドへと跳躍しながら攻撃を仕掛けた。


 立て続けに頭部へと放たれた弾丸を荒渡が左手で防ぐ。

その行動に、一時的に視界を絶たれたその隙に、ミスミが着地と同時にコンバットナイフを低い位置から横薙ぎする。


「おっとっと!」


 荒渡が数歩バックステップで後退しその一撃を躱したが、ミスミは更に前方へと歩を進め、突くように追撃をかける。

だがその追撃も手で払われ、荒渡はミスミから大きく間合を取った。



「無抵抗なものに攻撃を仕掛けるだなんて、荒渡、感心しないすなぁ。

 それに、いつまで無呼吸で頑張れるんすかね?」


「無抵抗だということだけわかれば、それで十分です、100%」


 そう言い切ると、ミスミはコンバットナイフの刃を前面に掲げながら今一度跳躍した。

いや、跳躍というよりは体当たりのように直線的だった。

荒渡がそれを受け止めるように手をかざす。


 跳躍の刹那、「ピッ」という電子音が微かに耳に届く。

直後、低く重い爆発音が階下から連続で鳴り響き、建物が崩壊し始めた。


「なっ!!」


 状況を飲み込めない、その光景を理解できない僕を置いて、崩壊する建物に巻き込まれるように荒渡とミスミが、噴煙と共に視界から消えていく。



 「見えない水」の抵抗から解放された僕の身体が一気に加速し、柴刈乃大鉈が鬼門ごと薙ぎ、鬼の胴を両断する。そのまま僕は、文字通り半壊し大きく開け放たれた際へと駆ける。



『我々は降りかかる火の粉を払う、剣であり盾なのです。』



 ミスミの言葉が頭の中に響く。


 あの言葉は、あの言葉の「我々」の中に、僕は含まれていないのか。

降りかかる火の粉から、鬼から守るのは、人々のことじゃないのか。

君は僕を護るための剣であり盾なのか。こうも容易く犠牲になるというのか。



「ミスミちゃん……」



 僕は崩れた建物の際から下界を覗く。未だ崩壊の余波は続き、煙った底を見ることはできない。



「僕は……」



 思考の鈍化と加速が共存し、僕は、僕を、僕たらしめる。



 僕は一歩踏み出す。



「君のいない世界なら守らないよ?」



 そして僕は、下界へと飛び降りた。

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