我武者羅に倒木
「ああああっ、ぁぁあああっっ!」
僕は無我夢中で、我武者羅に刀を振り回す。
振り回せば振り回すほどに刀は空振りし、切っ先だけで倒せる餓鬼の数などたかが知れていた。
それがさらに僕を苛立たせ、焦らせ、刃先を鈍らせる。
「なんで、なんで倒せないんだよぅ!」
餓鬼共に明確な意思があるようには思えなかったが、僕がいくら悲痛に雄叫びを上げ敵意を向けようとも、それよりも前へ、お祭り会場のある階下へと向かうことを優先していた。
僕に守る力は無いというのか。無力だというのか。
「どーんっ!」
僕の焦燥感を打ち破るような大きな声が響き、空気がビリビリと響く。
僕の動きが止められ、餓鬼共の動きが止まる。
「ニコナ…か?」
「にぃちゃんは、あたしがいないとダメだなぁ。」
「いや、そんなことは…、あるかもしれないけど、ない!」
「ニコニコ旋風脚!」
ニコナの威圧に立ち止まった餓鬼共を、そのまま旋風脚で一掃し階下へ向かうのを足止めする。
「ニコナ、友達は?」
「先に帰ったよ!
ほんとはあたしも帰ろうとしたんだけどさぁ、なんか臭ったから戻ってきた!」
相変わらずの勘、いや、嗅覚じゃないかニコナ!
「狂喜の中学生女子」ニコナが嬉々として狩っていく様に、正直なところ僕は安堵した。
ところで諸兄。友愛なる諸兄。
ここで重大な相談がある。「この状況下で戦う以上に重大なことなどあるのか?」という声が聞こえてきそうだが、こと「そのこと」に関して、僕にはこの上なく重要な案件なので許してほしい。
そして「この案件」に関しては、親愛なる諸姉には相談できかねないことも赦してほしい。
その案件とは、「本来、見えざるものを見てしまった場合」の対処についてだ。
仮に「Aという事象」を目撃したとして、それを「Aという事象」を現した人物に対し、事実として述べるべきなのかどうかだ。
次いで「事実として述べる」場合には、どのように述べることが正しいのかだ。
「危険を冒して前へ進もうとしない人、未知の世界を旅しようとしない人には、人生はごくわずかな景色しか見せてくれない。」と言ったのは、黒人として初めて「アカデミー主演男優賞」を受賞した、シドニー・ポワチエだったように記憶している。
だがはたして、危険を冒し、未知の世界に希望をかけたとて、「ごくわずかな景色」以上のものを見ることができるのだろうか。
「血気盛んに、鬼どもを倒してくれているのは有難いんだが…、その、あれだな。」
「ん? 何?」
ニコナは意気揚々と、楽しそうに喋り、餓鬼を次から次へと倒していた。しかし…
「その…今日はスパッツ履いてないのか。
さっきからパンツが見えそうだけど。」
本当はチラッとだけ見えた…
かもしれないけど。見るつもりで見たわけじゃないけど。
「っ!
信じらんないっ!
バカッ! にぃちゃんなんて嫌いっ!
もう知らないっ!」
ニコナが赤面し、急激にモーションが小さくなる。足技を使わず震脚へと転じ、拳を中心とした打撃技となった。
捕まりかかってきた餓鬼を、太極拳のような動きで回し受けて僕の方へと放ってくる。
「おわっふるっ!」
僕は目の前に飛来する餓鬼を袈裟斬りで受けた。
しょうがないじゃないか、ニコナ。僕だって見ないようにしてても、見えてしまったら動揺するじゃないか!
嫌いとか言わなくてもいいじゃないか!
そんな中、ウズウズは淡々と、急所のみを斬りながら最小限の動きで餓鬼を葬る。
一人冷静か、ウズウズは!
いくらニコナの増援があったとはいえ、僕の失言のせいかはわからないが、いや、言わざるを得なかったわけだが、あまりに多い餓鬼共に明らかにジリ貧な状況だ。
「いけすかねぇ状態だな。」
その声と同時に、階下へと向かう石段を塞ぐように、両側の林から大木が音を立てて倒れこむ。
「それで後継者だってか?」
いつのまに上に乗ったのか。倒れた大木の上に、しゃがみ込んだ少年が姿を見せた。その手には白木の木刀が握られ、肩に担ぐようなポージングを取っている。
「お、お前は…、いつぞやの厨二病な中学生男子!」
「厨二病じゃねぇし!
それに俺は中学生じゃねぇし! 高校1年だし! ふっざけんな!」
「そいつはすまん。
名前がわかんなかったから、つい。」
「ついででその言い様かよ!
いけすかねぇ!」
「…いけす…買う金ねぇ?」
少年は怒りを露わにしながら高く飛び上がると、くるくると前転宙返りしながら僕らを飛び越える。一言一言が、一挙手一投足が厨二病的なのだが。
あと、彼は未成年なんだから、お金が無いとか言っちゃいけないよ、ウズウズ。
「俺はリュウジン、浦島リュウジンだ。
お前より強い男の名前だ。覚えとけ。」
いやすまん。ごめん。
名前をありがとう。笑わない努力はする!
降りた場所が場所なだけに、そんなリュウジンの背後から餓鬼が襲いかかる。
「危なっ…」
「それが「宝刀鬼殺し」か。チッ!」
リュウジンは僕の手に握られいる刀を見やる。肩に担いだ木刀を頭上に上げ、振り返えらずに餓鬼の攻撃を受け、弾き飛ばす。
「刀が使えない奴に宝刀か。
宝の持ち腐れってやつだな。」
リュウジンは上げた白木の木刀に左手を添え、一気に引き抜く。
木刀と思いきや、細身の真剣がそこに姿を現わした。
リュウジンは「刀ってのはこう使うんだよ!」と言わんばかりに、振り返り様に横一閃して後ろの餓鬼3体をまとめて斬り、流れるような動きでそのまま横へと疾走すると、身体の動きに回転を入れながら、絶え間なく餓鬼を斬り続ける。
鞘を使いながらの刀術。鞘は左手で逆手に持ったまま、変則的な二刀流の構えだったが、鞘で打ち、攻撃を受け、そして突くという使いようは、攻防一体な動きだった。
その流れを切らさず次々に敵を倒す様は、まるで旋風のようだ。
僕は幾分か皆の戦いぶりに、特にリュウジンの刀捌きに冷静さを取り戻し、「柴刈乃大鉈」を水平左脇に構えて滾る心を封じ込める。
(明鏡止水
心の滾り 水面下に沈め 嫋やかにして平静
呼吸は深くゆっくりと 眼は半眼にして視点を一点に定めず)
刀から伝わる声に耳を傾ける。
周囲の餓鬼共が刀に波紋を届かせる。その方向、距離、勢い、感情、気迫…
僕は刀の声に任せ、横に薙ぎ、身を旋回させて跳ね上げる。手首を緩やかに返し、あげた刀を袈裟に下げ、柄を引きながら背後へと半歩後退して打突。その反動から弓なりに斜め上へと突き上げ、さらに刀を返して半月上に斬り結んだ。
周囲から襲い来ていた餓鬼が一斉に崩れ落ちる。
「ウズウズ。」
先程まで僕の背後に寄り添い静かに冷静に僕を守っていたウズウズが、僕の呼びかけに、僕の動きに呼応するように、水面を滑る如く横から前面へと躍り出て剣技を展開する。
左右に放たれた起し金が、高速回転しなが弧を描く。前方両側の餓鬼の急所を1体、2体…3、4、5と切り裂いていき、中央で交差する。そして離れた餓鬼の頸動脈に深く突き刺さった。
それと同時に放たれた2本の「たこ焼きピン」が、飛び掛かってきた餓鬼2体の、それぞれの眉間へと突き刺さる。
その死角から迫ってきていた餓鬼の複数、いや、死角だったのは餓鬼の方かもしれない。
ウズウズが両足首辺りから抜き、逆手に構えたダガーナイフにより次々に切り伏せられていく。
腕の動きは最小限且つ最速、そして正確に振るわれ、その歩みは緩急自在に進み、常に相手の側面を抜け、切られるまでの刹那はおそらく意識の中にウズウズはいないことだろう。
空中で射止められた餓鬼の落下地点に接近し、ダガーナイフを直近の餓鬼の胸部へと突き立てると、たこ焼きピンを落下する餓鬼から抜き去り、すぐさまその先にいる餓鬼へと放つ。
ダガーナイフを回収し順手に構えると、水中を自在に泳ぐ魚のように餓鬼の間をすり抜けて切り倒していく。
「おう!」
僕は「応!」とも「追う!」とも、あるいは「Oh!」ともつかない短い声を発し、前方を、上段を進み道を切り開くウズウズへと続く。
左右から来る餓鬼を最小限度で斬り伏せ、石段を、屍を駆けあがる。
石段を登りながら餓鬼を斬り伏せているうちに、刀の扱いに身体が追いついてきた感覚があった。「手に馴染む」というよりは「感を取り戻す」に近い感覚だった。
上空から飛び掛かってきた餓鬼に不意を突かれる。しかしそいつは、失速するように僕の前に鈍い音を立てて落下した。
後頭部に突き刺さった起し金を抜き、振り返っていたウズウズへと投げ返す。
それをウズウズが受け取ると、どこから取り出したのか手拭いで丁寧に拭き、腰の後ろに納めた。
いつの間にかウズウズは無手になっている。周囲に生きている餓鬼はいなかった。
タタン タタタタタタタン
軽快に鳴り響く射撃音が背後から聞こえる。
ミスミだろうか。僕は後ろを振り返った。
餓鬼は半数を下回っただろうか。あとはニコナとあの少年、リュウジンに任せても何も問題はないだろう。それにあの倒木を餓鬼が越えたとて、ミスミに迎撃されるに違いない。
僕は正面に向き直り、先程倒れた餓鬼を見る。
鬼は鬼門を潰さないととどめをさすことができず驚異的な再生をしていたが、こいつらはそんなことはないのだろうか。
人間で言う致命的な傷を負った箇所から、流れ出るというよりは立ち昇るように瘴気が溢れ出している。再生が追い付かないのか。それとも致命傷から鬼門に何かしらの力が働いているのだろうか。
いずれにしろ地に付している餓鬼に復活の見込みは無いようだった。
瘴気が立ち上る傷から鬼門へと大きくひびが入り、やがてそのひびが全身へと広がっていく。
僕は倒れた餓鬼を迂回し、ウズウズの方へと石段を上る。
手に持っていた「宝刀鬼殺し」であるところの「柴刈乃大鉈」を握りなおし、ウズウズの横に立ち並ぶ。
「行くか。」
僕の言葉にウズウズが無言で頷いた。僕の歩みにウズウズが追従する。
「あぁ、こんな感じのパターンは前にもあったよな。」などと、横をトボトボと歩くウズウズの横顔を見て思った。
そんな過去など、僕の記憶にはなかったはずなのに。




