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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第4のウ幕 花の色褪せて手より零れ落ちる
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古本はスカートの下に

「幌谷くんは何かいい本、見つかった?」


 ユイ先輩が視線を少し前方に残しつつ、小首をかしげて柔らかにほほ笑みながら僕に聞く。


「えぇ。中学生の時に読んだんですけど、懐かしくて芥川龍之介と坂口安吾の本を。」


「坂口安吾?」


「白痴です。」


「また、ずいぶんとませた中学生ですなぁ。」


 ユイ先輩が決して嫌味のような感じではなく、感嘆を含めて僕にいたずらっぽい笑顔を向ける。


「まぁ、あの時は意味なんてわからなくって、ただただ、衝撃ってだけでしたけどね。」


 僕は照れ隠しのような笑顔を返す。

僕はこの和やかな会話を楽しみつつも、漠然と「白痴」の内容を思い出し、それも相まって横を歩くユイ先輩の浴衣姿を直視できなかった。


 祭りの喧騒に沸き立つ人だかりをかわし、ユイ先輩から離れないように、そしてその人だかりからユイ先輩を守るようにして僕は歩いた。

祭りの喧騒と、どこか「幸せ」のように儚くその場を支配する空気感と、そして夜に流れる涼しげな風を肌で感じながら。



 話は遡ること…



 と、見せかけて諸兄に敢えてここで問い尋ねたい。物凄く問い尋ねたい。

諸兄は「スカート」というものを、どこまで、どの程度、理解しているだろうか。諸姉にあっては今更、問い訪ねる必要はなかろう。


 はっきり言って「スカート」という存在は、我々の人知を超えている。

うむ、「我々」とすればすなわち、全人類のことと語弊が生まれそうだがそうではない。「我々男性の大半」ということだ。

まず分類についてだが、ロングスカート、ミニスカート、タイトスカート、フレアスカート、あとはせいぜいプリーツスカートぐらいなら名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。

だがそれはごく一部の名称であり、そして分類方法を混同してしまっている。

長さによってマイクロスカート~マキシスカートまでさまざまに分類され、形状によってタイト、フレア、マーメイドなど様々な種類があり、更には着用法や縫製によって多様性が恐ろしいほどある。

もはや我々を魅了する魔性の軍勢だ!


 ちなみに僕は断然、「ミディ丈のプリーツスカート」が最強だと思っている。

「マキシ丈のフレアスカート」もちょっとは捨てがたいが、「タイトスカートが大人っぽくていいじゃん!」だとか、「マイクロミニ以外のスカートの、どこに魅力があるのかわからん!」などという諸兄の言葉などに、僕は耳を貸さない!

僕がスカートに欲しているのは「清楚」さだっ! 誰が何と言おうと「愛らしさ」だっ!!



 ハッハッハッ。僕としたことが随分と興奮してしまったようだ。

許してほしい諸兄、いや諸姉よ。「スカート」とは我々の人知を超えた、未知なる世界なのだ。

それはもう、スカートとは神々の世界にかかるベールと同じ存在なのだ。

けっして「スカートめくり」だとか「スーパーボールを叩きこむ」だとかしてはならない存在なのだ。そういうことをする奴は神を冒涜する行為に等しい。


 スカートの歴史を紐解けば、ああなるほど。当たり前のことだが男性と女性の服装は、中世以前に差異はない。つまり男性もスカートのようなものを着ていた(履いていた)ということだ。

だが諸兄よ、スカートを履いたことがあるだろうか? 僕はどういう罰ゲームなのか、高校の学際で一度だけ履いたことがある。あの時の衝撃は生涯忘れることはないだろう。


 はっきり言って無防備すぎる! 宇宙服を着ずして宇宙に飛び込むようなものだ!

なんだあのスースーさと、隠しきれていないゆえの羞恥心は!

心の置き所が全くもってないではないか!


 それ以来、僕は浴衣を普通に着ることができない。どうしたって下半身の無防備さに耐えうることができない。おかげで今日も浴衣の下にステテコを着用している。



「どうしたの? ボーっとしちゃって。」


 ユイ先輩が僕の袖をツイっとさりげなく引っ張る。危うく前方からくる「若気にいたり」的ないかつい兄貴にぶつかるところだった。「ユイ先輩を人だかりから守る」どころではない。


「すみません。ちょっと中世における服装の変異について思案してました。」


「変なの!」


 ユイ先輩が冗談だと思ったのか、おかしそうに笑う。

僕としたことがせっかくユイ先輩と二人きっりなのに、余計な思考で時間を浪費しそうになる。

それにそもそも僕は、最近の人生上、考えなければならないことが山積みだ。スカートのことなど考えている場合ではない。


「その…、あれですね。今更ですけど今日のヘアピン、和風テイストでなかなか良いですね。」


「ほんと? 浴衣を着るときにしか使ってないんだけどね。

 実は髪ゴムとおそろいなんだよ。」


 ユイ先輩が後ろ髪を僕の方に向ける。アップにされ清楚に整えられた髪型もさることながら、その下にひっそりと伸びる首筋に僕はドキッとした。

辺りは相変わらず浮かれた喧騒に包まれていたが、なぜだかユイ先輩の、カラッ、カラッと奏でる下駄の音が耳に響く。



 話を遡るまでもなく、ユイ先輩と僕は近場で行われていた夏祭りにきている。このあたりで行われる夏祭りとしては規模の大きく、そして僕らが夏祭りにきた一番の目的は、お祭り会場の一角で古本市が行われているからだ。


 当初は部長や副部長も誘ったらしいが、忙しい部長はさておき、新書派な副部長が断ったため僕を誘った…、いや、僕は彼らの代替品なんかではない。きっと最初から僕も誘う予定で、先輩方の諸事情によりユイ先輩と二人っきりになっただけだ。きっとそうだ!


 せっかくだから、という流れで浴衣着用で夏祭りに来たものの、そういう意味では僕らの主たる目的、古本市を散策するという目的は達成されていた。

二冊の古本の確かな重みとユイ先輩の下駄の音を感じながら、僕は暮れ始めた空の下で輝きを増し始める、出店屋台の明かりに目を細めた。


「ユイ先輩、この後は?」


 「この後、一緒に祭り散策でも、あるいは食事でも」と言葉をつなげることができないのは、僕の仕様なので致し方がない。


「パパがたまには一緒に食事でもどうだ? っていってたから、家族で食事するの。近くまで迎えに来てくれると思う。」


 ユイ先輩がちょっと照れ臭そうに言う。うん、ユイ先輩はまったくもって悪気はない。僕が二の句をつなぐことができないのは致し方がない。

そして「パパが…」で血縁関係のない親密な関係のパパを一瞬考えてしまったことは内緒だ。ユイ先輩がそんなわけないじゃないか。


「浴衣で食事、いいですね。」


「ノスタルジーでしょ?」


 ユイ先輩のいたずらっぽい笑顔が、屋台の明かりに照らされる。


「幌谷くんはどうするの?」


「そうですね。

 せっかくなんで、夜風に当たりながら祭りのノスタルジーを味わってから帰ります。」


 たとえもう彼女が帰ってしまうとはいえ、このひと時を意気消沈して台無しにしてしまいたくはなかった。僕はこのひと時の名残惜しさを、祭りの名残惜しさに置き換えるようにして屋台やそこを歩く人だかりに目を向け、笑顔で答えた。


「駅の方ですか? そこ辺りまで送りますよ。」



 そうしてユイ先輩をお祭り会場の端まで見送り、立ち去るユイ先輩の後ろ姿、浴衣のシルエットをさりげなく見届けながら、僕はほホッと一息ついた。

今日のところはこれぐらいでいい。ユイ先輩の浴衣姿を見られただけでも満足じゃないか。


 僕は自分自身を納得させるように大きく頷き、またお祭り会場の方へと踵を返す。



「あっと、ごめんなさい。」


 まさか僕の背後に、すぐ真後ろに人がいたことに気が付かず、僕は後ろにいた相手に盛大にぶつかり、そして抱きしめるかのように相手を支えて、咄嗟に謝った。


 僕はこの後その相手、彼女とぶつかったことをひどく後悔することになる。

そしてその先に、もっと後悔することが控えているなどということを、この時点で僕は知らない。


 それはこの時、彼女とぶつからなければ避けられたことなのだろうか。

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