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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第2幕 鬼来たりて童は舞い踊り
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土偶スタイルでサーフィン

 諸兄諸姉は寝るとき、眠るとき、眠りにつくときにはどのような体勢が、最も心地よく眠りにつけるだろうか。まず大きく体勢、つまり体形を体系するに、教室の椅子に座って教室の机にうっつぷして寝るだとか、風呂で湯船につかりながら溺死ギリギリラインで眠るだとか、ソファーでハードボイルド風に顔に帽子をかぶせて、だとかいうシチュエーション込みの3Dな寝方は、あまりにも多方面すぎるので、その状況が醸し出す条件があまりにも限定的すぎるので、除外しておく。

もちろん諸兄よ、気持ちはわかるが美少女のぷにぷにな膝枕で「ちょっと嬉し恥ずかしい気分を、僕の頬をなでる長い髪の毛先が触れてくすぐったいよー、ってごまかしちゃうよー!」ということも、大いに想像できるのだが、そこはかとなく除外しておく。


 さてここからがやっとの本題であるが、2D的な、つまりはベットのような平面で眠るときにはどのような体勢が最上かという話だ。

まず仰向け、横向き、うつ伏せの3分類からスタートするだろう。とりあえず仰向けは直線的か大の字か、膝を立てて布団に山を作るかといったところだろうか。横向きではあまり直線的にはならないが、直線に近いタイプ、「涅槃スタイル」とでもいおうか、仏陀っぽい人も多いかもしれない。ちなみに僕は、女性が「胎児スタイル」、つまりは横向きでまるまった感じの寝方をしていると、ちょっと可愛いなと思う。

そしてうつ伏せであるが、これを直線的にやる人はあまりいないだろう。たぶんそれをやるのは世界広しといえども、あの犬小屋の上に寝る白い犬ぐらいだろう。

あぁ、そう考えると、ある程度の横向きとうつ伏せの混合スタイルとなってしまうかもしれない。さらに付け加えると、うつ伏せで尻を立てて寝る人は胎児以外に見たことはない。


 その上で僕はというと、うつ伏せで顔は左側に向けて、左手を半分ほど上にあげて右手は自然に下ろし、左足は膝頭を大きく上げて右足は自然に下ろす。あるいはそれを左右反転させるような体勢がもっとも好きだ。真上から見ると走っている人みたいなポーズだろうか。あるいはそれをただの床でやると、行き倒れの死体に見えるかもしれない。なので僕はこれを「行き倒れスタイル」もしくは「蜥蜴スタイル」と個人的に呼んでいる。僕はこの体勢が最も安定して眠れるのだ。

もちろん注釈するまでもないのだが、この体勢に抱き枕が足されると、もはや言うことはない。ましてその抱き枕が生身の…。

ちなみに「自分が抱き枕になるのと、抱き枕になってもらうのと、どっちがいい?」と聞かれたならば、迷わず「抱き枕が欲しい」と答えるだろう。それは邪な考えではなくそうだと言い切れる! はずだっ!

純粋に安眠を希望しているのだ! 僕は!! もちろん美少女でお願いします!!!


 なので僕は仰向けで眠ることはあまりない。あまりないのだが、僕は今、仰向けでうたた寝をしている。頬を撫でる柔らかな風。遠くに聞こえる潮騒。全身にかかる程よい砂の重み。「快い眠りこそは自然が人間に与えてくれるやさしい、なつかしい看護婦だ」とはウイリアム・シェイクスピアの言葉だっただろうか…。

これは自然がくれた恩恵か。そして少女たちの、天使に似たはしゃぐ声が聞こえる…。



 って、いつの間に砂に埋めやがった! 美容と健康に良い砂風呂なんてものは僕は求めてない!

僕はひと時の(多分)眠りから覚醒し、辺りを見回す。辛うじて左右には顔を動かすことができるようだ。


「おーい! ニコナ! ニコナちゃーん!

 どうなってんだよ、おい!」


「あ、にぃちゃん。起きた?」


「まさか、まさかその、あれだ!

 恥ずかしい感じに砂が造形されていないだろうな?」


「うーん、土偶だよ?」


「土偶?」


「うん、琴子はね、美術が得意なんだよ。」


 琴子ちゃんが仕上げたてことか…。それはあまり重要な情報ではないな。うん、土偶ならまぁよしとするか。

いや、よくはないけど。

そうか、ウズウズのいた海の家を離れ、ニコナの機嫌も腹が満たされれば治るだろうと思ったのは気にしすぎで、案外、そんなことは友達といればすぐに治まり、ホッとし腹が満たされた僕は、いつの間にやら眠ってしまったのか。

その結果が土偶か…。海水浴に来て何されてんだ僕は。


「さぞや美しく土偶が仕上がっていることと思うが、それを壊すのはあまりにも忍びないのだが。

 喉が渇いたな。そろそろ出たいのだが。」


 砂に埋もれた僕の体はピクリとも動かせなかった。そんな状況で3人のうち誰かが口移しで飲み物を飲ませてくれるだとか、あるいはこの最下層から世界を見上げる形で、しゃがみこんだ彼女たちを普段は見ることのできぬローアングルで堪能しながら飲み物を飲ませてくれるだとか、もちろん傍らに立ち上がり、滝のように高高度から飲み物を注ぎ込まれても、それはそれで…

などという想像をしり目に、ニコナは僕の願いとは違った応えを口にした。


「にぃちゃん、ちょっとやばいかも。」


 ニコナのその言葉には、緊張が見える。

僕はその言葉が終わらぬうちに、ザワッと髪の毛が逆立つ感覚が、頭の先からつま先まで走るのを感じる。

やばい。やばいのは僕にもわかる。この感覚を僕は覚えている。


 鬼だ。



「ニコナ、琴子ちゃんとヒヨリンちゃんを逃がせ!」


「うん、わかった。」


「いや、その前にだな。ぼくをここから出して

 って、おーい! 行動早いな、ニコナ!

 おーい、ニコナちゃん?」


 僕の呼びかけ虚しく、さっそくニコナとその友達は避難したようだった。

早くも僕の周りでは、鬼化したやつが暴れているのか、悲鳴が聞こえ、混乱が増している。

僕は出来る範囲での状況把握に努めたが、なんせ視界の可動範囲が左右に限定されているので、困難を極めた。

人々の言葉から察するに、どうも鬼化したやつらは複数体いるらしかったが、今の段階ではただの酔っ払いかイカレた野郎どもという認識だろうか。

僕は辛うじて縦方向にも首の可動領域を増やし、足先の方へと視界を向けた。

ぐっ、なんてことだ! 土偶のクオリティが高すぎる! つまりは腹にあたる部分が半円形に盛り上がりすぎて、その先が全く見えないではないか! やってくれるな、琴子ちゃん!


 こいつはやばい。かなりやばい。

殺気のようなものが、人々の悲鳴をまといながら着実にこちらへと近寄ってきている。

これではまるで、断頭台で死刑を待つ囚人ではないか! 僕は全身全霊の力を振り絞って首を激しく振り続けた。


「誰か! 誰かー! 僕を引っこ抜いてくださいぃぃい!

 ヘルプミー! プリーズ! プリーーーズ!

 あ! そこのお兄さん! イカシたサーファーなお兄さん!

 僕を引っこ抜いて、あの大海原へと、ビッグウェーブへと連れてってくださいー!」


 この混乱の中をゆっくりと歩み寄ってきた、こんがりと焼けた筋肉質な肉体と両腕のタトゥーが物々しい男が、僕の首元で立ち止まり、見下ろす。

見下ろしたその目は赤く染まり、狂気に満ちていた。


「……。

 はは、ははははは。

 あれですかね、お兄さん。サーフボードってそんな風に構えるもんでしたっけね?

 ちょ、おまっ! イカシたサーファーじゃなくて、イカレたサーファーかよ!

 振り上げてんじゃねぇー! サーフボードはギロチンの刃じゃねぇー!!」


 振り上げられたサーフボードが盛大に、高々と天空へと掲げられる。

そんな光景を見ながら僕は思った。断頭台って仰向けには寝ないよね? 普通はうつ伏せだよね…。

「寝るのはバカだ。みんな寝すぎだ。私は死んだあとたっぷり眠る。」と仰ったのはあの発明王、トーマス・エジソンだったか。僕は寝すぎたのか。

彼はこうも言っている。「最上の思考は孤独のうちになされ、最低の思考は混乱のうちになされる。」と。

今、まさに僕は孤独と混乱の中にいるではないか。最上で最低だな。


 そんな思考を無視し、サーフボードが断頭すべく僕の眼前へと振り下ろされた。

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