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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第8幕 彼の世の繋がり絶たんと欲するも
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深淵に湖面は静寂し我を映して

「これはつまり……、私と手を取るという解釈でいいのかな?

 根拠なき威勢のよさか、それとも絶望、抗えない現実を理解したのか。

 いずれにしろ、私が選択するのは一つだよ。

 いや、それ以外の選択肢はない。」


 枯野が手を伸ばす。僕の心臓、胸へと手を伸ばす。


「言ったでしょう、枯野さん。受け入れるのは僕だ。

 ってことですよ。」


 胸に添えられる手。

それはまるで、旧友の死を前にし、その胸にあてられる慈しみの様に。



 触れられた瞬間に流れ込む鬼気。蹂躙するというよりは深層への到達を目的とした鋭さ。あぁまるで雷にでも打たれたようではないか。打たれたことはないけれども。


 蛇か竜かは知らないが、あぁ違うな。蜘蛛の様に虎視眈々と獲物を待ち、糸に絡んだ瞬間に噛みつき支配するその狡猾な毒。

それが僕へと、僕の深層へと繋がっていく。

僕の弱みであり、生きる強みへと、生死を併合する根幹を探し求め、接続を試みる。



 母を、そして父を失ったことによる自尊心の欠落。


 御託、講釈は多いけれどもそれは自信が、()()()()()からこその防衛。


 目の前にぶら下げられた人参に永遠に追いつくことのない馬のように。

掲げた目標は大きく、達成感よりも走る継続に満足し、自身を慰める。


 あぁ、僕は弱い。


 愛する人を守れないばかりか、そのことに自身を責め、そんな自分に酔うほどに弱い。



 枯野の糸が僕の深層の実に結合する。結びつく。




「ようこそ枯野さん、僕の『無』へ。」


 何も無い漆黒の空間。

ただそこにあるのは、鏡のように静寂を保った湖面。

その上に、僕と枯野は向かい合って立っている。


「あぁ……これはもしや、

 トリップワイヤー(※罠の一種)に私は捕らわれた、ということなのかな?」


「さぁ、どうでしょうね。

 これが僕、噓偽りない僕ですよ。」


「君は……、

 想像以上に深いな。」


 枯野が驚きを隠すことなく、感嘆を漏らす。


「深いかな? どうでしょう。浅はかな人間ですよ僕は。

 出来ることなんて何もないです。

 ただ考えて考えて考えて、調べて知って妄想して。」


 僕は枯野へと歩み寄る。


「過去世も何もかも、

 ただ知って理解して受け入れて。

 何がしたいのか、何をしたらいいのか、何を為すべきか模索しているだけです。」


 枯野を真っ直ぐに見つめる。


「僕はただの『無』。

 為すべきことを探求する、何も無い存在です。」



 足元の湖面が一瞬、波紋を打つ。

映し出されていた「僕」が揺らぎ、再び静寂を取り戻す。


『こんなまどろっこしいことしないでさぁ。

 ぶった切ってぶっ殺して無に帰せばいいのに。』


「……。

 これが君の本質? 桃太郎という者なのか。」


 枯野が湖面に映る「僕」を見つめ、引きつったような苦笑を浮かべる。

動揺か。僅かに身構えた。初めて余裕の無さを見た気がする。


「うるさいな、邪魔するなよ桃太郎。

 遊び相手は他にもいるだろう?」


『サクヤのこと?

 あいつ帰ったけど? もう用にサンズイ斉ならってさ。

 ほんと、おいらをこんなとこに閉じ込めて行くかなぁ。』


 僕の姿を映した桃太郎がしゃがみ込み、手のひらを境界に付けた。

さかさまの僕。現世(うつしよ)は映し、写し、移し、之世、夜、余。

鏡面の如し。

僕も「僕」に習って身を屈め、手を合わせた。


「ここから先は僕が決めるよ、桃太郎。

 だからしばらく大人しくしてろ。」


 桃太郎が消え失せ、「僕」が僕へと還る。



「すみませんね、枯野さん。

 僕の本質かどうかはわかりませんけど、彼もまた僕です。」


 立ち上がり、枯野へと手を差し伸べた。


「なんというのかな。

 無というものを垣間見た気がしたよ。」


「でしょうね。

 そしてあなたは無を求めた。僕を求めた。

 無を知ってしまったあなたは。

 もう、元の世界には戻れない。」


 今度は僕が、枯野の胸に手を添えた。


「ここが桃源郷です。」


 静寂な湖面を残したまま、周囲に桃の木が乱立する。

花が咲き乱れ、葉が生い茂り、桃の実が実っていく。

風が吹き、花びら舞い、桃の香りが辺りを埋め尽くす。


 僕と接続し、枯野が僕の中に流れ込んでくる。

あるいは僕が枯野へと流れ込んでいくのか。

僕と枯野が接続される。




 最初に感じたのは切望。あるいは未来に対する希望。

一望、遠望、渇望、既望、失望、志望、信望、待望、

眺望、展望、熱望、野望、欲望、そして本望。


 望み。


 望み、挑み、走り続ける。

埋まらぬ孤独感。故に求め続ける繋がり。


 埋まらないのならば、満たされないのならば、消え去ることがないのならば、

この孤独が。



 枯野の周りには絶えず人がいた。

顔見知りもいればそうでない者も。初めて会う人ですら、一方的に旧知の仲であるかのように笑顔で近づいてきた。「あなたのことは存じ上げてますよ。」「お会いしたかった。」等々。


 枯野の開発したSNS、『FUSOU』 それは巨万の富を生み出す樹だった。

元を辿れば一粒の「種」であるシステム。ネットという地に落ち発芽した。瞬く間に根を張り巡らせ、「情報」という養分を吸い上げる。解析し分析し、幹は成長し枝葉を広げ展開していく。自動的に。

やがてその樹に吸い寄せられる虫や鳥(人々)動物(企業)。それが『FUSOU』の成長を加速させる。利益利潤は果実となって人々を潤し始める。

その恩恵にあずかりたい、一枚かみたい、ややもすれば乗っ取りたい。

彼らが見ていたのは枯野本人でも、枯野の知識、技能でもなかった。

その生み出したシステムだった。


 枯野の孤独は埋まらない。孤独を埋めるために開発したのにもかかわらず。




 巨大な幹の麓は、隆起した根が地上へと張り出していた。

その中央に(うろ)を見つける。その洞から、僕はさらに深層(過去)へと降りていく。




 枯野は学生時代、学生生活というものを知らない。

学友と他愛もない話に花を咲かせ、時間を共有するということも。友情を築くことも、恋に落ちることも、喧嘩することも、失恋することも。年齢を等しくする学生という世界の中で、コミュニティを築くという経験はない。


 枯野は渇望していた。四角い世界の中で。繋がりを。

そこには昼も夜もない。薄暗闇。ただパソコンのモニター画面が彼を世界とを唯一繋いでいた。性別、年齢、人種、国籍。あらゆるファクターはその人を特定するための記号に過ぎず、名前もただの記号。皆、孤独だった。


 愛も憎しみも、親愛も友情も。

「孤独」を埋めるための言葉。ツールに過ぎない。


 一人の感情は皆の感情。脳細胞の一つ一つは人々。

脳細胞は電気信号(シナプス)で繋がり、一つの人格として形成され共有されていく。

完結された人格の中には孤独感などはない。

皆が一人であり、一人が皆なのだ。


 人格形成するための根幹的感情。

「ただひたすらに人々と繋がり、孤独感を埋めること」


 枯野はそのシステムの構築に傾倒していく。没頭していく。

人々の感情を取り込み、成長していくAI。アクセスした者を理解し、寄り添い、共有していく世界。生身の人々を繋ぐ人格。




 仄暗い世界の中で、ひたすらにプログラミングを続ける枯野。

その背中に僕は問いかける。


「あなたの孤独はどこから来たのですか。」


 その背に問いかける。




『ごめんなさい。もう私はあなたのために頑張れないわ。』


繋がりを断つ宣告


『子供たちを渡すつもりはない。』


繋がりを保つための強がり


『××はまだ小さいのよ? 私が連れて行くわ。あなたには育てられないでしょ?

 タダシ、あなたはあなたで決めなさい。

 私たちはあなたの意見を尊重するわ。』


繋がりが断たれないと思ったから

その選択はすがりたかったから

二人を繋ぐことができると思っていたから

自分のせいで断たれるのを認めたくなかったから


本当に望んでいたこと

主張したかった意見

それは達成されなかった



自分の存在自体が

家族という社会構成の最小単位の繋がりを断つ

存在だったのだから

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