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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第8幕 彼の世の繋がり絶たんと欲するも
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失ってしまえば僕は唯の無

『ユイ先輩』


 僕は手を伸ばす


『ここに来てはいけない』


 その手は制止しようと思って伸ばしたのか

 それとも


『ここに居てはいけない』


 抱きしめるために伸ばしたのか


『お願いだから』


 時の流れがコマ送りのように緩慢に流れる




 ミスミが枯野に視線を残したまま、その声に反応する。左手に持っていたもう一丁のサブマシンガンの銃口をユイ先輩の方へと向ける。


 ニコナがその声に、僕の心の動きに反射的に飛び上がり、地へと突き刺さる流星のように迎撃態勢に入る。


 ウズウズが僕を護るように纏わる。




『幌谷氏が来ないな! よもや怖気づいたか幌谷氏!

 なんてね、部長が叫ぶもんだから私、そんなわけないじゃないですか、来ますよ! 部長がお認めになったんですから、って言ったの。

 そしたらね、フフフ。

 副部長がおもむろに空を指さしてね、私も部長も空を見上げたら満開の大玉が上がって。

 しばらく私、花火に見とれてしまったんだけど、幌谷くんも見えた?

 でね、ふと副部長を見たら手を部長の肩に置いてて。

 違うんだよ? 肩を抱くとかじゃなくてそっと置いてて。

 あー、二人ってそういう関係、なんて言ったらいいかな?

 信頼関係っていうか、部長のパパっと進んだり発言したりするところをさ、しっかり副部長は理解して手を添えてるんだなーって。

 いいよねぇ、そういう感じがさ。』


 そんなユイ先輩の声が、そんな話をする嬉しそうなユイ先輩の姿が、仕草が見えた。

でもそれらは全て幻想だ。僕の描いた妄想だ。




「幌谷……


         くん?」




 ユイ先輩が静かに崩れていく。


 ユイ先輩の目から光が失われていく。


 背後から突き刺さし、血に濡れた手が僕へと向いている。


 ユイ先輩の身体から、胸から伸びる手。


 まるでなんだ、僕へと握手を求めているようではないか。

 その手は。


 ユイ先輩の背後には、肩を抑えるように掴んでいる副部長。


 貫いている手の主は部長。


 二人の眼は死んでいる。


 死んだ上に赫々と僕を見据える。




「さて、

 愛する者との死という残酷な別れ、繋がりの喪失。

 そして手を血に染める信頼する者。彼等との繋がりもまた危うい。

 いや、もう失ったかな?」


 突き刺すように、遮断したはずの痛みを再認識させるように、


「今一度、問おう。

 繋がりを一つ、二つ、三つ。再び失った君は、」


 背後から枯野が僕へと問う。


「私と共に君の能力をもって人々を緩やかに孤独を理解させ、そして人々の繋がりを確かなものへと導くか。

 それとも私を殺し、全てを己の力だけで無に帰し、根源からリセットするか。

 あるいはこの場から去り、傍観者として人々に訪れる孤独から目を背けるか。」


 僕は両手を強く握りしめた。


「今なら間に合うだろう。

 彼女を鬼へと変え、命を救ううことも。

 あるいは人として、君の為に、君の尊厳を保つために彼女を死に送ることも。」


 目の前で起こる現実を睨みつけた。


「全ては起きてしまったこと。

 それを変えるも変えないも、君の答え次第だよ。」


 僕から漆黒が立ち上がる。




『心、(おにび)にとらわれ、憐れな。その屍、火に火に炎で燃え尽きますか。』

『くひひ! やっちゃいなよ? 呑み込んじゃいなよ? 炎となってさ。』


 止めるな! コノハナサクヤ!!

 嗤うな! 桃太郎!!



「アアアアァァァァァ嗚呼ああああぁぁぁぁぁああああっっ!!」



 枯野に対する怒り、ユイ先輩を失った悲しみ、自身の無力さへの憤り。

ありとあらゆる感情が実態をもって、蠢く闇となって僕を包む。

闇が黒き炎となって立ち昇る。揺らめく。


 無へと帰せ 無へと帰せ 無へと帰せ!


 無へ導く願望が形となっていく。



「そうだろう、桃太郎くん。

 私が憎いだろう。激しい憤りを感じるだろう。

 自身すらも消し去りたくなっただろう。

 間違っていない、間違いじゃあないよ、それは。」


「枯野! 枯野枯野枯野かれのおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおぅっ!!」


「私を殺すがいい。

 さぁ、全てを無に帰すがいい。

 此の世を、世界を、人類をリセットするがいい。

 それもまた、私が描いた結果の一つだよ。」


 僕は枯野を睨みつけた。

噛みしめた奥歯が砕けるのがわかる。握りしめた拳に爪が食い込み血が流れていくのがわかる。僕から「正気」というものが薄れていくのがわかる。


「望み通り、貴様から無に帰してやる!」


 あぁそうだ枯野! 僕の力で貴様を無に帰してやるよ!


 怒り、悲しみ、憤りの果て。その先に在る、僕の、力。

全てを無へと帰す力! その力に喜びすら感じるッ! 僕のこの手で握りつぶすッ!

握りつぶせる! 全てを無に帰せる! リセットできる!!



 僕の狂喜に呼応したようにニコナが多重になって多方向から枯野へと迫る。


 僕の無への願望に呼応したようにウズウズがベールのように僕へと纏わりつく。


 僕の悲しみに同調したミスミが枯野に照準を合わせ……




 涙を流す?


 ミスミが僕へと祈る?


 ウズウズが僕を止める?


 ニコナが僕の過ちを代わり前へと進む?




 なにを? なにをなにをなにをやっているのだ君たちは?

そんなことは! そんなものは! それは僕が望んだことじゃあないっ!


 これは、このことは、こんなのは僕が望んだことじゃない!!


 消し去ればいいぢゃないか! こんなものは!

 消し去ればいいぢゃないか! こんな奴は!

 消し去ればいいぢゃないか! こんな世の中など!


 リセット? 生ぬるいだろ! デリートだろ! こんな絶望は!!



(あるじ)の想い、意思、行動に対して君たちは、弊害じゃないのかな?」


 ニコナの攻撃を迎撃するように、鬼共が一斉に飛び掛かる。

ウズウズを僕から引きはがすように、鬼共が一斉に襲い掛かってくる。

ミスミの視界を塞ぐように、鬼共が一斉に立ちはだかる。


 僕と枯野だけの空間を、鬼という壁をもって築き上げていく。


「さぁ、君との繋がりは私だけだ。」


 飛び込んでおいで、とでもいうように。

抱きしめてあげよう、君を受け入れよう、とでもいうように。

枯野が両椀をゆっくりと左右へ掲げ、僕を迎える。


「この繋がりを、君は絶つんだろう?」


 僕は持っていた柴刈乃大鉈を天へと振り上げる。

もはやそれは、鬼を狩る太刀ではない。漆黒のヘドロを纏った鍵。


 僕は僕ではない。漆黒に包まれた「無」

無の塊。無を生み出す無。無なのに無を生み出すって!

無なのだから数字で言えば零。

零に何を掛けても零。何に零を掛けても零。

割り切れる割り切れないとかじゃない。零を何で割っても零。

何かを零で割ることなど……

根源からの否定。

無である、零である僕が、

世界を、整数を、整っていたであろう世界を割ることなどできようか?



 地に膝をつく。

崩れるように上体が前のめりになる。

何かに祈るように。


 振り上げていた柴刈乃大鉈を地に突き刺す。


 僕は無能の無。


 為すことなどなにも無い。


 出来やしない。




 唯の無

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