茜色に滑車から鈍色に階段
なぜ元旦から投稿?
今日が金曜日だからだ( ;∀;)!
あけましておめでとうございます
「僕の後ろに道はない。ただ僕の前に道はある。」
高村の光太郎の言葉をもじってみる。
僕の後ろに道が出来ているという実感がわかなかった。ただ目の前の道を進むことしかできないのだ、僕は。
身体に刺さった硝子片がパラパラと地に落ちる。「窓を突き破る際に刺さった硝子片は無かった」ことにした。痛い記憶だけが残る。
過去の辛い体験が無かったことになればいいのに。とか思うが、それも今の僕を形成する一つの「記憶」だと思うことにする。
ただ、まぁあ何と言うか、もう少し穏やかな人生だったらいいのに。せめてそういう希望を抱かなきゃ、やってられない。
「フェゼント隊長の侵入経路を再活用致します。」
執事のような出で立ちの壮年、ストークさんが手際よく僕に装備品を付けていく。その間にも、簡単に器具の取り扱いについてレクチャーを受ける。
変電所へと直接向かうのかと思っていたが、少し離れた鉄塔に僕らは来ていた。そして今はその鉄塔の最上段近くだ。世界が一望できるんじゃないかと錯覚する。
僕はなるべく下を見ないように、されるがままになりながら沈みゆく太陽を見ていた。
「えーと、
つまりこの鉄塔からあの施設まで滑車で移動するということでしょうか。」
「一見すると送電線だけ伸びているように見えるかもしれませんが、元来鉄塔同士というのはワイヤーが張られております。そしてそこに新たに侵入用のワイヤーが張られておるわけです。
このワイヤー、本来は1度きりの使用なのですが、強度は2~3回は耐えられるはずです。」
確かに僕は「どんな手段だろうと中に入ります。」と申したわけだが、まさかこの距離を滑降することになろうとは。大丈夫なのだろうか、それは。主に僕の心が。
「こちらの滑車から吊られている部分、フェゼント隊長が使用したものよりも2mほど長くなっております。揺れが多少は強くなるかもしれませんが、その後の対処が軽減されます。」
ストークさんが僕の腰にあるベルトをもう一段強く締め、器具の最終チェックを行う。
うん、そうかそうか。
僕はミスミのように、こういったことの技術は無い。つまりこれは僕に対する配慮、優しさといったところだろう。
「それで、これで滑ればあの屋上に着くというわけですね?」
「いいえ、屋上には着きません。
申し上げましたように屋上に着いたとて、幌谷様には内部へと侵入する手立て、対処が御座いません。そのため直接侵入するべく、フェゼント隊長よりも長いのです。窓を突き破り、直接侵入していただきます。」
「え? ん? いやいやいやいや!!
いぃぃぃぃぃやっはぁぁぁぁぁっっ!!!」
ストークさんの穏やかな笑顔と、「ご武運を。吉報をお待ちしております。」という言葉と、そしていまいち前に進めない若者の背中をポンと押す様な後押し。その実、容赦なき背中押しに、僕は夕焼けに染まる茜色の中を滑空した。
そして現在に至る。
まさかこんな形で侵入するとは。
これがスタンダードな侵入方法なのだろうか。ストークさん、いや山柴の方々の常識に正直、僕はついていけていない。
ここはどこか。僕は身体に残った硝子片を払う。
と、その時、背後から僕は腕を極められ、一瞬のうちに拘束された。
後ろには、僕が侵入した際に突き破った窓しかないはずなのに。
「桃……太郎か?」
違います! と言いたいが言える状況にない。
拘束されたときと同じように、音もなく拘束から解放される。顎下から脳髄に向って突き付けられていたであろう銃口が離れていく。
後ろを振り返りたいが、振り返られる気がしない。
「ククーだ。現状況を端的に説明する。」
声質から言って妙齢の女性だろうか。話口調にミスミを想像させたが、ミスミと違い冷たい印象だ。
だが少なくとも味方であろうことは理解する。
「お願いします。」
「我々は現在、OⅢ一体の侵入を許した。
現時点で他戦力は見受けられない。対象の特徴から高鬼と断定。
1Fで機能してるのは警備室のみ、これも時期不能となる。
2Fにてフェゼント以下4名が交戦中。
民間人は3Fより我々によって外部へ避難させているところだ。
質問は?」
「2Fの詳細が知りたいです。」
「聞くより見た方が早い。そこから一望できる。
階下へ降りるのであれば援護する。」
僕が侵入した向かい側、廊下の内窓から2階を一望できた。
まるで倉庫のように高く広い。そこを埋め尽くすように大きな機械が設置されている。全て変電などの設備なのだろうか。
あそこに見えるパンクなイカレ野郎は荒渡か。帰るって言ってたじゃないか。上方から断続的に狙撃されているが、蠅でも払うかのように受け流していた。
「足止め?」
「本部の照会によれば、高鬼の水没攻撃、その影響範囲は身長より1m上程度。つまり高鬼のいる床から2m上方まで。階下があればそこも影響範囲。よって1Fは完全に水没している。
現在、民間人の避難完了まで上階へ上がるのを阻止している。
だが施設そのものの耐久度が持たないかもしれない。あれは厄介だ。」
銃声に交じり、金属がひしゃげる音が時折響く。機械設備が外圧に耐え切れなくなり歪んでいくのが見える。
ミスミを探す。どこだ、どこにいる。
ちょうどここからは死角となって見えない物の影。そこに淡い紫と桃色の中間のような色合いのオーラを微かに認める。体中の血液が騒めく。
「クックさん、あそこまで行きます!」
僕はミスミがいるであろうポイントを指し示す。
「ククーだ。
援護する。」
うっへーい! ごめんなさい!
僕はますます振り返ることが出来なくなり、階下へと降りる階段へ向けて走り出す。
おそらく階段降り口付近で防衛ラインを築いているのはミスミだ。
建物の内部だが、まるで外階段、非常階段のような構造。その階段を転げ落ちんばかりに駆け降りる。
こんなことになるならスニーカーを履いて来ればよかった。雪駄であるがゆえに本当に転げ落ちかねない。鈍色に輝くスチール製の階段を無駄に打ち鳴らし僕は階下へと急ぐ。
後ろから音が聞こえないということは、ククーさんは付いてきていないのだろうか。
だが、突き刺さるような鋭い視線が途切れることはない。僕の頭頂部あたりに鋭く突き刺さっている。
いつでも援護射撃してくれる体制であるのだろうか。先程、名前を間違えてしまったが、意趣返しで撃ち間違わないでくれることを祈りたい。ただ祈りたい。
何段目かの踊り場をターンし、最後の踊り場にたどり着く。
この角を曲がれば君がいる。ミスミがいるはず。
「でっっ、じゃおぶわぁぁぁぶぅっ!!」
曲がった瞬間に僕は薄紅藤色のオーラに吹き飛ばされた。
いや、ミスミ本人にタックルからの抱きかかえられ、踊り場の手すりを越え、そのまま跳躍された。
何かしらの機材、ここにあるのは巨大な機材なわけで、その機材の上に降り立つ。
「ミスミちゃ……」
僕の問いかけに応えることなく、視線を合わせることなくミスミは僕を離すと、背を向けて銃器を眼下へ構えた。
「あの鬼の「見えない水」。いいえ、今は視認できるほど濃度の高い瘴気。
以前のものとは質が違うようです。目に見える分、危険度が高すぎます。
あの中に居れば数分と持たず、加圧に耐え切れず行動不能になるかと。」
言葉を切り、ミスミが狙撃を試みる。
タタタン タタタタタ
木霊のように他方からも銃撃音が響いた。
「なぜ……、ここに来られたのですか?」
「僕は……
僕がここに来る必要があったからだよ、ミスミちゃん。」
振り返るミスミの表情に、その目に哀しみのようなものを感じる。
僕は受け止める。
目を逸らさずに、僕はミスミを見つめる。




