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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第7の申幕 人に智慧あるや否や
156/205

今紫に染まる自動追尾ミサイル

ぱち ぱち

 ぱち ぱち ぱち

ぱち



 緩慢で疎らな柏手。いやこれは拍手のつもりだろうか。

屋上への階段を登り、扉を抜けた先はデパート客の憩いの場だった。初めて来たが、なんとも時代から取り残されたように古びていて、それでいてカラフルだ。

幼児向けのいくつかの遊具、申し訳程度の庭園と周囲に置かれたいくつかのベンチ、催事スペースらしき場所に設置された簡易テント、そして心持ち立派で小さなステージ。

唯一の取り柄は、見晴らしが良さそうなことだけだろうか。


 その中央にある小さなステージに腰掛けた山羊女が、気怠そうに拍手をしていた。


「なかなか良かったわよ?

 押さえ込んだ情熱と憤りを表現出来ていたのじゃないかしら?」


 僕とウズウズは自然体のまま、その正面へと進み、距離を取って相対する。


「それにしても、こんなに早く来るなんて思っていなかったわ? あの場を放って置いて大丈夫なのかしら?

 おかげで退屈しないで済んだのだけれど、下界が気になって集中力を欠けられても興醒めよね?」


「心配には及ばない。僕の手によらずとも街へ鬼供が流れることはない。」


 あれだけの鬼だ。正直に言えば心配はゼロじゃない。だがあの男が、壇之浦が「任せろ」と言ったのだ。良くも悪くも有言実行なあの男が言ったのだから、「なんとかなる」と信頼するしかない。



 ウズウズがスッと、僕より半歩前へ進む。


「……、めーめー。」


 いやウズウズ。確かに「メーメーと言わしてやる」とは言ったが、君が率先して言わなくても良いのでは? それに下がり調子で言うと、なんだかメーデーのようで、遭難信号のようだぞ?

労働者の祭事の方とも取れなくもないが、何を訴えていんるだ、ウズウズは。


「言うわね?

 何がどう転んでも、私の目的は果たされると思うのだけど?」


 やはり、この繁華街に鬼を放つのは陽動か。

こちらの注意を引きつけるのが目的だとしたら、花火大会会場周辺でも同じことが起きる可能性がある。


 山羊女が座ったまま、右手を高く振り上げた。


「いいわ、私の前に現れたことを祝してあげるわよ?

 それに、くちばしが黄色い割には良く踊れていたと思うわ?」


 山羊女の背後、ステージから夥しい量の紙吹雪が吹き上がる。まるで舞台装置かのように。

そして突き上げた山羊女の右手の先を起点とするかのように、瞬く間に細い竜巻が出来上がる。


 咄嗟に周囲を見回す。



「ウズウズ! あのライオンの乗り物だ!」


 僕はそう発しながらも、自身も黄色いライオンの乗り物へ駆けた。やや遅れてウズウズがついて来る。


「って、違ーーーーーうっ! それは象! そしてその色は水色!」


「……象。……水色。」


 途方に暮れたウズウズが動かぬ水色の象の乗り物に乗っている。背後から迫る紙吹雪はオートで猿の手が捌いている。これはもしや、ウズウズが引きつけ役で僕が攻めるべきなのか?

とはいえ、僕から追尾先を変えた紙吹雪もウズウズへ殺到している。増え続ければ流石のウズウズも捌き切れないのではなかろうか。



「あらあら、ルールに気づいたのかしら?

 でも気づいてどうにか出来るものじゃないけど?

 オレンジ色、青色、灰色、どう?」


 鋭いニードル状に渦巻く紙吹雪が、まるで自動追尾ミサイルのように山羊女から放たれる。


「ウズウズ、付いてこい!

 僕の動きをトレースだ!」


 オレンジ、青、灰。

僕は駆けながら指定された色を探し、タッチしていく。


「トレ……、動きトレ?」


「あーっ!

 あれだ、僕についてきて!

 僕が触ったものに触るんだ!」


 ウズウズが理解し、僕に習ってついて来る。背後に迫った紙吹雪ミサイルは捌いている。これはこれでフォーメーションとしてありかもしれない。

おそらく山羊女はこの場にある、目に入る色しか指定出来ないのではないか?

走る進路を変え、山羊女へと迫る。



「赤、緑、黒かしら?」


 あと一歩で斬りかかれるか、というところで、正面から紙吹雪を放たれる。

咄嗟に飛び退き、次の指定された色を探す。


 追尾攻撃を誘導して敵の背後に回り込み自爆させる、というのはこの手の逆転王道パターンだが、何発も放ち、挙句は正面から挟み撃ちされると手も足も出ない。

回避の間際、ウズウズが死角から金属工具類を投げたが、山羊女得意のスカーフで絡め取られていた。


 逃げ回ることだけならなんとか出来るが、それはただ悪戯に時間を消耗するだけだ。ついでに僕の体力も消耗だ!


『色の指定を聞かなかった事にする』


一瞬、桃源郷送りも考えたが、言われるたびに発動していてはキリが無い。いや、記憶に残っている時点で効果があるように思えない。まさかの相性最悪か?

山羊女と相性良くはなりたくはないが。



「逃げ回ってるのを見てるだけというのもつまらないわね? 踊ろうかしら?

 鈍色、小豆色、藍色、鶯色、今紫よ?」


 山羊女が一気に難易度を上げてくる。

それは色として正確なのか? 確かに「青」と言ってもその許容範囲は広い。それを和名で言うということは区分が細かくなるということだ。

そもそも最後のやつは「いまむらさき」と言ったか。紫色の一つだろうか。

最早僕は、手当たり次第に駆け抜けるパルクールさながらだ! ゴールは何処だ!


「ウズウズ! 攻撃にッ、転じれるかッ?」


「……、めーめー。」


 いや、ウズウズ……、気に入ったのか、それ。

ウズウズが僕の後ろから離脱し、山羊女へと方向を変える。紙吹雪ミサイルを掻い潜り、いなしながら接近する。


「私が初めて踊った舞台も、これぐらいの大きさだったのよ?」


 山羊女の踊る小さな舞台。その踊りにペアを組むかのようにウズウズが舞台へと上がり、攻撃を試みる。周囲を飛び交う紙吹雪ミサイル。山羊女に当たるかと思いきや、その踊る手足を滑るように表面で流れ、再びウズウズへと狙いを定める。

防ぎながらの攻撃。いくらウズウズから伸びる手が6本あるとは言え、攻撃力は半減しているのだろうか。二人の動きが均衡している。



 振りぬかれるダガーナイフ。紙一重で踊り躱す山羊女。


 四方から迫る紙吹雪ミサイル。紙一重で躱し掻い潜るウズウズ。



 無限パルクールの傍ら、僕は打開策を考えていた。

時間の猶予はない。そろそろ20時になる頃か。

色を聞かなかったことにするのが無理なのであれば、攻撃を受けた後で「受けなかった」ことにすればいいのか? いや、それは根本的な解決になっていない。攻撃を受けようと受けなかろうと、紙吹雪そのものが止まるとは思えない。ではそもそも発動が無かったことにすれば?


「グッ……」


 その考えに至った一瞬、地面が揺らぐ。いや、僕自身の視界が揺らぐ。

なんだこれは? 眩暈か? こんな時に!


『発動、発現、発生……。存在そのものを無に帰す。』


 視界がブラックアウトする。



「いったぁっ!」


 紙吹雪ミサイルが背中の肩付近に突き刺さり、意識を取り戻す。


「大丈夫だウズウズ! 転んだだけだ!」


 すぐさま「刺さらなかった」ことに上書きする。

ここで僕が紙吹雪の餌食になれば前回の二の舞だ。ウズウズを失うことだけは避けなければ。

だが刹那にウズウズの意識がこちらに向いた。ウズウズが飛びのき防御へ最大限に力を振るう。その反動で2、3割は紙吹雪を削いだだろうか。そして全防御することで攻撃対象を一点に集中させたということは、全ての紙吹雪が集約したということだ。

四方八方から迫ってきていた紙吹雪は一つになり、そのおかげで出来た隙を逃さず、ウズウズは地面すれすれに滑り込み山羊女へ6方向から切りかかった。


「あああああぁぁぁぁっ!!」


 ウズウズが叫ぶ。そこにあったのは明確な「怒り」だった。


 二対のダガーナイフと中華包丁やら柳葉包丁やらの刃物が山羊女の身体を捉える。


 その刃物が中央でクロスした時、山羊女の身体が紙吹雪になり爆発的に舞い散った。


 紙吹雪の爆発で吹き飛ばされるウズウズ。



 これまでの激しい攻防の中で落ちなかった麦わら帽子。

それが何かを啓示するかのようにウズウズから離れ、天高く舞い上がっていった。

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