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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第7の申幕 人に智慧あるや否や
155/205

無い無い無い狼のボレロ

 僕は駆ける。

左右に20度、つまり前方40度程度の範囲内にいる鬼を斬り、ひたすら進む。

鬼共の鬼門が結ばれる最適な軌道に太刀を滑らせ、一太刀で複数屠る。真正面に迫る鬼は極力左右に跳ね飛ばし、出来なくば蹴り飛ばすように踏みつけ障害を減らす。

それ以外の場所から迫りくる鬼はウズウズに迎撃を委ねる。

信頼のおける若竹色のオーラが僕をも包む。

これほど背を、いや周囲を任せるに足る存在があるだろうか。

ウズウズが傍らに居る限り、僕へと届く脅威は無い。


 アーケード街を埋め尽くす鬼共を蹴散らし、前進する事を優先して僕とウズウズは中央突破した。作戦も何も無い。ただ強引に抜けた。

そのアーケード街と繋がるように立てられた駅ビル。その1階の広いエントランスに突入する。


 突如として訪れた静寂。あれほどいた鬼がいない。斬り抜けたのだろうか。

いや、それはつまり大半の鬼は街の方へ、壇之浦が死守しているあの場に殺到しているということ。

通り過ぎてきた鬼の数を思う。厳しい状況が頭をよぎる。

僕は無理やりその思考を捨て去る。


 嫌になるほどの気配の無さと無音。鬼はもちろん人の気配も当然無い。

先程までのアーケード街の煌びやかな明るさとは対照的に、閉店後のように照明が落とされ、辺りが仄暗い。深夜、いやゴーストタウンを思わせる。音と光が静寂だ。


 僕の足音だけが静かに響く。

そういう意味ではウズウズからは足音が聞こえない。いや、今迄だって聞いたことが無かったかもしれない。ウズウズの気配は希薄だったが、どこか心だけは繋がっているような、肌では感じない確かな存在を僕は感じていた。頼りにしていた。



 この状況下で、この状況だからこそ感じる微かな鬼気。

いや隠すつもりは最初から無いのであろう。山羊女の鬼気が、紙吹雪と共に上からはらはらと落ちてきている。雪が静かに降っているかのように。


「ウズウズ、上だ。」


 奥にエスカレーターが見える。動いてはいない。

荒れた呼吸を整えながらゆっくりと中央へと進む。油断はしていない。全神経を研ぎ澄まし、気配を探る。変わらず僕の足音だけが響く。


「……。」


 どういう趣旨か、ウズウズが僕の袖を掴む。確かに僕の両手は太刀を握っている。ここは手をつなぐシーンなのだろうか。ウズウズは袖を掴むも僕の歩みを妨げることなく、同じ速度で追従した。

横目に見ると、ウズウズはどうやら視覚以外の神経を張り巡らせているようだった。

麦わら帽子だけが歩みに合わせ微かに上下する。



 何の音だろうか。

軍隊など統率の取れた部隊、そういったものの歩調を合わせるために打たれるリズム。微かに聞こえるその打楽器の音は一定のリズムを刻んでいた。

正面中央にスポットライトがゆっくりと細く灯る。まるで暗がりの室内に、夜明けの明かりが窓から差し込んできたかのように、静かに照度が上がっていく。降り注ぐ紙吹雪によって光りの筋が顕になる。


 どこからともなく女のすすり泣きのような、いやそれほど悲壮感はない。細いハミングのような音色。これはフルートの音だろうか。どうやら館内放送で流れているようだ。この場が静寂し、聴覚に神経を向けているがゆえに聞き取れるほどの、微かな音色。


 スポットライトに照らされ、うずくまっていた一体の鬼がメロディに合わせてゆっくりと立ち上がる。

完鬼にしては細身だ。だが上半身を顕わにしたその肉体は、絞り込まれたアスリートの様に筋肉がパンパンに張り詰めている。そしてその頭部はリアルな狼の被り物で覆われていた。

攻撃する意思は感じない。ただメロディに合わせゆっくりと舞い始める狼鬼。



 ウズウズが袖を引く。

僕は歩みを止め、太刀を構える。

構えた太刀の短い金属音を皮切りとし、ウズウズと狼鬼が動く。二人が舞台へと舞い踊り出るように交差する。メロディに二人が乗る。

瘴気を迸らせながら沈む狼鬼。


 メロディが次の小節に進む。音色が一段大きくなる。そのメロディに合わせ、左右にスポットライトが1対づつ灯る。

浮かび上がる2体の狼鬼。

僕は右へ。ウズウズは左へ。


 さらに4つのスポットライトが灯り、4体の鬼が浮かび上がった。

僕は気づく。これはモーリス・ラヴェルのバレエ曲「ボレロ」か。同じリズム、同じメロディが繰り返し、繰り返し奏でられる楽曲。だが進むほどに重厚さを増していくオーケストラ。

狼鬼が一小節ごとに倍々に増えていく。

僕とウズウズは舞うように鬼を屠りながら、止まったエスカレータを駆け上がる。

踊らされているのか、僕らは。



 河の流れが止まることの無いように。空の移ろいが止まることの無いように。僕は太刀を止めることなく流し続けた。

右へ薙ぎ、手首を返し半円を描いてから袈裟に降ろし、上体ごと引いて下から潜り込むように前進し上方へ突き上げ、引き斬り、次の動きへ……。


 僕の動きに合わせるように、落とした影が付いてくるようにウズウズが地を滑る。

強く、柔らかく、激しく、優しく、素早く、躊躇なく、寂しく、恐ろしく、そして美しく。諸々は行い止まらず常に在る事無く。

言葉、表情、雰囲気は無感情だったが、ウズウズの動きは感情豊かだ。


 僕もウズウズも、狼鬼も。

その動きは尋常な速度では無い。

だが高速な攻防であるのにも関わらず、奏でられるメロディラインに僕らは乗っていた。乗せられていた。



 オーケストラが最高潮に達する。

狼鬼に導かれるように僕とウズウズが背中合わせになる。

お互いが半円状に薙ぎ、取り囲む全ての狼鬼を葬る。

その後続の狼鬼に崩れ押し込まれるように、仄かに光り迎い入れるエレベータへと乗り込んだ。


 扉が閉まり、自動で上昇するエレベータ。

奏でられるボレロが変調し、最後の二小節に入る。

狭く限られた空間を狼鬼が埋める。

僕はその中央で、無理やり太刀を床に突き立てながら上体を沈める。

その上をウズウズのダガーナイフが舞う。

メロディに沿って風切り音が流れる。


 エレベータの扉が開く。

ボレロの終わりと共に、一斉に崩れ落ちる狼鬼。



「行くか。」


 立ち上がり、突き立てた太刀を抜く。

目の前には屋上へと上がる階段があった。登った先にある扉は開かれ、そこから光りが差し込む。あたかも天国への階段を模しているかのように。


「山羊……、めーめー。」


「ん? あぁ、ギャフンとは言わなそうだしな、あいつは。

 メーメー鳴かせてやるか!」


 ウズウズが満足気にうなだれ、とぼとぼと階段を上り始める。僕はそれに合わせるように太刀を下げ、横に並んだ。


「言うチャンスが無かったんだがウズウズ。

 山羊女のあの紙吹雪、自動追尾の攻撃は、あいつが指定した色を触ることで回避出来る。追尾解除になる、たぶん。」


「……?」


 ウズウズがチラリと僕を見上げ、小首を傾げる。

なんだその仕草は! 可愛いか!


 確信を持てない故に若干、歯切れが悪くうまく説明の出来ない僕も僕だが、そもそもウズウズには理解が難しい話だろうか。指定してきた色から僕が対象をウズウズに指示する方が早いか? 「赤……、ムック!「黄……、卵焼き!」みたいな感じで?

う~む、脳内シミュレーションでは対象が貧弱で難易度が高い気がする……。

現に「青」で思い浮かぶものが「青唐辛子」だったり「青物横丁」だったりで、純粋な色の「青」とは程遠い。対象が目に入ればいけるだろうか。今更だが、あいつの指定する色は手の届く範囲に在るのか。「青い海」なんてここにはないだろうし。

そもそも戦闘時にやれる自信はあまり無い。しかし「指定された色が目に入る」ということを前提とすれば、ウズウズの猿面の防衛で多少の時間ロスは挽回出来るかもしれない。


 そんなことを考えているうちに階段が終わる。


 天国に、舞台に上がる前の思考なんてそんなものかもしれない。


 僕はウズウズと共に扉を抜ける。

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