ヤシガニは大佐と成れるか
あぁ、夢か幻か。
面を上げた女性に後光が差す。
麦わら帽子を被り少し小首をかしげる仕草。少女を思わせるような清楚なサマードレスの色は仄かに蒼く、そして後ろ手に回された両手がその女性の気恥ずかしさを表していた。
ただ、少女に似合わぬその豊満な胸の張りが、胸元で結ばれたリボンを別ベクトルに強調させる。
それは自信、象徴、確固たる意志。
そう、これは神アニメ「がんばれ!ミシュール先生!!」第二期の最終話、南国で再会したミシュール先生その人! いつもの底抜けに明るいミシュール先生が、少々の哀愁を含み少女のようにはにかむ、我々を天上界へと送り込んだ至高の名シーン!
おぉ! ミシュール先生っ!! 僕は! 僕は迎えに上がりました!!
ただ……
あの名シーンと違うのはここが南国ではないこと。そして背筋をピンと張り、胸を張っていないところか。惜しい、実に惜しい……。
「よう、ほろぅやー。」
「違う。
再会最初の台詞は「ヤシガニってヤドカリの仲間なんだよ?」だ。」
「や……や、しかり……。」
うん、「〇〇や、然り。」みたいな台詞になったな。
ちなみにその後、すでにヤシの実級の慈愛を二つ胸に抱えているミシュール先生に代わり、主人公がヤシの実を運んで二人でココナッツミルクを飲む展開なわけだが、当然ウズウズはヤシの実を持ってはいない。
ヤシの実級の慈愛を二つ胸に抱えていることは確かなのだが。
「とりあえずなんだ。挨拶は後回し、だな。」
もしやそのコスは、行きつけの「某コンビニ☆ゲス店長」からのお中元かと勘繰ったが、ここで問うのはやめておこう。お中元にしては遅すぎる。
僕はウズウズから鬼共へと視線をずらし、宝刀鬼殺し「柴刈の大鉈」を具現する。
さしずめ「ヤシガニのハサミ」ってところか。僕にとってのこれは。
パワーはなくとも切れ味は引けを取るまい!
「……。」
ウズウズがいつものように、途方に暮れたようにうな垂れる。被っているつばの広い麦わら帽子のお陰で、表情が全く読めない。
単体で先陣を切ってきた餓鬼をギリギリまで引き付け、一太刀で屠る。
横目で確認すると、鬼が差し迫っていることなど意に介さないかのように、ウズウズがトボトボと明後日の方向に立ち去ってしまった……。
って、うおーい! ウズウズちゃん?
僕が挨拶を返さなかったから、なんか不機嫌にさせた感じ? 待ち合わせの彼女と会った時には、まず服装を褒めるのが王道なの? そもそも待ち合わせだったっけ?
おーい、何処に行くんだーーー!!
行くんだーー! 行くんだー! 行くんだぁ……(エコー)
「くっ!」
1対1ならまだいける気がするが、1対多数戦は正直きつい。鬼共の進行を食い止めるだけで精いっぱいだ。僕は鬼を屠るというよりは突き放し押し飛ばし、後続の足止めとするが如く前線保持に努めた。
そこに再びウズウズが店から出て姿を現す。どこに行ってたかと思ったらなんだ? 金物屋か?
「今日の服装は、くっ! ウズウズっ!
今までの中で! 一番いいと、僕は思うっ!!」
太刀を横に薙ぎ、数体まとめて大きく跳ね返す。多少の距離は取れたが、鬼共に半円状に囲まれ始めている。その僕と鬼の間に、トボトボとウズウズが割って戻ってくる。
頷き、というよりは糸の切れたマリオネットの首の様に、カクンとウズウズの頭が傾く。
同時にウズウズの背部に複数の凶器が展開される。その様はまるで複数の手に神具を掲げる仏像を彷彿とさせた。大小さまざまな包丁、ナイフ、鎌などの刃物に始まり、くぎ抜きやら金槌などの工具、挙句は鍋の蓋やら持ち手のついた平たいザルまで……。
ウズウズが鬼の方へと向きを変え、ゆっくりと前進を始める。
背部から数々の凶器が一斉掃射され、最前面に布陣されていた餓鬼の鬼門を的確に射抜き、バタバタと崩れ落ちる。再び凶器を装備展開、そして第二射、第三射。圧倒的な殲滅力。
屍を越えるように餓鬼共が至る所から飛び上り、空中から仕掛けるも飛び上ったところを撃墜。辛うじて接近した餓鬼もウズウズの直接の手により、見ずにして迎撃されていく。
一気に三分の一は殲滅しただろうか。周囲が立ち上る瘴気で霞みがかる。
その瘴気をかき分けるように1体の完鬼が後方から現れ、「白いスーツに身を包んだ老人の等身大人形」を振りかぶり、ウズウズの頭上へと振り下ろした。
いやちょっと待て! それはまずい!!
僕の心の叫び虚しく振り下ろされた「大佐おじさん」。そこを起爆とするかのように若竹色のオーラが円柱状に立ち上がる。直径2mほどの太さでゆっくりと回転し輝く様は、ファンタジー世界の召喚魔法を彷彿とさせた。
急襲した完鬼が吹き飛ばされる。立ち込めていた瘴気すらも掻き消し、その中心に再びウズウズが姿を現す。
ウズウズの背中に「大佐おじさん」が新たに装備された。猿面を付けて。
いや待て! 本当に怒られないか? それは!!
そんなカオスな状況もつかの間、鬼共の侵攻は止まらない。
何処から引っこ抜いてきたのか交通標識を持った別の完鬼が、地中に埋まっていたであろう根元のコンクリートの塊を先端にハンマーよろしく、左サイドからウズウズへ向けてフルスイングする。
風圧で倒れたかのように身をかがめその一撃を躱すウズウズ。そのまま、倒れたコップからこぼれる出る水の如く、流れ出るように素早く低くその完鬼へと接敵する。
右サイド。タイミングを僅かにずらし、時間差で挟み込むように鋼鉄製の長ベンチをフルスイングする3体目の完鬼。僕はそいつへ向け瞬時に水平跳躍する。太刀の峰で、振るわれた長ベンチを受け流し、その軌道を上方へと変える。高音と共に火花が駆け上がる。
まったく! お前らは公共物を何だと思っているのか!
獲物を振りぬき、胴体ががら空きとなった完鬼×2。
その懐、足元に纏わりつくように入り込むウズウズ。
その懐に体当たりするように、右肩から入る僕。
振りかぶるために再び獲物を跳ね上げる完鬼×2。
ウズウズの右手のダガーナイフが鬼の体表を切り裂き上げる。
僕の太刀が鬼の逆胴から入り深く斬り上がる。
迸る瘴気。
右手のダガーナイフを追いかけるように振るわれた左手のダガーナイフ。
太刀は吹き上がる噴水泉の如く、一気に左斜め下から駆け上がる。
ダガーナイフが鬼門を捉える。太刀が鬼門を両断する。
振りかぶった獲物の自重、その勢いに耐え切れず、完鬼×2が後ろへと倒れ堕ちた。
「ウズウズ! 僕は真ん中の鬼をやる! その間、周りの餓鬼を頼む!」
「killing・ field・ clear……。」
「よし、オーケーだ!
12ピースでも24ピースでも、今度好きなだけ食わしてやる!」
ウズウズの背負っている猿面を付けた「大佐おじさん」が、カタカタカタカタと激しく振動する。猿面の文様が「喜」を現しているように見えなくもないが、目が円すぎて感情が死んでいるようにしか見えない。うーん。それでもそれは、ウズウズの喜びを代弁し表現しているのだろうか。
セリフも動きも軽くホラーなのだが。
僕は腰を落とし、深く息を吐く。
「諦めて失速しない限り、実は全く新しい人生をそこから築くことが可能だ。」とは、大佐の言葉だったか。流石、度重なる挫折にめげることなく、絶え間なく挑戦し続けた男の言葉だ。
立ち上がった完鬼が荒々しく唸り声をあげ、傍らに置かれていた大きな石造りの花壇を無造作に掴み、僕へと前進してくる。
僕の背後から自動掃射のように援護射撃が飛び続け、周囲の餓鬼が1体、また1体と沈んでいく。
惑わされることなく、迷うことなく。
僕は太刀に耳を澄まし、その身を委ねる。ただ目の前の鬼を見据える。
『渓流の潺のように。己を水と為し、流れ絶やさず鬼を屠れ。』
沈めた腰の高さをそのままに斜め前方へ跳躍。
着地に動きとめることなく、反転し勢いを上方へ。
その身体の流れに一体化した腕、いや太刀が僕に応える。僕が応える。
全てを斬り抜け、その先へと。




