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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第6幕 其れ即ち終焉の灯になりにけり
144/205

活字主義は磁石を用いず

「士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし。」


「えっと、呂蒙? 三国志演義でしたっけ?」


「じゃしゃっと、しゅるぅ、にゃにゃり。」


 僕の回答は果たして合っていたのだろうか。不思議な返答とともに、振り返った僕の全身を上から下まで査定する部長。オノマトペ研究会部長が両腕を腰に構え、堂々とした出で立ちで僕と相待する。

ちょうど太陽を背にして立っている故に、部長に後光が差す。


「少し見ない間に精悍になったじゃないか、幌谷氏!」


「部長も相変わらず……、いや益々、威風堂々としていらっしゃいますで候。」


「ふむ、『あんまり誰かを崇拝したら、ホントの自由は得られないんだぜ』。」


 そう応えた部長は、僕を先導するようにいつもの喫茶店の扉を開ける。

たまに女性にしておくのはもったいない、いやすまない諸姉よ。決して男尊女卑な発言と捉えないで頂きたい。この自由奔放でありつつ人を引き付け、先導していく部長と接すると、何というか男女の垣根を超えた尊敬の念を僕は感じてしまうのだ。


「そう言えば部長、先日、千条さんのところで部長の書を見ましたよ。」


 僕は追いかけるように部長の背中に声をかけた。

珈琲の豊潤な香りが僕らを迎える。扉を抜け一歩々々進むごとに、心の錆を払い落とされていく気がする。穏やかな気分に変化していく。


「ほう、千条伯母と縁があったか。何とも稀有な。」


 部長がカウンターの一席に腰を下ろし、マスターに手を上げて挨拶する。

これでオーダーは完了。誰と一緒であろうと、まず最初はブレンドコーヒーを飲むのが部長流儀。そして同伴も然り。


「それは母の作品であろうな。」


「そうなんですか? 僕は判子とサイン見ててっきり部長の作品かと思っていましたよ。」


 隣の席に腰を下ろしながら、僕は驚きを伝えた。


「母と千条伯母は中学高校の同期でな、その際に送ったものであろう。

 今現在は雅号を落款とともに母から私が引き継いでいる。おっと勘違いするなよ? 母はすこぶる健在だ!」


 千条女史と母が同期……。千条ヤチヨは世代交代をマイセルフで行っていると言っていたっけ。つまり()()()()()()()()ということなのだろうか。


「ほんと、稀有な縁ですね。」



 僕は先に出されたお冷を半分ほど飲む。

世代、年代、いや前世にまで及ぶ交代劇を僕は想った。こういう日常が今も昔も続いてきたということか。


「ところで幌谷氏。

 君がここにいると言うことは、近日行われる部長・副部長交代式典に参加を表明したと言うことだな? いや、受任したということだな!」


「すんません、部長。どういう話でしょうか。」


「ふふふ、我がオノマトペ研究会の部長、副部長は今月で退任だ!

 新たな部長は澄河ユイ女史、そして副部長は幌谷ビャクヤ氏、君だ!」


「いやいやいや、初耳ですよ! 第一、僕に務まるわけが……」


「大丈夫だ、これは当会への参加率で決めた。君は入り浸っている方じゃないか。

 『あんまり大袈裟に考えすぎない様にしろよ。何でも大きくしすぎちゃ駄目だぜ』。ハハハハハ!」


 豪放にして磊落。全くもって痛快にして無比。部長は僕の中で「上司にしたい人ナンバー1」だ。

その後、これまでの「オノマトペ研究会」の経緯をかいつまんで聞いた。元々は歴史が古く、それだけに形骸化した前身の「純文学研究会」があり、その最後の部長だったのがここのオーナー。そして現副部長により文学の括りを広げ、門戸を開くために再編したのが「オノマトペ研究会」。部長が行ったのは命名だけで、実質、創設者は副部長だという。

ちなみに会の改名権は部長にあるとのこと。「ずっぱんたんたら研究会」だろうと「優雅に珈琲を飲む読書研究会」だろうと、それこそ「ノスタルジー研究会」だろうと自由に変えていいそうだ。

そうか、やっぱり「オノマトペ研究会」というのは部長の案か。「ずっぱんたんたら研究会」が副部長により却下されたであろうことが容易に想像つく。

そして当会のルールは「門戸を閉ざさない、活字主義から外れない、静かにする」の三点。本が好きならそれでOKとのことだ。これに僕は異論はない。むしろ完成されている。


 すでに運ばれてきていたブレンドコーヒーに口を付ける。

そのほろ苦さとともに、今の話を飲み込む。部長あっての「オノマトペ研究会」、副部長あっての「オノマトペ研究会」だったのではないかと思ってしまう。



「さて、そろそろ来る頃だろう。」


 部長がそう言い、口を付けたコーヒーカップを置く。それが誘い水となったかのように「待ち人」が扉を開けた。


「あら? 幌谷くんも来てたんだ。」


「たまたまです、ユイ先輩。」


「ハハハハハ! そういう期待は裏切らない男だよ、幌谷氏は!」


 ユイ先輩が僕の隣に腰を下ろす。マスターに柔らかな微笑で会釈する。これでオーダーは完了。間もなくブレンドコーヒーが運ばれてくるだろう。

「そういう期待は裏切らない」。いや、実際のところ、鬼の一件以来、僕の出席率は下がっているはずだ。そもそも「期待を裏切らない男」などというのは過分な評価だ。

だが、ユイ先輩を隣で支え、オノマトペ研究会を牽引していくというのは、なんと甘美で魅力的な誘いか。



 ユイ先輩がカウンターに肘を付け、少し乗り出すように我々を覗き込む。

ふわりと微かに花のような香りが僕の鼻腔をくすぐる。思わず僕は俯いてしまった。


「それで、退任式の日取りは決まったんですか?」


「ふむ、それだがな澄河女史。今週末に花火大会があるだろう、その日にしようと思ってな。」


「ふふ、部長らしいですね。良いと思いますよ!

 一度ここに集まって、そのあと花火大会に流れるという段取りでいいですか?」


「そうだな。その方が集合場所に困らなそうだ。」


「では、グループラインにアップしておきますね。」


 僕を間に挟み、あっという間に話がまとまっていく。会話のひと段落と共にユイ先輩の前にブレンドコーヒーが置かれる。端的で速い打ち合わせ、そして即実行。

ユイ先輩がコーヒーを一口つけ、手早くスマホを操作する。



「部長、僕も何か手伝うことはありませんか?」


「ほう、さっそく乗り気じゃないか、幌谷氏!

 『人の好みは千差万別だと思います。もし全部の人間が同じものを食べ、同じものに感動し、同じ本だけしか読まなくなったとしたら、僕はそんな世界は味気ないつまらないもんだと思います』。

 君は君の思ったことをやり給え!」


「それじゃあ、えっとー。

 せっかく花火大会に行くのだし、浴衣とか和装で参加はどうでしょう? まあ任意でいいとは思うのですが。」


「決定!」


 部長の決断が電光にして石火。


「うん、いいわね! 追記しておくわ。」


 そしてユイ先輩が即実行。



 正直なところ、「またユイ先輩の浴衣姿が見たかった」という邪な発想からの提案だったが、すんなりと決まってしまった。花火大会なんだし、それほど違和感はないとはいえ、こんなにポンポンと決まっていくものなのか。そう言えば副部長の判断は仰がなくていいのだろうか。そのことを聞こうと僕が口を開く前に、部長が声を発した。


「これで安心だな。『心の繋がった仲間こそ、ルビーにも勝る美しいルビーさ』。

 君たちに会えてよかったよ。」


「僕も部長に出会えてよかったと、このオノマトペ研究会に入って良かったと思います。」


「幌谷氏、まだ卒業まではここに顔を出すつもりだから最後ではないが、君に次の言葉を送ろう。

 『ぼくたちは本能にしたがって歩くのがいいんだ。ぼくは磁石なんか信用したことがないね。磁石は方角にたいする人間の自然な感覚を、くるわせるだけさ』。

 自分を信じて進み給え。」


「ありがとうございます。

 先程からもちょいちょい名言を挟まれているようですが部長、どなたの言葉ですか?」


 その言葉に部長はニヤリと笑い、店内の奥へと視線を向けた。


 僕は促されるように振り返る。なんとそこに最初からいたのだろうか、いつものように副部長が静かに本を読んでいた。

そして視線を本に落としたまま、積んであった本の一冊を手に取り持ち上げ、静かに掲げる。


 小説版「ムーミン」。


 そうか、自由と孤独、音楽を愛する旅人「スヌスムムリク」。

英名「スナフキン」の言葉だったか。

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