長子のフルスロットル
唐突だが諸兄諸姉には御兄弟、御姉妹がいらっしゃるだろうか。そしてご自身はどのポジションだろうか。一人っ子だろうか、兄だろうか、三人兄弟の真ん中とかだろうか。
巷ではよく「妹属性」だとか「姉属性」などというステータスを耳にする。これは二次元的世界だけのステータスではなく現実世界にもある話で、そう、育った家庭環境、とりわけ兄弟などのポジションは、その後の自身の性格の方向性だとか価値観のようなものに大きく影響すると思うのだ。
僕は今更語るまでもなく姉がいて、自分のポジションは弟だ。
その姉の影響もあるのだろう。僕は、年上の女性と話すことは特に苦にならない。いや女性に限定する必要はなく「年上」と接する方が気分的に楽だ。
その反面、無いものねだりなのかもしれないが「妹属性」の方が好きだ。特に二次元では、好みの傾向が妹だとか年下だ。だが現実世界では、年下相手だと僕はどうしても「大人」を演じてしまい、正直なところ無理してるのか疲れてしまうことがある。
ただ面白いのは、相手が「年下だけど長子」のパターンは割とうまく話せたりする。
「俺はあれだな、金髪四姉妹の次女+年下だと俄然燃えるな!」と仰る、希少性に賭ける豪放な諸兄もいらっしゃるかもしれない。
「どういうわけか、妹がいる年上兄貴肌としかつきあったことがないのよねぇ」と仰る、ご自身も姉御肌な諸姉もいらっしゃるかもしれない。
はたまた「末っ子一択」な諸兄や、自身が一人っ子だから「一人っ子の方が話が合う」と仰る諸姉もいることだろう。
つまるところ相手の「〇〇属性」「〇〇気質」が、意識せずとも我々に大きく影響を及ぼしているのだ! それに誰が抗うことが出来ようか! いや出来まい!!
「世話になったな、リュウ何某。リュウ中二坊。」
弟属性、いや次男坊気質のリュウジンに僕は謝辞を述べる。
「ケッ。いい加減、そのあだ名やめろよ。最後までいけすかない野郎だな。」
どうしても僕はリュウジンを前にするといじりたくなってしまう。
「本当は愛着も湧いてきたし譲り受けたいんだけどさ。流石に持って帰れない代物だよ。
返納はするけど、これで免許皆伝とかないの?」
数日間、世話になった「青魚521」、訓練用の太刀を返納する。
「大礼服並軍人警察官吏等制服着用の外帯刀禁止の件」つまり廃刀令が発せられたのは100年以上も昔だ。今現在の日本において帯刀することは許されてはいない。つまりこの屋敷内は100年以上、時が止まっている。そしてそれは100年以上、鬼を狩り続けていることを意味する。
「しゃらくせぇ。
そもそもうちには免許なんてもんは無ぇんだよ。鬼狩ってなんぼの世界だ。
そうだな、俺から1本取ったら近所のガキどもに教えてる護身術の段位ぐらいはやるよ。」
「舌戦なら1本取れる自信があんだけどなぁ。」
「バカ言いやがれ。」
玄関先までリュウジンに見送られ、僕はお世話になった屋敷に一礼する。朝の爽やかな涼風が僕を迎い入れる。公務だとかで不在のリュウエイ氏と、同じく仕入れで不在の柳さんには昨夜のうちにお礼と別れの挨拶は済ましてある。本当にここで得たものは大きいと感じる。短くも濃厚な6泊7日の修業だった。
「いいか、教えたのは「やり方」であって修得したとは言い難ぇ。これからも修練を怠るな。
俺もお前も、この先で待っているのは死地だ。勝てなきゃ死ぬ。」
「わかった。お土産にあの石も貰ったし、3年は頑張るよ。」
「そんな悠長にいかねってーの。」
「そうだな。」
そうしてリュウジンに、浦島道場に別れを告げ門をくぐり、僕は秋の兆しが見える高くなった青空を見上げた。
はてさて、駅はどっちだっけか。うーむ、100年の時を越え、僕は浦島太郎か。『だけれど僕は浦島太郎じゃない』などと考えていたところに1台のバイクが停車した。
「おはようございます。そしてお疲れ様です、幌谷さん。」
「おはよ。きっと来ると思ってたよ。」
「あまり期待されても困りますが。」
「期待というよりずっと見ていた、いや観察されてたんじゃないかなぁ、と思ってね。」
「観察ではなく警護監視です、100%
自宅まで乗っていきますか?」
半分冗談のつもりで言ったのだが本当だったか。流石に浦島家の内部にカメラ設置とかは出来なかろうが、いやはや僕にプライベートは無いに等しい。
ミスミからヘルメットを受け取り、僕は遠慮することなくバイクの後ろにまたがった。
「自宅じゃなく、大学までいい?」
「了解です。」
一言残してきたとはいえ、本当は早く帰って姉を安心させたかったが、この時間に帰っても姉の出勤には間に合わない。それになんだか鬼とは無縁の、僕の日常だった世界が恋しくなっていた。
ヘルメットを被ると内側からミスミの声が聞こえる。
「では行きます。しっかり掴まってて下さい。」
ミスミのバイク、いやそもそも人生上バイクの後ろに乗るのは二度目なわけだが、どうも「しっかり掴まって」と言われても何処をどう掴まればいいのかがわからない。体は密着しないように恐る恐る腰に掴まる。
走り出したバイクの後部座席、最初は恐る恐るだったものの徐々にコツをつかむ。おぉ、これは若しや修行の賜物なのでは? バランス感覚が向上した現れでは?
ヘルメットに内蔵されたインカム越しにミスミと二三、会話を重ねる。
今回の修業は収穫が大きかったこと。柳さんの指導を受ける中で料理人になるのもいいかな? とか思ったこと。1度だけリュウエイ氏と将棋を指してみたけれど完敗だったこと。
「近所の子供達が道場に来てたんだけどさ。みんな生き生きしてて眩しいくらいだったよ。」
「浦島家は地域に根付いていますからね。リュウジン君も基礎は皆に交じって学んだそうですよ。」
「そういえばミスミちゃんは兄弟いるの?」
「えぇ、弟と妹がいます。」
ミスミの声質の柔らかさに癒される。
「三人兄弟のお姉ちゃんか。」
「いいえ、弟、弟、妹、弟、妹の6人兄弟の一番上です。」
「驚きの大所帯!」
「といっても中学を卒業してこの世界に入りましたから。
それまではよく兄弟の面倒を見てましたが。」
「それは偉いな。んで卒業してすぐ働いたってこと?」
「偉くはありません。それがボクの役目だったにすぎません。そしてボクはその役割から逃げただけなのかもしれません。
表向きは花咲に特待生で入りました。学費、寮費、食費、その他無料で。家計的にも助かったと思います。もっとも学校に行くより訓練所の方が多かったですが。
卒業後は山柴に入社、これも表向きです。衣食住全て支給されますから生活にお金がかかることはありません。給与はほとんど実家に送金してますね。逃げ出した身ですから。」
「そんなことない、そんなことないよミスミちゃん。
ミスミちゃんは逃げたわけじゃない。僕はミスミちゃんが逃げない性格だって知ってる。」
しばらく無言が続く。バイクのエンジン音が心に重く響く。
「実家には帰ることあるの?」
「しばらく顔を見せてないですね。」
「……、今度一緒に行かない?
僕も地元にはしばらく帰ってないし。帰る場所があるわけじゃないけれど、なんというかさ。
育った場所だしね。」
「それはつまり……、うちの両親にあいさ……、
いえ、なんでもありません! 少し運転に集中します!」
「うおっと!」
ミスミがフルスロットルで急加速する。まとまって走っていた大型トラック数台の間をすり抜けていく。必然的にミスミに掴まる腕に力が入る。
その後はお互いに無言だったが、それも10分ぐらいの間だったかもしれない。
あっという間に大学、というより僕がよく通っている某喫茶店の近くに到着した。
僕は強張った四肢を伸ばすように地に下り、そしてヘルメットをミスミに返す。
ミスミはバイザーを上げずにこちらを見つめていた。
「ありがとう、助かったよ。」
「幌谷さん。
ボクは家を出たあの日から決意は変わっていません。
宝玉を賜る覚悟はすでに定まってます。それが揺らぐことはありません。
今までも、これからも、100%」
「わかったよ。」
僕はミスミの言葉を、肯定とも否定ともとれぬようなニュアンスで応えた。
僕の手を上げた仕草を合図かとするように、ミスミがバイクをターンさせて立ち去る。
遠のいていくミスミの背中を僕はいつまでも見続けた。
ただそのエンジン音だけは、失われず僕の心に留まり続けた。




