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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第6幕 其れ即ち終焉の灯になりにけり
140/205

神域のアイドルが脛へ一本決めて

「たのもーーーーー!」


「って、人の部屋に勝手に入ってくんじゃねぇ!」


 僕は夕餉に開催された宴を終え、濃厚な一日、いやここ最近の連続する一連の流れの疲れにほっと一息つきつつ、いやしかし、その後のスケジュールが無いこともさることながら、今回の目的の一つでもあるリュウジンとの親睦を深めるべく、お風呂を頂いて早々に彼の部屋を訪問していた。

どう考えたってここで僕の汚名返上、名誉挽回、気分転換、憂さ晴らし、それプラス興味本位という精神的欲求を満たさないわけにはいくまい。だが、そんな僕の欲求を拒否すべく、リュウジンの「開けてコンマん秒」の打突は、僕を廊下へと吹き飛ばした。

ふっ、とはいえそれ如きの攻撃で僕が尻尾を巻いて撤退すると思ったか!

伊達に打たれ強くは、ないッ!!



「冷たいぞリュウジン。いや、リュウ坊、リュウ何某(なにがし)

 中二病「リ」の字!」


「何用だこのクソ野郎! 人を中二病とか呼んでんじゃねぇよ!」


「おっとリュウジン。

 いくら自宅、自室とは言え、そんなに叫んでは余計なギャラリー、人が来てしまうのでは?

 君の聖域たる自室に招かざる客を入れてもいいと?」


「招かざる客はお前ぇだ、こんちくしょうめ。」


 そう言いながらリュウジンは戸を閉めるでもなく、「入れよ」というかのように自室へ踵を返した。

相変わらず自室でも仕込み刀を担いでるとは恐れ入る。とはいえリュウジンに限らず屋敷の人々も皆、日常生活でも刀を帯刀していた。女中さんは流石に帯刀していないが、ふとした時に短刀を携帯しているのが見えた。

ここは武家か。時代が止まってるのか。



「思ったよりも洋風、いや今どき。とはいえ割とシンプルだな。

 アイドルだとかのポスターぐらいは張ってるかと思ったんだが。」


「だから勝手に押し入れとか開けようとすんな。アイドルとか興味ねぇし。」


「宝鏡カグヤとか。」


「此花サクヤだろ? 人じゃねぇだろ、あいつは。」


「そうだな、神域のアイドルだな。」


「しゃらくせぇ。

 学校じゃぁ大人しいもんだけどな。」


「ん? リュウジンって花咲八千代学院なの?」


「一応な。此花サクヤは一っこ上だから見かける程度。

 なれ合う間柄じゃねぇよ。」



 椅子に半跏で腰掛けたリュウジンを尻目に、なんだかんだ言いつつ僕は勝手に押し入れを開けた。

そこは半分が本棚と化しており、予想通りと言えばそれまでだがバトル系の漫画が大半を占めていた。いやま、思春期真っ盛りな男子の行く方向としては間違っちゃいないわけだが、そうか。そっちか。


「なかなか悪くないラインナップだな。」


「……、わかる口か。」


「いや、僕は活字派だからな。

 お、これは原作の方で読んだことがあるよ。」


 もっとも僕はラノベ&アニメ派なのだが、説明は省こう。


「これで技の研究を?」


「あ? まぁヒントにしちゃいるが、現実はそう甘くねぇ。

 ちっこいやつは体現しそうだがな。」


「ちっこいやつ? ん? ニコナのことか?」


 ちっこいと言ったって、まぁニコナは小柄だけどリュウジンも低い方だよなぁ。まだまだ成長期って感じはあるが。それにしても、なんだ。ひょっとしてリュウジンはニコナが好みなのか?



「あれか、ニコナとのバトルがそんなに楽しかったのか?」


「おう。

 いやそうじゃねぇよ! 確かにあいつは強ぇけどあれだ、場数の話だ。

 素直過ぎんだよあいつは。生き死にがかかってくりゃ真っ直ぐだけじゃ通らねぇってこともあんだ。死線を超えるってのは、死に物狂いで活路を見出すってことと同義なんだよ!」


「と、この本に書いてあったと。」


 僕は手ごろな本を一冊取り、パラパラとめくりながら、それこそ真っ直ぐではなく横道にそれて茶化した。ここで動揺するリュウジンを攻めても、斬り伏せられかねない。そう、これが大人の対応力。


「ねぇよ! しゃらくせぇ。」


 斬り伏せにこそ来なかったが、机にあったペンを投げつけられた。



「あ、ところでリュウジンあのさ。これって何? ペンで戦う鬼がいるんだけど。」


 そう言いながらリュウジンの投げてきたペンを構え、本を鞄に見立てて蛙水を真似てみた。


「……。

 そんなに脱力してんのはお前の仕様か? 直接見てねえから予想だが、振りぬいてねぇとこ見ると刀じゃねぇな。剣道じゃねぇか? 足運びもそんな感じだったんなら、たぶん。」


「うーん、振りぬかないでほんと、こんな感じ。」


「剣道も刀術からきてっけど、あれは斬る必要がねぇからな。当たれば一本だ。

 斬りぬかずに次に備えて構えに戻る。線で打ってるように見えっけど、ありゃ点だ。」


「あー、うん、点かも。

 隙を見せると足元狙って投げつけてくるんだけど、当たってないのに金縛りみたいになんだよなぁ。」


「そのカラクリはわかんねぇな。

 剣道は足元狙わねぇから盲点な気もすっけどな。あぁ、薙刀だと脛も一本か。」


「いや、薙刀どころか竹刀ですらない短いリーチだよね、これ。」


 そう言いながら僕はペンを放り投げ返した。足元に。

それをリュウジンは下ろしてた足で弾く。方向を変えられ勢いを失ったペンが床に転がる。



「今の、どうやったの?」


「あ? あー、あれだ。

 躱すのといなすの違いかもな。躱すのはそのまんま、軌道から自身を逸らすだけ。

 いなすのは横っ面に当てたり受け流したりしながら軌道を変えつつ、力を削いだ感じだな。」


「そんなに簡単に出来るもん?」


「ハッ、何処に飛んでくるかわかれば造作もねぇよ。

 振りかぶっって投擲する動きがそんだけ見え見えだったら、軌道、タイミングは読めるだろ。

 刀にしたってだ。躱して死角から反撃するのもいいが、いなして次手を封じつつ「後の先」を取る方が有効だろ。」


 うーむ、そうは言っても、仮に読めたとしても迎撃できるものだろうか。蛙水に対するなんか攻略的なヒントを得られるかと思ったが、得たものの難易度が高すぎる。


「僕は育ちが良いからさ、そんなに足癖が悪くないんだよね。」


「言ってろよバカ。」



 おもむろにリュウジンが仕込み刀でスッと僕を示す。


「死に物狂いで活路を見出さなきゃなんねぇのはお前もだ、ビャクヤ。

 やれることは全部やれ。使()()()()()()()()使()()。そうしなきゃ鬼を狩るどころじゃねぇ。あるのは死だ。」


「それはリュウジン、()()()()()()()()()使()()ってこと?」


「当ったりめぇだ。

 戦場(いくさば)じゃあルールなんて無ぇ。試合じゃねぇんだ、勝たなきゃ意味がねぇ。

 ただの鬼ならバカの一つ覚えみたいに突っ込んでくるだけだが、中鬼は知恵が回る分、正攻法だけじゃ殺れやしねぇ。躊躇するな。」


 それはつまり、僕にしてみたら「宝玉黍団子」を使うことを意味する言葉だ。


「わかった。考えとく。」


「けっ、しゃらくせぇ。

 そういうフワフワしたとこがいけすかねぇ。肚決めろってぇの。」


 リュウジンの目に、苛立ちと共に確固たる強い意志を感じる。

彼は戦い続けている。いつだって。


 リュウジンの言っていることはわかる。もっともだってこともわかる。

だがそれは、僕一人の命の問題じゃない。もちろん鬼を狩らねばその他多くの人の命に関わることもわかる。だがそもそも人の命は天秤に乗せるものじゃない。

リュウジンだってそれがわからなく言っているわけじゃない。彼だって多くの仲間の死を体験してきたことだろう。彼の兄、リュウエイの怪我も鬼狩りによるものだ。だから僕はリュウジンの言葉を否定はできない。だが僕は……



「あー、やめやめ! 明日早ぇーぞ! さっさと寝ろ!

 強くなりてぇんだろ? 安心しろ、みっちりしごいちゃるよ。」


「ははは、お手柔らかによろしく頼むよ。」


「それは強い奴が言うセリフだっつうの。」


「そうだな。僕なりに死に物狂いで頑張るよ。」


 そう言い残して僕はリュウジンの部屋を後にした。

そうだ。僕は明日からも、その先も我武者羅に、なりふり構わず頑張らねばならない。

この「理不尽な世界」に、自分の「理不尽な我儘」を押し通すために。

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