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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第5幕 迎え称えんと欲すれば
119/205

旋回も交差も螺旋も

コーヒーカップの台座が、大きな円が廻り始める

旋回、輪廻、万物流転


中座のえんが同時に巡る

交差、輪舞、会者定離


そしてそこに在るカップは更に勢いを増す

螺旋、揺蕩、諸行無常


否応なしに世は流転し

何の縁か出会いと別れを繰返し

そして僕らを此処ではない何処かへと導く


心の在処を置き去りにして



「いやー、何と言いますかですね。

 成長なさってるじゃないですか幌谷さん。いや、覚醒したというべきでしょうかー。

 正直ですね、こう長く営業をやっているとですね、ポッと出の若造がですね、いきなり成績伸ばしたりなんかするとですね、心底煮えくり返るわけですよー。」


 蛙水がお道化嘲るように、それこそピエロを演じるようにカップから歩み出し、仰々しく口上を始める。

回転に合わせて流れるメロディーが、その歪んだメロディーが、これから始まる舞台の幕開けを告げるかのようだった。


「時代のニーズで売れる売れないなんかあるわけですけどね、たまたま売れたからと言ってですね、そもそも売れない物だろうと何だろうと売るのが仕事なわけですから、我々は。」


 そうして懐から取り出した数本のボールペンを、まるで「試供品ですからお使いください」とでも言うように差し出したが、そのまま流れるようにボールペンが投擲される。

僕の眼前に迫ったボールペンだったが、ニコナが素早く反応し回し蹴りで弾き落とされる。


「おやおや? 成長してるのは従者もでしょうかねー?

 どう思いますか、兵跡さん。」


「……、ガーダップ。

 油断するな蛙水。成長期の人間が一番手ごわい。」


 兵跡が重く言葉を発する。依然と動かぬままだったが、そこから滲み出す威圧感に隙は無かった。



 蛙水が歩き始めたというのに他の乗客が無反応だった。

それもそのはずだ。乗客の全てが狂気に満ちる赤々と灯る目でこちらを見ていた。いつの間にか全員が半鬼化していた。


「てめぇ! 何しやがった!」


 深追いするつもりは無い。だがこいつらを止めないで何をしろというのか。

柴刈乃大鉈を具現化し、僕は立ち上がり構えた。ニコナが静かに僕の横に並び、山吹色のオーラを纏う。


「いや、それはですね、蛙水がやったわけではないのですよー。

 とは言えですね、これは保険のようなものです。

 だってねー、万が一ですよ? 人間に怪我させちゃったら怒るでしょ? 幌谷さん。」


 そう言うや蛙水は、回転し通り過ぎる乗客の一人にボールペンを振るう。細く赤い血が宙を舞った。

衝撃的なその行動に目を奪われる。怒りが僕を支配する。


「鬼化したって人間を傷つけていることには変わりねぇんだよ!」


 回転する床の中で間合が接近したタイミングで、蛙水へ一太刀浴びせる。

蛙水がバックステップしながらボールペンでその刀の軌道をいなす。


「いやいや、大きな誤解ですよ? 幌谷さんー。これはあなたのための保険ですよ。

 言ったじゃないですかー、これはデモンストレーション、余興ですよー。

 でもそれでこいつらに右往左往されたら、蛙水も加減できないかもしれないじゃないですかー。」


 殊更、蛙水が大仰な手ぶりで舞台を示す。

コーヒーカップの外、周囲から「なになにぃ? 映画の撮影?」だとか「アトラクション?」だとかの声が聞こえてくる。観客に囲まれた僕らは、すでに舞台の上だ。

確かにここで立ち回りされたら人々を傷つけてしまう可能性はあった。蛙水の整えた舞台に上げられたのか、それとも舞台に上がった僕が悪いのか。

先程、蛙水に傷つけられた半鬼は狂気を纏ったまま依然と静かに座っていた。そして傷が治癒し始めているのが見て取れた。だがそれとて、鬼化させてまでという話ではない。



「約束しましょう。これが終わったらこいつらは解放しますよ。

 目的はあくまで視察ですから―。

 幌谷さんだってねぇ、無暗矢鱈に人間を、()()()を傷つけたくないでしょうからね。」


 その言葉に僕は反応が遅れた。左足を掠めたボールペンに拘束され、僕の左足の動きが封じられる。


「くっ!」


 桃源郷送りで「掠らなかった」ことに上書きし、舞台の円軌道を利用して接近、蛙水の出足を薙ぎにいく。それに合わせニコナが中央の柱から三角飛びし、左後方から蛙水のバックステップを封じるように側頭部へソバットを叩きこむ。

蛙水が靴底で僕の刀を受け流し、左手のカバンでニコナの蹴りをガード。そのまま軌道を利用して離脱する。


 鬼を増やす……。大鬼が近くにいるのか?


「その視察に来てるやつ出て来いよ!」


「そのむき出しの感情、良いですねー。それでこそ本性が見られるというもの。」


 蛙水へと深く飛び込み、袈裟切りから胴、上腕へ跳ね上げて左右から上段に連続で打ち込む。

それを全てボールペン一本で捌き続ける蛙水は、ピエロマスクで表情こそ読みと取れないものの、まるで楽しんでいるかのような受け方、体捌きだった。



 ニコナが舞台の軌道など無いかのように、再び背面から蛙水へと強襲を仕掛ける。

が、その直線上に立ちはだかった兵跡が蹴りを合わせて受けきった。


「鍛錬を怠っていないようだ、ブラボー。

 だが心の方がついてきてないのか?」


「……、あんたを倒す意思だけは失ってない!」


 ニコナが着地と同時に兵跡の懐に飛び込み、止まらずに連撃を打ち込み始める。

リーチの差を埋めるように、よりコンパクトな動き、震脚を用いる重い打撃、それでいて動きを止めることなく流れるような追撃。


「複数の武術を融合させ、そこまで昇華させるとは、エクセレント。」


 対する兵跡は巧みにステップを踏み、ギリギリの間合を保ちながらも決定打を食らわず、その攻撃に合わせてその都度カウンターを仕掛ける。

意識的に隙を作り、誘い込んだところに合わせて膝蹴りを下方から顔面、顎下へと放つ。

すかさずニコナが両椀でガードするとともに、後方へと宙返りで蹴りの威力を消しながら離脱する。


 僕の頭上を飛び越えながらニコナは反転し、蛙水へと相対した。それに合わせ僕も反転し兵跡へと刀を構える。

兵跡が蹴りに合わせて能力を発動していたのか、構えたニコナの両椀から全身に向け氷結し始めていた。

僕はすかさず桃源郷送りを発動し、「凍結は不発に終わった」と上書きした。



「ニコナ、大丈夫か?」


「うん。

 にぃちゃんの()()のおかげで、おもいっきりいけるかも。」


 背中越しに聞こえるニコナの声は明るさを纏ってはいたが、やや固さが抜けていないように感じた。

それは僕も同じなのかもしれない。こいつら二人には何の感慨も受けないが、「命を奪う」という行為に、潜在的な引っかかりがあった。

蛙水の「人を傷つけたくないでしょ?」という言葉が、僕の心に楔を打った。


「あああぁぁぁぁぁっ!!」


 刀を左下段に構え咆哮する。自身の揺らぎや迷いを置き去りにする。

桃花の呪詛が螺旋し、刀を伝う芳香となる。舞台が加速する。


 兵跡との間合いを保ち、手足の末端を狙って斬りにいく。

兵跡は合わせるように蹴り技で応じてくる。氷結のその技に、桃源郷を纏った柴刈乃大鉈が侵されることはなかったが、それは兵跡も同じだった。氷を纏ったその足で刀を受け、砕いたところでまた再凍結させて合わせてくる。


 背面から聞こえるニコナと蛙水との攻防も均衡しているのだろうか。

未だに不可解な蛙水の能力だったが、ニコナがそれに捕らわれることはなかった。


 舞台が回転し、僕とニコナが背中合わせだった状況から、蛙水と兵跡が背中合わせとなって僕らが挟む形となった。ニコナと目が合う。


 ニコナが跳躍し蛙水の頭部へと蹴りを放つ。そのまま天井の装飾品を掴むと、上空を維持しながら旋風脚で二人を強襲する。それに合わせ僕はアウトレンジから一転し、低く状態を倒し一気に間合いを詰め、二人まとめて薙ぎ払いにいく。



 まもなく舞台が終わる。旋回も交差も螺旋も終わりが来る。

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