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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第5幕 迎え称えんと欲すれば
111/205

カスタマートリプルサービスブッキングセンター

「お電話ありがとうございます、W&Cカスタマーサービスセンターです。」


 爽やかでありながらも、極めて機械的且つ機能的な自動アナウンスが流れる。

心の端っこで、ちょっとした隅っこの方で「もしかして……」なんて期待をしてしまったが、うん、そんなことはない。電話越しに宝鏡カグヤの「心が洗われるような声」を聴くことがあるわけがない。

だがその時ふと、何かと何かの符号、全くの無関係なものが繋がってしまうような感覚があった。しかし、所詮は僕の脳味噌を走る電気信号であるところのシナプスは繋がらず、その感覚は次の思考に流されていった。



 僕は結局二つの電話番号の内、あの男、今更言い直すまでもないが壇之浦から渡されたポケットティッシュの方を選択した。

『選択。』 これを選択と呼べるのだろうか。

確かに「かける」「かけない」など些細なことでも選択であることはあるのだが、僕があの男から示唆されたものを選択したことに、ちょっとした心の抵抗があった。


 そんなことを考えてはいたが、流石に電話口のアナウンスは僕の思考などは待たずに次の選択を迫る。


「洗濯機、エアコンなどのW&C家電製品に関するお問い合わせ、ご質問は1を。

 洗剤、消臭剤などのW&C商品に関するお問い合わせ、ご質問は2を。

 ……



 設問選択肢が5個を超えた段階で心折れそうなったが、最後の9「その他の質問」のところで、ふと「0は使ってないんだな」と漠然と思った。このあと「もう一度聞く場合には0を。」となるか、と思ったが、そうはならず、スマホからは僕の選択を待つ無音が流れる。

電波が途切れたのかもな、とスマホを耳から離し画面を見るも、通話話継続中だった。


 僕は何気なく、結局のところW&Cの商品はウチにないわけだし、それ以外の選択肢が見つからず「0」を押してみた。


 押したことを知らせる電子音、プッシュ音だけが鳴り響いたが、無音は相変わらず僕の応答、何かしらの番号を押すことを待ち続けていた。



 なんだ? 0、零、無。

無から始まるんだから、次は1か? いや、最終的な数として9か? それともまた0か?

いや、何を言っているんだ僕は。わかっているじゃないか。ただ思考が避けているだけじゃないか。

行けばわかるさ。進んだ先の風景は進んだ者にしかわからない。




 僕は「2」を押した。




「鬼専用回線にお繋ぎいたします。

 そのまましばらくお待ちください。」


 全くのテンションが変わらず、極めて機械的且つ機能的な自動アナウンスが淡々と告げる。


 関連性の疑問の数々が僕の頭を埋め尽くす。

間髪入れずに冷静なコール音が数回鳴り、オペレーターらしき女性へと繋がった。


「大変お待たせいたしました。

 当、鬼専用回線では、品質向上とお客様の安全を守るために、ご本人確認をさせていただいております。今お掛けになっている電話回線は、ご本人様のものでしょうか?」


「え? え? いや、ちょっと待って、確認?」


「声紋確認を完了いたしました。幌谷ビャクヤ様でございますね。

 GPSによる現在位置の鬼検索を致します。少々お待ちください……。

 1時間圏内の、現在位置の安全が保障されました。鬼による襲撃等の心配はございません。」


 鬼だとか鬼だとか、あるいは鬼だとか!

いやそれより、声紋確認って、そもそもデータベース、ソースがあるのかよ!


「え? いやいやいや、ちょっと……。」


「W&C現CEO及びウォッシャー財団理事長である、千条のスケジュールでございますが、」


「いやちょっと待ってください!

 僕はその、一体、何が何だか……」


「幌谷ビャクヤ様におかれましては、色々と御多忙中のことと存じ上げます。また鬼に関しまして、お悩みや疑問などが数多くおありのことと存じ上げます。全ては弊社の千条が直接、お話に致しますので、それまで暫し御辛抱ください。」


「そもそもから全くわからないわけですが!

 えっと、僕はW&Cのポケットティッシュを見てそちらにお電話いたしまして、候で、

 鬼だとか戦場? いや確かに鬼とは戦ったり戦わなかったり、だったりですが」


「ご安心ください。」


 その一言は、有無を言わせない響きがあった。

ミスミの言い回しに似ていなくもなかったが、その語調は似ても似つかず、まるでAIとでも話してる気分だ。「全ては千条が話すから待て。」という、強い意志が込められていた。


「つきましては弊社の千条のスケジュールで御座いますが、直近ですと明日の午後からの面会となります。

 正確な時間、場所は追ってこちらからご連絡いたします。」


 そうして僕の無言のまま、通話が終了した。



 もはや理解の範疇を超えている……

W&Cは白物家電最大手だった日本企業の「山柴」を買収した、アメリカの洗剤メーカーではなかったか?

そのアメリカ企業がなぜ鬼に関係してくるんだ?

千条って日本人か? 企業トップ、その後ろの財団の長までもが日本人なのか?

一体全体、どうなっているんだ?


 僕の思考は追いつかず、いや、考えようもない、考えたからといってわかるわけもない思考の渦に、僕は飲まれていた。だから会うまで待てというのか。



 もはや僕の脳内の糖が枯渇している。糖分を供給するために僕はカフェオレを作り始めた。


 インスタントとはいえ、お湯を注いだカップからコーヒーの引き締まるような香りが立ち上る。鼻腔を通じて僕の脳を優しく揺り動かし、そして柔らかく包む。

そこに買ってきたばかりの牛乳を注ぐ。ダークブラウンが白く濁り、透明度を失った褐色の渦が、僕の視界から侵食し、僕を受け入れる。


 甘さを強めにしたカフェ・オ・レが僕の思考を鎮める。


 二口、三口とカフェ・オ・レを喉に、体内へと流し、長い息を吐く。

目を瞑り、そこから、底から、浮かび上がる情景に身を委ねる。

空想、妄想、取り留めのない瞑想に流れゆく。




 僕は空想の中で電車に乗っていた。車窓を街や野や、川が流れていく。

僕は二人掛けの、進行方向に向く形のシートに座っている。窓側の位置で流れていく風景を見つめている。僕の隣には知らないおばちゃんが前方をじっと見据えたまま座っている。じっと動かずに座っている。


 自分自身の視点と客観的な第三者視点、左斜め前方上方からの僕を含めた情景が入り乱れる。

車内の乗客はまばらで立っている人はいない。そして誰もがおばちゃん同様に前方を見据え、生気を感じさせることは無い。

奇妙な状況であるのに、僕は居心地の悪さを感じることは無かった。

いつだってそうだ。他人に無関心である以上、例え彼らに生気があったとしても状況は変わらない。いつもと変わらない。



 次々に流れゆく景色に交じり、いくつかの駅のホームが通り過ぎていく。

そうか。この電車は特急か何かか。停まらない駅は過去になっていくのか。


 駅のホームで電車を待つ人々と視線が交差する。

サラリーマン風の男性、小さな男の子と手をつなぐ若い母親、気だるそうな男子学生、数人で並ぶ小学生、背を曲げたご老人、後ろで髪を束ねた女、作業員風の男。


 僕は、僕を乗せた電車は、彼等のいる駅に留まることは無く、彼らの生きている地に立ち止まることは無く、命を感じることは無く、ただただ通り過ぎる。



 やがて僕を乗せた電車が速度を落とし、停車駅へと到達する。

ホームにはニコナがいる。そして奥のベンチで本を読んでいるのは……、ユイ先輩だ。

僕は周りを見渡す。残念ながらウズウズとミスミちゃんは見当たらない。いる気配はするのだが。

ここで僕は降りた方が良いのだろうか。それとも彼女らがこの電車に乗るのを待っていればいいのだろうか。


 そうこう逡巡しているうちに誰かが車内に乗ってくる。その人物が僕の前に立つ。

見上げたその人物は、恰幅の良いオールバックの、情熱と野心をを目に宿した壮年だった。


「やぁ、私が千条だ。よろしく頼むよ、幌谷ビャクヤ君。」




 そこで僕はハタと気づき、目を開く。空想、妄想、瞑想が雲散霧消する。


 やってしまった。心に引っかかってた符号が合致した。

僕は恐る恐るスマホの時間を見る。間もなく正午。そして日付と曜日を確認する。



 ニコナとユイ先輩と、そして千条なるCEOとの会う約束が、



 明日にトリプル・ブッキングした。

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