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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第5幕 迎え称えんと欲すれば
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ピザパドルと回転ハンガー

「大丈夫……、かと思う。」


 そう言ってウズウズは床に5段のピザケースを置き、懐からサービス品とタバスコを取り出した。

相変わらずの4次元懐、そして胸の「PIZZA CAT」が3Dで飛び出すほどの立体感、存在感だ。

ピザケースの上には、セリフがかかれた紙が貼りつけられている。


「ウズウズにしては、棒読みだけど随分と長いセリフだな、って思ったら、全部書いて貼ってあったのか。

 いやそれはさて置き、大丈夫の意味が解らん。

 5枚もどうするんだ? 1枚の押し売りならウズウズだし買ってやらんこともないけど、これ、他のお客の注文じゃないの?」


「バイト代……。」


「え? 現物支給?」


「……。」



 ウズウズは靴を脱ぐと再び商品を持ち、部屋の中まで運び入れる。


「あーっ! 今回はいつも以上に謎が多すぎるよ、ウズウズ!

 ……まず、整理しよう。

 ウズウズはピザ屋でバイト、給与が現物支給は無いとして、バイト代でLサイズ5枚買って持ってきた。

 ん? ウズウズってあの配達バイク乗れるの?」


「……タクシー。」


「タクシーで配達とか赤字だろ! どんなピザ屋だよ!」


「田村だから……。」


「もはや意味が解らん。これ以上は掘り下げてはいけないレベル……。

 OK、それは聞かなかったことにして、だ。」


 ウズウズが商品一式をテーブルに並べると、テーブルの前に正座し始めた。

僕は思わず座布団を勧める。


「バイト中じゃないのか、ウズウズは。」


「退職……、リストラ……、解雇だから、大丈夫。」


「全然、大丈夫じゃないけどな!

 ちゃんと食べてけてるのか、その、ウズウズは。」


「御馳走、食べれる。働く…、から。」


 とりあえず僕は洗濯籠を置いて、ウズウズの前に座った。洗濯籠から姉のブラが落ちたが、これはこの際どうでもいい。

なんだろうか。この人手不足な世の中だし、バイトの面接は簡単にパスなのだろうか。まぁ暗いけどウズウズのポテンシャルなら、胸に表出してしまっているポテンシャルならどこもパスできるのかもしれないが。暗いけど。

基本的に狙っているのが飲食業なのは、職が食につながっているからだろうか。



「オーケーオーケー。奢ってくれたのかもしれないけど、Lサイズ5枚とパーティセットは2人では食べきれないんじゃないかな? いや違うな、ありがとうを先に言うべきか。」


「大丈夫……、かと思う。」


 僕は小さくため息をつき、再び立ち上がり洗濯籠と姉のブラを持った。


「とりあえずさ、洗濯物を放り込んでくるわぁ。

 ん? そういえばドアにカギかかってなかったっけ?」


「ドア……、開けないと、入れない。」


 その言葉と同時に開け放たれていたドア、正確にはドア枠の方から切断された金属辺が、小さな音を立てて、玄関に転げ落ちた。



「……、あのなぁウズウズ。一般的にドアは鍵をかけるんだよ。

 ウズウズんちみたいにキーレスどころかロックレスなんて、普通はしないからね?

 田舎だけだよ……、どこもかしこも開けっ放しなのに、防犯上、無人でテレビつけて誰かいる風を装うのは。」


 僕は大家にどう釈明すりゃいいんだ、とか思いながらベランダへと向かった。

ウズウズが首を傾ける。ウズウズからしてみれば、鍵がかかっているのもかかっていないのも同じレベルだから、鍵をかけるのは無駄だということなのだろうか。




 振り返り見たベランダの網戸越しの向こうには、塀の上にしゃがんでいる制服姿の中学生女子がいた。



「久々ににぃちゃんちに来てみたら、なーんかピザの香りに混ざって猿臭がするというね。」


「おぉうっ、ニコナ。久しぶり……、だな。」


「にぃちゃんってさぁ、食べ物につられるタイプだっけ?」


 ニコナはそう呟きながら静かにベランダに降り立ち、靴を並べて室内へと入ってくる。


「ちょっとがっかりだなぁ。」



 ウズウズがニコナの侵入に呼応するように、音もなく気配もなくゆらりと立ち上がる。

いつの間に取り出したのだろうか。あのピザをカットする丸い刃のついたやつと、ピザパドル、窯からピザを取り出すのに使う大きな金属製のへらが、ウズウズの手に握られていた。

いやいや、そのヘラは流石に懐のキャパを越える大きさだと思うのですが。


 対するニコナは悠然とウズウズを見据える。ゆっくりと細く息を吐き、腰を沈め重心を落とし、独特の構えとなる。開け放たれたベランダから玄関へと一陣の風が抜け、ニコナのスカートの端を揺らした。


 そのスカートの端が定位置に戻ると同時に、ニコナから山吹色のオーラが盛大に立ち上がり、魔犬が姿を現す。同じくウズウズからも若竹色のオーラが立ち上がったが、ニコナとは対照的に揺らめく炎のように体表を覆っているだけだった。



 初動(引きや溜めの動き)無しに、ニコナが跳躍からまっすぐにウズウズの顎を蹴り上げる。ウズウズはピザパドルでそれを受け流し、よろけるように体勢を倒しながらニコナの軸足を刈りにいく。

刈られたかに見えた残像を残し、ニコナはテーブルに手をついて身を反転させると壁に着地し、床に伏せるウズウズの背後へ向けて連撃を放つ。

ウズウズの背面に浮かび上がった三つの猿面、六本の腕がその連撃をすべて捌く。手には武器が握られていたが、いつの間に僕んちのカッターとハサミを入手したか。

そしてニコナさんはどういう原理で重力無視か。


 ニコナが一旦、天井隅へ跳躍し、ウズウズが床にうずくまるように揺らぐ。


「ちょいと待ちなさいよ、君たち!」


 僕の呼びかけ虚しく、再び部屋中を山吹色と若竹色のオーラが駆け巡る。

激しいバトルの割には打撃音が最小限、部屋の被害状況がゼロなのは彼女たちがプロフェッショナルだからなのだろうか。


 ニコナの正中線へと投擲された複数の洗濯ばさみが、躱したニコナの襟、大きく翻った背中の襟の部分に規則正しく挟み並ぶ。



「ふーん。それが伝説のハンガーヌンチャクか。」


 戦闘態勢を解いたニコナが、ウズウズを観察する。

ウズウズの両手には木製ハンガーが装備され、くるくると回されていた。


 うん、そのハンガーも僕んちのだね。

そして伝説のって、いや伝説かもしれないけど、ハンガーで戦うのは某海援隊所属の刑事さんだけだよね?


「二人とも、挨拶代わりバトルとかやめなさい。ひとんちで。」



 ウズウズがくるくる回していたハンガーをピタリと止め、僕の掲げる洗濯籠に入れる。

トボトボと所定位置に戻り、何事もなかったかのように再び座った。


「にぃちゃん、取って。」


 ニコナがウズウズと入れ替わるように僕の方へと来ると、後ろを向き、襟に並んだ洗濯ばさみを見せる。

僕は洗濯籠を下ろし、小さくため息をつきながら、その洗濯ばさみを一つ一つ取り外した。



「んで、なんでにぃちゃんはブラジャーを手に持ってんの?

 ()ってみた感じ、あいつは付けてるみたいだし。」


 にわかにニコナの背中から不機嫌さが漂う。


「まだ……、外されて、ない。」


「ウズウズ! そこで誤解を招くような発言はしない!

 そしてこれはだなぁ、あれだ、忘れ物であってだなぁ……」



 その時、僕の耳元を掠るように背後から何かが飛来した。

瞬時にニコナが反転しながら、その物体から何かを取り、ウズウズがその物体を座ったまま斬り止める。

ニコナが取ったものと、ウズウズに斬られたものを見るに、なんだこれは。

矢文……か?


「ん。」


 ニコナが「文」の方を僕に差し出す。ニコナの不機嫌さが解消されていないのが、その表情からも伝わってくる。

全くもって誤解だというのに。


 折りたたまれた白い紙を開くとそこには、ただ一言だけが記されていた。



『電話に出てください 雫ミスミ』

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