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その後 1

拍手に載せていた小話です。デートしているだけの話です。



「忍足さん。今度の日曜電車に乗って映画を見に行きませんか?」

「映画は賛成ですが、痴漢は賛成しかねますよ、まどかさん」


映画とか久しぶりですね、と速攻で私の思惑を見破った男が笑う。




日曜日。午後1時15分前。

私は指定の時間、指定の場所へ、指定の服を着て向かう。

薄手のニットに花柄のチュールスカート。背の高いヤツに合わせて少しかかとが高めのパンプスと、ちょっとキバってみた。


久しぶりのデートの待ち合せに、柄もなくドキドキしている。

そして久しぶりのミニスカートの心許なさに、裾を押えながら待ち合せの場所を探していると、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。


スラリと伸びた最高の黒のデニムが。

横向きでも分かる位の至高の尻が。



輝いていて目が潰れるかと思った。



片足重心であろう、こちらにツンと差し出しているかのような滑らかなライン。おそらく凹んでいるであろう尻えくぼの溝が丸見えだぜ?

そして向きを変えたデニムが見せた背面に思わず生唾を飲んだ。

少しくしゅっとしたタイプだが、小ぶりの尻のラインに遺憾なくフィットして美味しそうに皺を喰い込ませている上に、その良質な形を際立たせている。

そして狙ったかのように、中心の溝辺りに色落ちがあるからグッジョブとしか言いようがない。凹凸がひと際美しく出ている。


完璧なシルエットだ。


私の中の一番はもうずっとレザーだが、目の前の舞い降りた神デニムに、不動だった序列がグラつく。

私の待ち人のレザーが来るというのに、吸い寄せられるようにデニムに近づくと、上から柔らかい声が降ってくる。


「こんにちは、まどかさん。早いですね」

「こんにちは、忍足さん。そちらこそ早いですね」


あれ。

こっちを向いた神デニムの正体は、会社の上司であり私の待ち人だった。

白のジップアップのトレーナーに、そこから覗く黒のインナー。下は例の黒デニムと結構ラフな格好だが意外と似合っている。

じゃなくて!

反射的に返事をしてしまったがおかしい。

私の予定ではレザーな忍足さんを待つ筈だったんだが、何がどうなって神デニムになったんだろう。それはそれで受け止めるが。


…いかん、混乱している。


とりあえず問題を1つずつ解決しないと。

まずは時間確認だ。

携帯の時計を見ると、うん、まだ12時45分。待ち合わせは1時だった筈だ。

だがいる。

早い。何故もういる。

忍足さんに勝とうと5分前行動ならぬ15分前行動というレベルを上げた作戦だったのに、それをも上回る到着の早さ。

そんなに早く来て何の得があるというのだ。

じとりと忍足さんと見あげると、口元に手を当ててうんうんと頷いた。


「やはりレベルが違いますね。シルエットだけでまどかさんと分かる美しさです。その神が私の方へ寄ってくると思ったら直視出来ず思わず目を逸らしてしまいましたスミマセン」


得があった!

一体いつから見ていたんだよ気付かなかったわ! ていうか何それ私もやりたかった!


その場合ムーンウォークになるが是非頑張って欲しい…!!


「しかし…高いヒールを履いた時のふくらはぎが上がって、いつものラインが変化するのもまた乙ですね。何度でも楽しめるという新発見ですねこれは。ですがこれを人目に晒してあげるのも口惜しいのでどこかゆっくり出来る場所に行きませんか」

「ちゃんと映画を見に行きましょうね」

「残念」


と言いながら微動だにせず私の足に目線を留め、締まりの無い顔で笑う忍足さんの腹に右ストレートを叩き込んだ。


「あんまり見ないでください。久しぶりにミニってだけでも緊張するのに生足ですよ」

「はい。私の希望通りですね。ありがとうございます!」

「なのに私の希望はガン無視ですか!!」


上で言った通り、私は指定された服を着た。

“膝上20cmのスカートで生でお願いします”

初デートだから多少の注文くらいはと大目に見た。そして等価交換で私もお願いをした筈だ。


「すみません、私レザーパンツは持っていませんでした」


なんて事…!

あのレザーは尻の形が良くないと上手く着こなせない難易度が高い代物なんだぞ!

そんじょそこらの中レベルの尻が穿いているというのに、神が穿かない持たないとはなんたる怠慢! 冒涜!

これはいけない、世の尻フェチが泣いてしまう前に神に最強装備を!


「忍足さん、予定変更です。レザー買いに行きましょう。いいお店知ってるんです!」

「いえ、ちゃんと映画を見に行きましょうね、まどかさん」


駅前から反対方向へと歩き出そうとする私の腕を引っ張り、確固たる足取りで改札口へと向う。

駅のホームに、私の『レザーーー!』という声が木霊した。




ショッピング街と娯楽施設が融合された、大型のショッピングモールの5階にある映画館。

私はバッグから夏季に貰った無料招待券を出して、窓口のお姉さんに渡し判子を貰った。

実の所、夏季が福引で当てた券だったのだが、こってこてのラブストーリーのあらすじを見ていらないと言って私に寄こしたのだ。

私だってこってこてのラブストーリーなんて興味がないと言いたい所だったが、そのまま破り捨てられかねなかったのでありがたく頂いた。

だって勿体ないじゃないか。本来ならば2000円近くするし。

私達が晴れて公式で獲物を…いや、お互いを所有し合ってもおかしく言われない関係になって初めての週末、こうやって初めてのデートを誘ったのだ。


「じゃあ行きましょうか」


そう言って自然に私の右手を引いて中へと歩いて行く。

しょんぼりと項垂れながら忍足さんの隣でついて歩く。


私の右手は先程から忍足さんの手によって封印されているのだ。




「―――流石休日、人がいっぱいですね」



電車に乗り込んだ私達を待ち受けていたのは、天が私に味方をしたかのような大混雑。

他の乗客との距離が近く、足元を見るのにも苦労するくらいの密集地帯だ。

ぎゅうぎゅうに押しつぶされる中、私は目を瞑った。

苦しいせいではない。精神を統一する為だ。


―――このスリリングでオイシイ状況を目の前に、指を咥えて見ているだけでいいのか。


いやいけない。いい筈がない。

これはやらねば尻フェチの風上にもおけない!



尻フェチの名が廃る!



私の中の天使が囁くまま自然を装い右手に全神経を集中させ、お目当ての小悪魔ちゃんに目標を定め、withデニムの感触とはこれいかにと手を伸ばすと―――


「駄目ですよ、まどかさん」


ぼそっと私の耳元で囁き、接触寸前で右手をとられた。

忍足さんの左手に掴まれた私の右手はそのまま前に持っていかれ、指の間に太い指が絡ませられる。

離れようにも乗客が壁となり動けず、ましてや力では敵わない。

ていうか正直恥ずかしい。これは恋人繋ぎというやつだろう。


「は、離してください」

「困りましたね、ほどけません」

「私には使命が…!」


ギリギリと右手に力を入れると、忍足さんの手から少し力が抜ける。


「…それ程にまで言うなら仕方ありませんね」

「! という事は…!」

「貴女の好きにしてもかまいません」

「神よ!」

「ですが。もし、そうなった場合。その場で、ちゃんと、責任をとってくれるならいいですよ」


責任、責任とは。

王道に婿に貰ってくれというのか。

じり、と一歩私に近づいてきて、身体が密着する。


…。

“ムコ”の字間に“ス”入りの意味か!


まさか…!

そんな事はないそんな鬼畜な痴漢プレイがあるかと忍足さんの顔を仰ぐと、薄紅色の唇から出された息と共に柔らかい髪が私の頬をかすめる。

視界の隅では目を細め、こちらを楽しそうに眺めている忍足さんの姿。あの顔は勝利を確信している。


使命と責任。


2つの重い枷が天秤にかけられた。

だが。

グラグラとつりあいを保つ筈の天秤が、一瞬の間も無くどちらへ傾いたかは言うまでもない。

私は泣く泣く立ちつくすだけの乗車を過ごしたのだった。




くん、と手を引かれる感覚に、拷問に近い真新しい記憶の淵から戻れば、薄暗い通路が目の前にあった。

店員に半券を渡し、言われた番号の部屋に入り、座席を捜し、座る。肘かけに置かれた今も手は離して貰えず、半ば囚人の気分だ。

そしてそろそろ手汗も気になる。

離して(せめて汗だけ拭かせて)欲しいと言おうと隣を見ると、ふふっと小さく笑っていた。

何だろうと忍足さんの出方を待つと、こちらを見ずに呟いた。


「足に触れているばかりでしたが、手を繋ぐのも悪くないですね。借りてきた猫のように大人しくなってしまったまどかさんが見れて凄く新鮮です。とても可愛らしいですねぇ」


そして映画の予告が始まり、館内から喋り声が止む。

忍足さんも予告を眺め、その光で映し出された頬に少し朱を指した綺麗な横顔に、私の顔も熱くなってしまった。

可愛いのはお前だよ…!

何この高校生みたいな爽やかさ…! いや今の子のお付き合い事情なんて知らないけどさ!

うおおと悶えている私をよそに、こてこてのラブストーリーは愛を紡ぎ出す。


その間も繋がれた手が私の足を愛でに来る事はなく、私はただただその手に全神経が集中して映画どころではなかった。




映画が終り、とりあえず1階にあるカフェでブレイクタイム。

私は唸る。

右手はまだ温もりが残っている。

その感触だけが私を支配していたお陰で映画の内容も覚えている筈もなく、結局無駄にしたようなもので心の中で夏季に謝った。

しかし、このままだと一日ワンモミチャンスがないまま終わってしまう。折角の休日を丸々潰す事になる。

これだったら最初に忍足さんが言った通りどこか人気のない所にしけこn


触れられないでも!

せめて新境地のデニム尻を拝みたい!拝んでいたいだけなのに!

それさえもさせてくれないのは恋人と言えるのだろうか!


目の前で涼しい顔をしてコーヒーを飲む忍足さんが憎たらしい…!!



カフェを出ると速攻で右手を奪われ、店内を(渋々)並んで歩いていると、忍足さんに女子達の視線が集まってくるのが分かった。

そういえば結構な顔の持ち主だったんだった。

足フェチというオプションが強すぎて忘れがちだが。


…やっぱり勿体無い気もしないでもない。


通りすがる可愛い女の子達を見て少し引けを感じる。

私の視界に入る忍足さんと通行人Aの美男美女はバランスが良く、とても目の保養にもなった。


だけど忍足さんの身体の一番の魅力は尻だからね。

それを一番理解して良くして愛でてあげられる面では負けない自信がある。


私は私の畑で勝負しよう、少し気落ちしたのを振り払い息巻いていると、目の前に天国への階段もといエスカレーターが見えた。

よし来たと自然にルートを変更し、自然にエスカレーターへ促すと『お先どうぞ』と右手を出し笑顔で返されてしまった。

そうは問屋が卸さない。


「いえ、そちらこそお先にどうぞ」

「そんな遠慮なさらずに」

「いえいえ、私本当は買い物は金魚のふん然り三歩下がって歩くタイプなのでお気になさらず」

「レディファーストというものがありますよ、まどかさん」

「…」

「…」


どうやら考える事は同じらしい。

エスカレーターの使い方まで熟知してやがる…! 同族というのも困ったものだ!

背後を取らせまいとじりじり睨みあっていると、人にぶつかってしまった。

そういえば入口近くだったのを忘れていた。迷惑すぎる。

ぶつかった人にごめんなさいと謝っていると、いつのまにか右手が解放されフリーになっていた私は、忍足さんに肩を抱かれそのまま前へと押し出された。


「っ!!」


流れるような自然な動作に成す術もなく流れる階段に乗って上昇し、私はヤツの眼前に足を曝してしまったのだ。

右手に再び温もりを感じ、その方を見ると再びしっかり繋がれていた。

そしてその手を辿り後ろを振り返ると、満面の笑みで私の後ろに立つ男。



そこ…!

私の場所だったのに…! きぃ!




それから私達はしばらく建物内をうろついた。

時々靴下屋を見かけては目を奪われている忍足さんに、こっそりと呆れた。

目がキラキラと輝いているのは可愛いと思うが、何を考えているのかと思うと可愛げはない。


その間も相変わらず手は繋がれたままで、端から見たらきっと仲の良いカップルに見えるのだろう。

それはいい。

普通にデートとして楽しいし。

距離が近いお陰なのか、忍足さんの知らなかった一面も見る事が出来たし。


歩く時は少し腕を振る癖があるとか、人にぶつからないようさり気なくリードしてくれているとか。

細々した雑貨が好きだったりとか、私が好きだと言った店は覚えようとしてくれるし。


ただ強引に足に絡んでくるだけの人じゃなかった。

中身が伴ってこその上面(フェチ)というか、なんていうか結構紳士な人だった。変態と言う名の紳s


しかし。


しかしだ。

溜まっている私としてはこの状況は面白くないのだ。

頑張って手が繋がれている隙間から尻へと左手を伸ばそうとすると、忍足さんに抱きつくような形になり、忍足さんはそれを上手く利用し肩を抱くととろけるように微笑む。

いかにも“彼女が甘えてきて仕方ないんですよ”とばかりに時間をかけて私を篭絡させる。

それが例えたこ焼き屋の前だろうが、鼻垂れた子供連れたファミリーの前だろうが所構わないお陰で、『このバカップルどもめが』という目を浴びせられるハメになり、大人しくヤツの隣に添い遂げるしかなく。


私の気持ちを分かってくれる人は残念ながらいなかった。



数々の浮名を流したこの私が、神を目の前に成す術もない。



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