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法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『悪夢の研究』と『今は無き国』  作者: 橋本 直
第十三章 個人的な、あまりに個人的な

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第72話 望まない『再会』

「じゃあ、そこの路地のところで車を止めな。腹が空いたな。飯、食ってから帰ろうや。これで今日の租界講座の授業はお終いだ。例の駐留軍に渡したデータの糸がどうなるか、それを戻って観察することにしようや」


 かなめの声に再びカウラは消火栓の前に車を止めた。消火栓の前には今にも傾きそうな店構えの古びた骨董品屋があった。ただ、この建物は立てて五年もたっていない建物で古びて見えるのはこの街の他の建物にも共通する手抜き工事で建設された建物だと言うことを示しているのだと誠は感じていた。


「骨董品屋?こんなところで骨董品なんて買う客が居るのか?西園寺、ここは貴様がここで活動していた時のなじみの店なのか?」 


 誠がドアを開けて降り立つのを見ながら、起こした助手席から顔を出すランがかなめに尋ねた。


「まあな。ここは表向きは骨董品屋だが武器とかも扱ってる。亭主も信用が置けるから大丈夫だ。ちょっと先に市場がある、その手前で待っててくれよ。そして指定した場所から一歩でも動くんじゃねえぞ。動いたら何が起きてもアタシは知らねえからな」 


 そう言うと最後に車から降りたかなめはそのまま骨董品屋のドアを開けて店の中に消えた。


「歩くなら近くに止めた方が良かったのでは無いですか?あの様子だと相当距離が有る感じなのですが……」 


 カウラの言葉を聞いてランはいたずらっ子のような顔をカウラに向けた。


「オメーの車がこの街の無法者共のいたずらでお釈迦になってもよければそうするよ。たぶんこのいかがわしい店は西園寺の非正規部隊時代からのなじみの店なんだろ?非正規部隊員が武器を預けるなんていうことになると骨董品店は最適だ。当然この店の客は西園寺が何者か知っているわけだ。その所有物に傷でもつければそいつの命はない。それがここのルールだ。ここは租界だ。なんでもありの地獄なんだ。それだけは覚えとけ」 


 そう言ってランは親指で喉を掻き切る真似をした。これまでのこの地の無法ぶりにカウラも誠も納得した。


 路地に入ると串焼肉のたれがこげる匂いが次第に三人に覆いかかってきた。パラソルの下、そこは冬の近い東都の湾岸地区にある租界を赤道の真下の『地上の楽園』とも呼ばれることがあるベルルカン大陸南部にでも運んだような光景が見て取れた。運ばれる魚は確かにここが東都であることを示していたが、売られる豚肉、焼かれる牛肉、店に並ぶフルーツ。どれも東和のそれとは違う独特の空間を作り出していた。


「おう、ちゃんと指定の場所で動かずに待ってたか。だから無事なんだよな。なんだよそんなところに突っ立ってても邪魔なだけだぜ。行くぞ」 


 遅れてきたかなめはそう言うと先頭に立って細い路地の両脇に食品や雑貨を扱う露天の並ぶ小路へと誠達をいざなった。テーブルに腰掛けて肉にかじりつく男達は誠達に何の関心も示さない。時折彼等の脇やポケットが膨らんでいるのは明らかに銃を所持していることを示していた。


「腹が膨らむと人間気分が穏やかになるものさ。ここの人間にとってはここはオアシスだ。人間腹が膨らむと心が優しくなる。だから、他では無法者でもここのルールだけはしっかり守る。ここでの発砲は厳禁と言うのがこの街のルールなんだ。そうしなければ飢えて死ぬことになる。それもまたこの街独特の摂理って奴さ」 


 かなめからそう言われて、誠は自分が周りの銃を持った男達に怯えたような表情を浮かべていたことに気づいた。


 かなめは早足で歩いて一気に露店が続く道を抜けていった。誠達は遅れれば命は無いとばかりに早足にその後ろを続いて歩いた。


「おう、ここだ。ここが昔からのなじみの店でな。やっぱり何度来ても租界ではここが一番だ」 


 そう言うとかなめは露天ではなく横道に開いたバラックに入っているうどん屋の暖簾をくぐった。


「へい!らっしゃ……なんだ、姐御!……久しぶりじゃねえですか!」 


 店に入った途端、紫の三つ揃いに赤いワイシャツと言うこの店のたたずまいからすると不似合いな若い角刈りの男が、かなめを見て嬉しそうに叫んだ。


 その派手ななりに誠は多少この男の素性が推測できた。街の顔役とでも言うところだろう、だがそんな誠の表情が気に食わなかったのか、男は腕組みをしてがらがらの店内の粗末な椅子に座り込んだ。


「おう、客を連れてきたんだぜ。大将はどうした?オメエに用はねえんだ。とっとと失せな」 


 かなめはそう言うと向かい合うテーブル席にどっかりと腰掛けた。男はそれでも愛想笑いを浮かべて媚びるようにかなめに付き従った。


「ああ、親父!客だぜ!サオリさんだ!久しぶりに見る顔だぞ!今見逃すといつ見れるか分からねえぞ!早くしろよ!」 


 チンピラ風の男は厨房をのぞき込んで叫んだ。のろのろと出てきた白いものが混じった角刈りの男が息子らしいチンピラ風の若造をにらみつけた。


「しかし、姐御が兵隊さんとは……あの姐御がねえ。まったくもって世の中分からねえことばかりだな。しかし、姐御。SMクラブの自由な『女王様』に兵隊なんて窮屈なもんよく務まりますね」 


 そこまで言ったところでチンピラ風の若造はかなめににらまれて黙り込んだ。


「良いじゃねえか。この店を担保にサオリさんが最初に居た娼館から身請けしてやるって大見得切った馬鹿よりよっぽど全うな仕事についていたってことだ。サオリさん!いつものでいいかい」 


 かなめをサオリと呼ぶ大将と呼ばれた店主の言葉にかなめは静かに頷いた。


「娼館?サオリ?」 


 カウラはその言葉にしばらく息を呑んだ後かなめを見つめた。


源氏名(げんじな)だよ……まあそのころは表の顔で体を売って陰で工作員をしていたわけだがな。まあ、サイボーグの身体は人気が無くてすぐに商売替えしてSMクラブで『女王様』になったがな。そっちの方は結構人気だったんだぜ。アタシを指名してわざわざ東都の都心から駆けつける金持ちのマゾ豚野郎も大勢いたもんだ」 


 それだけ言うとかなめは黙り込んだ。そんな彼女を一瞥するとランは何かを悟ったように頷いた。そのランを見ると男は子供を見かけた時のようにうれしそうな顔をした。



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