ヘンダーソンスケール 1.0 Ver0.4
ヘンダーソンスケール1.0 致命的な脱線によりエンディングへの到達が不可能になる。
深夜、雲海を見下ろす遙か高みを征く影があった。
三騎の騎竜である。
亜竜と呼ばれる竜の亜種、その中でも人慣れし易く騎手を乗せて飛ぶことができる、現代最速の移動手段にして、最強の航空兵器と名高い魔獣。
その魔獣の航跡には、同じく三つの異様な物体が続いていた。
自力で航行しているのではない。太いワイヤーで騎竜に牽引されているのだ。
笹の葉型をした異様な物体は、蓋をされた船であった。
竜艇と呼ばれる竜に牽引されて荷を運ぶ、三重帝国において何を置いても最速で荷を届けねばならぬ時にだけ用いられる移動手段。
しかし、その竜艇は通常の“それ”とは風情が随分違った。
流線型の船体をガッチリと黒い塗料で塗り固め、三方から伸びる補助翼のせいで魚のような姿をしている。
その上、何を思ったか先端が矢鱈と張り出しており、金属で補強されているのだ。
通常の竜騎回船の船頭が見たなら、これは一体何だろうと首を傾げるような異物。
彼の物体の中に押し込められた者どもが、思念波を受け止めて蠢いた。
『夜燕1より各員。領域突入まであと僅か。これより思念波通信を厳封。各魔導将校は魔力を漏らさぬよう留意されたし。これより各機惰性航行に移り、後にワイヤーを自切し投下準備に入る』
思念波は鏃の陣形を取って航行する三騎の竜騎、その先頭を行く隊長騎から発されていた。彼は分厚い真綿の防寒具を纏い、凍傷を起こさぬよう二重に重ねた手袋で地図を手繰りながら思念を飛ばす。如何に魔導の力で空を飛び、障壁で上空の寒気より守られようと冷える物は冷えるのだ。
『対象上空突入後は各機の判断に委ねる。以後、作戦中止の例外を除き通信を絶つ。神のご加護を』
決まり切った文句の後、騎手は手綱を用いて騎竜に自らの意を伝えた。
付き合いの長い愛騎は相方の――騎竜と騎手の間には主従関係ではなく友好関係のみが成り立つと言われる――指示に従い、翼を広げて筋を張り、生理的に扱う魔法の出力を絞り惰性での滑空に入った。
長い滑空の後、竜は雲を潜り、曇天に夜陰の慈母を隠されて夜闇に包まれた世界を征く。野を越え、山を跨ぎ、林を飛び去って荒地を抜けて辿り着いたのは帝国最辺境を更に越えた辺境。
大公達に統治が委任された衛星諸国群の領地が一つ。
彼等は危難の折に支援を得られることを対価として三重帝国の幕下に加わり、いざ帝国に危難が訪れなば助成することを約した盟の者。帝国にいくらかの貢納と無害通航権、そして流通の自由さえ与えることで三重帝国の国力を背景に据えられる利点は実に大きい。
今現在、三重帝国と近隣の大国の間には、このような緩衝国が幾つも設けられて危ういバランスを保っていた。似たような背景を背負い、盟主を異にした国が入り乱れることで直接干戈を交えることなく大国はしのぎを削る。
が、その均衡を崩そうとする者が現れた。
とある小国の王が――三重帝国の盟に加わっている大公の一人であった――約定を無視し、周辺の国家を併呑して自立しようとし始めたのだ。
当然三重帝国は受け容れられるはずもなく、何度も急使を送るが帰って来ることはなかった。
そして、五人目として最後通牒を持たせられた勅使だけが帰参を果たす。
馬の尻に括り付けられたそっ首だけの姿となって。
明らかな反逆である。それも、他の大国の助成を受けて起こした戦としか思えない。
皇帝は農繁期で各領邦に散っていた貴族達を急遽呼び寄せ、緊急の議会で戦を宣した。
この対応に貴族達は目を剥くこととなる。
言ってはなんだが、この程度の謀反や小競り合いは日常的なものなのだ。それこそ小規模な鞍替えであれば数年に一度はどこかの地方で起こるし、盟下の小国同士が許可無く殴り合うことも屡々。
そもそも、大国同士が直接殴り合う混乱を避けるために斯様な緩衝地帯が半ば自然に構築されたのだから、何処かの国を扇動して殴り合わせるなんて至極当たり前のイベントに過ぎないはずなのだ。三重帝国だって数え切れない程に擾乱工作として他国盟下の国を煽り倒し、劣勢になったら梯子外してシラを切る外道行為に手を染めてきたのだから。
確かに小国が中堅規模の国を旋風の勢いで滅ぼして併呑し、野火の如く周辺に手を伸ばしていく様は異様でこそあれ、三重帝国直々に戦を起こすほどかと言われれば否である。他の盟下に連合を組ませて鎮圧させるか、辺境伯にでも命じて軍を起こさせ、ちょちょっと捻るのが一般的な処遇である。
が、皇帝が常の反乱とは違う臭いがする、として議会を説得し、結局三重帝国は戦に踏み切った。
三重帝国が最後に正式な軍を挙げてより二〇〇年。竜騎帝が東方交易路再打貫を目的として行った第二次東方征伐以来の戦に国は沸き立つこととなる。
そして議会が戦を宣し、戦に際しての全権が皇帝の手からグラウフロック家の若人に託されたのが本日の昼。その一刻と待つこともなく、この竜達は密かに辺境地から飛び立ち……この地、帝城と比べれば剰りに粗末な城の建つ、件の国に討ち滅ぼされた中堅国の王都へやって来たのであった。
「不寝番の空中警戒機も無し? 流石辺境の田舎者共だな……これでよく帝国に喧嘩を売る」
正しく無人の野を征くが如く。
僅かな羽ばたきによって高度を保つ以外では、最低限の魔導反応を絞って飛んで来たのが馬鹿馬鹿しくなる有様であった。王城だというのに上空への警戒――奇襲は勿論、暇を飽かした竜がやってこないとも限らないというのに――すら置かれていない様は、むしろ騎手に罠を疑わせた。
「まぁいい、宅配便の到着だぜお客様」
彼は手を突き上げてハンドサインを僚機に示し、係留してきた竜艇のワイヤーを外した。
「吸血種をたっぷり楽しみな」
解かれて暴れるワイヤーに巻き込まれぬよう騎竜はしなやかに身を翻して殆ど直角に上昇し、取り残された竜艇は緩やかな落下軌道に入った。後端の翼が蠢いて角度を調整し、竜艇は戦の疵痕が殆ど見えない王都へ墜ちて征く。
二つは王城へ。一つは軍の集積地点と思しき広場へ向かって真っ逆さまに。
機首が薄い城壁を越え、王都の敷居を跨いだと同時に竜艇の腹がスライドして脱落した。
そして、なんと中から黒喪の軽装を纏った者達が次々飛び降りていくではないか。
彼等は兵士であった。最低限の装甲だけを身に纏い、後は組み立てられる槍や盾だけを背負った身軽な兵士達。全身を黒ずくめの装束で覆い、闇に溶け込む兵士達はそれぞれ好いた方法で減速して市街地に散っていく。
ある者は自前の翼を伸ばし、ある者は帆布で作られた落下傘を広げ、またある者は抗重力術式で以て速度を和らげる。
次々と秩序だって降下していく兵、最後の二人となった兵士の一人が、操縦桿に取り付いていた兵士の肩を揺すった。
「隊長、我らも参りましょうぞ! 限界です!!」
「おお、そうか、じゃあ行け行け、私はこのままでいい」
「はぁ!?」
小さな正面の窓から、月明かりもないせいでヒトであれば城の輪郭さえ見えぬ闇を見据え、兵士は振り返って笑った。
「皇帝陛下に一番槍を約束しててな」
「いや……アンタだからって……また……」
突拍子のない事を言う上司に配下は渋面を作り頭を振った。普通であればブン殴ってでも一緒に降下すべきなのだが、この男は一度言い出したら聞かないのだ。無茶をポンプから吐き出される水の如く言う男であるが、一度もその無茶を失敗させたことがないのも事実。
色々な諦めを吐息に混ぜて吐き出し、彼はご武運をと呟いて自らも夜の空に身を投げた。
「ふんっふふふーんふん、ふんっふふふーんふん、ふんっふふふーんふんふんふふーん」
登り調子の鼻歌を機嫌良く奏でながら、一人残った男は操縦桿を傾けた。形ばかりで微調整程度しかできない操縦桿を操って、鼻先を王城のど真ん中へ向ける。構造的に見るに王族が逗留する奥の間はあの辺だろうとアタリを付けて。
そうして竜艇三隻は全て重力の導くまま虚空を駆け……当然の帰結の如く熱烈に大地や壁と抱擁を交わし、逢瀬の歓喜が代わりとばかりに爆炎を挙げた。
世界そのものが揺れているかのような轟音。竜艇の各一五名の僅かな乗員を乗せるスペースすら削りに削り、無茶して搭載した精製燃料が着弾の衝撃に合わせて炸裂したのだ。
燃料が瞬く間に爆ぜて広がり、気体が膨れあがる膨大な圧力が衝撃波となって着弾点の全てを抉る。遅れてばらまかれた熱波が無機物・有機物を問わずに熱い炎の舌で愛撫を贈り、焼け付く地獄を作り出した。
一つの竜艇は兵士が詰めていた区画の三分の一を薙ぎ払い、もう一隻の竜艇は城の上部に突き刺さり使用人達を吹き飛ばす。
そして最後の竜艇は目当てより少し離れて玉座の間に突き刺さり、歴史を感じさせる壮麗な装飾や玉座を吹き飛ばすに留まった。
「出会え出会え! くそ、一体何事だ!!」
平穏な夜を引き裂く轟音に王都中が目を覚ました。唐突な戦と支配者に怯えていた市民、戦勝に酔っていた兵士達、次なる戦に備えて城内で策を練っていた高級指揮管や処刑を待つばかりの被征服側王族。身分の貴賤無く、何の前触れもなしにやって来た圧倒的な暴力の気配に皆が慌てふためく。
玉座の間に一隊を率いてやって来た、壮麗な甲冑を纏った女性騎士は見るも無惨に破壊された場を見て事態が上手く理解できなかった。
不寝番の彼等は、王から策を与えられて帝国の反撃に備えていた。敢えて上空を空けることで、悠々とやってくる竜騎や有翼種の先兵を城内へ招き入れて取り殺す策。その後、郊外に伏せ置いた鬼札である竜騎で空に蓋をし、帝国の先兵を打ち倒せば時間は十分に稼げ、更なる士気の高揚も臨める上に“来たるべく援軍”からの覚えもよくなろうもの。
圧倒的国力を持つ帝国が田舎の小国と舐めてかかってくることを予想しての一撃。事実、過去に起こった反乱はさっくりと竜騎だけで鎮圧して終わらせることも多かったので、彼等の予測は全くの的外れではない。
そう、今までの帝国と同じであれば。
違うことと言えば、今の皇帝が“軍事的才覚”を発揮できる眷属を持ち、彼に大きな裁量権を与えているということ。
夜襲に十分備えていた不寝番の彼女は、押っ取り刀でやってきたものの事態を上手く飲み込めなかった。
何をどうすれば、斯様に苛烈な破壊をまき散らせるか想像できなかったからだ。魔法の才に長け、肉体を強化することで男顔負けの戦力として一線に立ってきた彼女でさえ、ただの一撃でここまで建物を破壊する術を知らない。
何はともあれ、火を消さねばならない。占領地の中枢として今後も使う予定はあるし、同時に三つも爆発して単なる事故ということは“あり得ない”のだから。この混乱を用いて寄せて来る敵が必ず居るはず。竜騎が舞い降りて蹂躙してくるという予測こそ外れたが、為すべきことは変わらない。
女騎士が魔法を練り上げて水を撒こうと呪文を口にしようとした瞬間、巻き上がる煙の中から腕が伸びてきた。
焼け焦げ、肉が落ちて骨が露出した腕は爆発に巻き込まれた使用人が必死に逃げ延びて差し出したものか。
いや、違う。手は酷い損傷が嘘のような力強さで彼女の顔を鷲づかみにしたかと思えば、万力の如き力で締め上げて煙の向こうに浚っていったからだ。
「っあああ!?」
頭蓋が軋んでいるかのような激痛に女騎士は悲鳴を上げ、煙の中に自らを引きずり込んだ怪物に精神を侵される。
それは焼け焦げた死体。小柄な体の表面は炭化し、破れた腹から臓物が溢れながらも動きまわる異形の不死者。
だが、忌まわしき地に湧く動死体とこの死体のおぞましさは比較にならなかった。
見た目がどうのこうのという話ではない。存在が持つ“圧”が違うのだ。ただ“在る”だけで全てが制圧されるような悍ましさを何と形容すれば良いのか。
それは、死という概念が二つの足を生やして歩いて来るかの如くあった。
「こんばんはお嬢さん、そしておやすみなさい」
丁寧な発音のそれは三重帝国語の響き。彼女も重要な国だからと幼少の頃から母国語と平行して習ってきたものだから理解できる。優しく、慈しむような声音に滲む教養が。
同時、首に感じる微かな痛みと……それを塗りつぶすほどの圧倒的な悦楽。ヒトの身では抗えない快楽に脳が痺れ、視界が揺れて正気が蕩ける。彼女に快楽へ抵抗できるだけの精神力があったなら思い出せただろうか。
吸血鬼は血を吸う時、獲物が逃げ出さぬよう抗いがたい快楽で身を縛るという言い伝えを。
肉体を瑞々しく回っていた魔力が抜け落ち、戦いの予感にみなぎっていた闘志と共に命が吸われていく。体が萎れるようなことは無いが、白かった肌が更なる白さ、死者の色に変貌し褪せていった。
愉悦に蕩け、首筋に埋められた首へ知らぬ内、縋るように抱きついた手の感覚が変わっていく。焼け焦げた皮膚が慈雨を浴びた大地のように姿を取り戻し、さらりと長さを取り戻した艶やかな髪が顔にかかる。
そして遂に命を維持する最低限の血液すら抜き取られた後、顔が擡げられる。
女騎士が最後に見たのは、怖ろしく美しい鳩血色の瞳であった…………。
【Tips】辺境伯。辺境地帯の鎮護・開発を委ねられた地域であり、領域こそ辺境であるがその重要性から国内における地位は大領地の領主に吾する。語感から勘違いされがちであるが、決して左遷ポストではない。
行儀が悪いのは百も承知だが、私は唇についた血をぺろりと舐め上げ精一杯外連味に溢れる笑みを作って見せた。
全ては目の前で腰を抜かせた男の心を折るためだ。
はてさて、あんだってこんな所でカミカゼやらかしてから無双プレーをしでかすハメになったかを思い出すと色々長い。
ただ、突き詰めれば、全てはツェツィーリア様に堪え性がなかったからに尽きるだろう。
あの夜、怪我を負って瀕死だった私は彼女の牙にかかって果てた。香り高い血の臭いに耐えかねたが故の暴挙だったそうだが、今のこの身であれば、どれ程の耐えがたさかは重々分かるから別段文句を言う気にはならない。
ああ、そうさ、そして彼女は血を吸われて果てた私に血を与えた。殺してしまったという自責の念に堪えかね、己を弱めかねない行為に迷い無く手を伸ばしたのだ。
吸血種が後天的に他種を吸血種に堕とすには、吸血行為によって死に至らしめた対象に自らの血を与えねばならないのだ。そして、血の濃さは吸血種の純度と強さに密接に絡みつく。
さもなくば、地上はあっと言う間に吸血種で埋め尽くされてしまうだろう? 陽導神は直情的であっても馬鹿ではないというのは、この辺によく現れていると思うね。
彼女は私に自身が持つ“血の半分”をも注ぎ込んだ。純血統、誇り高き“三皇統家”に名を連ねる偉大なる吸血種の血を。
何はともあれ、私は吸血種になった。なってしまった。望む望まないはさておき、なってしまった物は仕方がない。
なった後は色々大変だったね。妖精達にはブチギレられて、馴染みの三人以外には愛想尽かされたり――何やら種族的に吸血種に抵抗を持つ妖精は多いそうな――エリザにわんわん泣かれたり、アグリッピナ氏も色々と過酷な環境にブチ込まれたせいで何度心が折れたか分からん。
辛い夜と焦げ付く朝を幾つも越え、気がついた時には私は“エールストライヒ家次期頭首”として立ったセス――コンスタンツェとは呼ぶなと固く禁じられてしまった――の隣に護衛として立つ帝国騎士になっていた。
何があったかは説明し続けると文庫本でいうと一〇冊を超えると思うので割愛しよう。
ともあれ、私はここに立っている。エーリヒ・フォン・ヴォルフ帝国騎士として。きっとこれから続くであろう大戦、帝国軍という振り上げられた大剣の切っ先として。
だってねぇ、これほど大規模に肩入れしてやらかしてんだから、いつもの政治的な擾乱攻撃では済むまいよ。周辺の混乱だのを考えりゃ、あまりにコストが見合わない。
多分、調子こいたヤツに鼻薬を嗅がせて嗾けて、仕事が終わったら周りの国諸共に挽きつぶして“通り道兼食料庫”に仕立てるつもりなんだろう。この国が接している辺りは平地も多くて進撃がし易い地形だから目を付けられたに違いない。
「さて王弟殿下、まずは三重帝国皇帝、慈愛帝コンスタンツェⅠ世が名代として謹んで緒戦の勝利をお言祝ぎ申し上げる」
「ひっ!?」
真面目にしてれば結構な美貌と言える顔を歪め、情けない悲鳴を男が上げたのは私の顔に畏怖してくれたからか。それとも血を吸い尽くして殺した護衛を足下に放り投げたからであろうか。
うん、折角だからね、開き直って吸血種の特性ガン伸ばしビルドで今の私は完成している。攻撃を肉体で受け止めながらカウンターの一撃ブチ込んだり、攻撃で飛び散った血を吸って回復みたいな、吸血種ならではの強特性を前面に押し出した理不尽ムーブだ。
序でに我が主が敬虔な夜陰神の信徒――皇帝なので今は僧籍にないが――というおかげで、銀器に多少の耐性もついた今、私は夜なら理不尽な程タフで強い殴りタンクとして戦えるって寸法。良いお手本になる先代がいたので、完成形は結構簡単に見つけられたな。
「なに、我が主は大変寛大であらせられる。それこそ、今宵この地を私と我が配下、四五名の吸血種の晩餐としない程度には」
それに吸血種の特性というのは、心底えげつない物もあるのだ。こういった情報を引き出すための威力偵察にはもってこい。殺しても簡単には死なないってのは勿論……。
他者の魂を血を介して啜らねば生きられないという惨めな性質の副産物。血に混じった魂の記憶を垣間見ることができる特性が。
「ただ、それも無条件とはいかない。さしもの我らが主とて庭先で丁寧に育てていた薔薇の生け垣に油虫が付いたなら、憂いの溜息一つも零されようもの」
ただ……うん、私はちとやり過ぎてしまったらしい。騎士として前線で斬った張ったをやっている間に特性を使いすぎて、そのまんま“吸血鬼”が異名になってしまってね。いまや三重帝国では吸血鬼というのは堪え性の無い阿呆への罵倒ではなく、私個人のことになってしまったから困った困った。
別に食い散らかしたり無為に暴れてる訳ではないんだけど……流石にアレだよ、曲がり角で出くわした途端に失神される位怖がられるとね。凹むよね。
だからなんだ、言い訳するつもりはないが、私は別に必要以上に血を呑みたい訳ではないのだ。いや、その、ええ、血を飲むと不思議と熟練度が凄い勢いで溜まったので、一時期やり過ぎたことはあるかもしれないけど、神罰は下ってないからセーフセーフ。
だから、一応は血を吸わないで済む道筋も用意してやっているのだ。
ま、可愛いおねーちゃんなら兎も角、イケメンでも野郎の血はちょっとって理由がないでもないが。
「さて、まずはその整備された庭のどこからどうやって虫が紛れ込んだのから調べねばならない……おわかりで? 虫が入る庭では、ついた虫を潰してもキリがないものでしてね」
何はともあれ、そのやり過ぎのおかげで私は地下の出身ながら我が主の御側において貰えているし“こんな無茶な竜艇降下作戦”なんぞも提案して通すことができる。
でも、実際いい手だと思うのだ。竜相手の迎撃戦ができる国は多かろうとも、切り離されて惰性で墜ちていく竜艇を止めることは然う然うできないのだから。後は少々物理的に潰れても死なない吸血種を詰め込んで敵地を強襲し、先鋒として後続の支援ができたら強いだろう?
それに最後の最後まで気張ればそこそこ精密な誘導で爆撃ができるんだから、時代背景をブチ抜いた強いムーブだと自負している。確かに乗員は死ぬが、普通に蘇生してくるんだから尚のこと問題なし。
城に詰めてる的の数だけ残機を補充できるから安い安い。
さて、私はこんなにお得で効率的な作戦を提議したというのに、一体何だってグラウフロック家の参謀から「正気の沙汰ではない」と貶されまくったのだろう。私の配下達だって「マジかよ……」みたいな顔しつつも、最終的には乗り気だったというのに。
「それでですね、王弟殿下、私は陛下の庭の庭師であると己を任じております。なればこそ職責において問いましょうぞ」
さて、余人からの評価はともあれ、私は働かねばならない。この身になったことに思うことが全くないと言えば嘘になるが、自分で毎日向いていないと嘆きながら直向きに頑張るセスの助けに慣れるのであれば気にならなくなってきた。
私では夫になれないが、私は彼女の眷属。最も濃く血を分けられた唯一の同胞。皇帝でありながら婚姻を結ばぬが故、処女帝と密かに呼ばれることもある彼女の側に立ち続けるためなら、鉄火を潜り血を浴びるような戦場に浸ろうと嫌はないとも。
なにより「私は貴方を私のモノにしました。だから、私は貴方のモノです。そんなグッとくるプロポーズをされた日には、男として腹を括るほかなかろうよ。
「貴殿は虫か? それとも……」
最後に彼女の側に立っているのは私だ。彼女が皇帝を辞しても、僧籍に戻っても、その全てに倦んで陽の下に身を晒すことになろうとも。
彼女は私を殺した責任を取った。なら、私は生かされた責任を取ったっていいだろう?
彼女と彼女の帝国のため、私は分かりきった問をかけて牙を剥いた。
どう答えてくれたって構わないよ色男。
牙にかかって答を言おうと、無様に歌おうと私の仕事はなぁんにも変わらないのだから…………。
【Tips】慈愛帝。史上希なる女帝の一人。元僧侶ということで当初僧会への肩入れが懸念されるも、就任後は吸血種らしからぬフットワークの軽さによる中・短期的な政策の好調さを見せ、長期的な政策においてもケチの付けようのない治世を行った為人気が高い。
尚、当人は最初「一期だけのピンチヒッター」として就任したこともあり、以後はことある毎に出家を望むが、安定性の高さと頼まれたら断れない性格からか通算で八期一二〇年という帝国史上最長の在位記録を打ち立てるに至った。
また、唯一政治的な婚姻を結ばず独身を貫いたため処女帝とも呼ばれ、未婚である苦言を全て実績で叩きつぶしてきた問題児としても歴史に名を残す。
ってことでヘンダーソンスケール1.0 ツェツィーリア嬢の意志がちょっと弱かった未来。
やりたいことだけを詰め込むと文章と話の筋が意味不明になるという好例。
はて、私は何が書きたかったのだろうか。




