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青年期 十八歳の晩春 二

 久方ぶりの友人との再会は、無言の熱い抱擁によって始まった。


 勢いを殺すため数度の回転の後、金の髪と黒の髪は互いに見つめ合う。


 二人の姿は最後に別れた時と比べ、随分と変わっていた。


 お互いに背は伸び、顔つきもより男性らしく精悍なものになった。


 金の髪は女顔なれど熟してきた依頼と積み上げた戦により十分な覇気を感じさせ、おなごのようだと馬鹿にするものは居まい。鎧を纏い、剣を帯びたその姿は前列に立つだけで敵手を威圧する軍神の頼もしさ。


 片や魔法使いも微笑みかければ性別問わず相手の顔を赤らめさせる美男子なれど、断じて軟弱な空気は纏っていない。化粧をし、居住まいを整えれば或いは女性のように見える性差の薄い美貌は思い出の中と変わらず麗しく輝いていた。


 互いの呼気を吸い合うような間近で言葉も交わさず見つめ合った二人は、やがて示し合わせたように抱き合った。背に手を回し合って友情を確かめ合う抱擁は硬く、目尻に涙が浮かぶほどの感激が込められている。


 背が伸びて、大人びようと彼らには無二の友が変わったようには見えなかったのだ。分かち合った時は揺るがず、結んだ友誼はどこまでも硬く。そして心根は揺るがずに。


 「ああ、我が友、君は変わらないな!」


 「君もな、我が友! いや、生意気に私より背が高くなってからに!」


 「あはは! 変わらず君が可愛らしくて何よりだ!」


 「言ったな貴様!」


 抱擁を解いた二人は、しかし互いの肩から手を話さず朗らかに語り合う。軽口を叩いては笑い、軽く拳を振るう姿は小さな少年同士が遊んでいるようだった。


 「あの……旦那?」


 「え? 先生……?」


 周りの人間は唐突な再会劇に完全においていかれており、いまいち反応が追いついていなかった。


 なにせ劇の演者は片方がマルスハイムにおいて名高き“金の髪”であり、もう片方は貴族と名乗るのが似合いな豪奢なローブを着込んだ魔法使いだ。あまりに不釣り合いな――しかし、ある意味でとても似合いとも言える――二人の関係に酒場の全員が得心のいく解答を見いだせずにいた。


 故に一足早く脳の再起動を終えた、訓練上がりの牛躯人(アウズフムラ)がエーリヒに声を掛け、次いで誰何(すいか)を空ぶらせた巨鬼が高貴な道連れの突拍子も無い行動に口を開く。


 おお、そうだと朗らかに述べ、金の髪は大きく手を広げて肩を抱いた友人を周りに紹介する。まるで、この美しい男と友であることが我が誉れであると言わんばかりに。


 「彼は我が無二の親友、ミカだ! いずれ比類無き偉大な教授殿になられる魔法使いであらせられるぞ! 控えおろう!」


 「やめてくれまいか、大仰に過ぎるよ……僕はまだ一介の聴講生だ、魔導師でさえないんだから」


 友人との再会にテンションの箍を外したらしい金の髪は、指定席となっている奥のテーブルへと友を誘った。ついでに懐から大判の銀貨を一枚取り出し――内側の隠しポケットにしまった、もしもの備えである――祝いだ、大いに呑んで食え! と豪儀にも店主に放って見せた。


 するとだ、冒険者達と少ないものの堅気の客も調子の良いことに歓声を上げ、口々に金の髪やその友人を褒め称える。酒杯を持っている者は突き上げながら魔法使いの名を呼び、持っていない者は馳走になりますと礼を言う。


 「君も旅路に疲れているだろう、ここは安いが美味いぞ。店主殿は北方産まれでな、羊肉料理が本場仕込みだ」


 「ほぉ、それは楽しみだ、君との再会より嬉しいかもしれないな」


 「ぬかせ、私を泣かせて楽しいか友よ、羊より下などと言われれば悲しみのあまり西方中の羊を狩って回ってしまうぞ」


 「冗談だ冗談、臍を曲げないでくれ我が友、君は我が命よりも重い友だから、是非とも羊は大事にしてやってくれ」


 何も言わず隣り合って座る二人。金の髪は頼まずとも練習に参加していた者から酒精の詰まった瓶を寄越され、魔法使いは立ち呆けている巨鬼へ小さく手招きする。


 紹介してあげよう、という心遣いに彼はふわふわした定まらぬ足取りで歩きつつ、未だ納得しかねる頭を必死で回そうと努力した。


 あれが金の髪かと。


 言われてみれば、二つ名として通るほど見事な髪だ。貴種お抱えの細工師が混じりけの無い金無垢を針金にして仕立てたような輝きをして、異名として他に相応しいものはないと納得させられるほど。


 だが、それにしても小兵過ぎた。


 だぼついた平服故に体格こそ読めぬが上背はあまりに低かった。ついつい従わねばと種族の本能を擽られる魔法使いの先生よりも更に小さい。食うに困った小作農であれば背が伸びぬのはよくあることだが、周りの冒険者とくらべれば最早貧相にも見えるではないか。


 辺境の英雄、野盗殺し、暴虐の騎士に終わりを運んだ者と言われ、どうしてそのまま飲み込むことができよう。


 むしろ身を飾って貴族のご婦人の後ろにでも控えているのが似合いといった佇まいではないか。


 「我が友、紹介したい者がいる。僕の道連れで道中世話を焼いてくれたし、今日も荷物を持ってくれた好青年だ。さぁ、自分で名乗りたまえよ冒険者志願君」


 「へ、へぇ……」


 驚愕と前もって抱いていた印象との齟齬によって思考の歯車を大きく狂わせたまま、促されて巨鬼は名乗った。あれだけ準備していた言葉が欠片も出てこず、ただ事実を述べるだけのつまらない名乗りを。


 「キュクロープス部族のヨルゴスともうします……」


 「ヨルゴス……おお、南方の出か。帝国風だとゲオルギウスになるか? 勇ましい名ではないか」


 名を褒めつつ席に着くよう薦められた彼は、訳も分からぬままに金の髪が差し出す空の酒杯を手に取った。


 改めてよく見てもイメージが合わない。道中何度も聞いた“金の髪のサーガ”に謡われる偉業と、この片手で潰せてしまえそうな小兵が全く。


 ゆっくり酒を注いでやりながら巨鬼を観察していた金の髪の目が眇められ、やがて笑みに変わる。


 そして、彼はまったく気にしたこともなさげに言った。


 「私を小兵と侮るか、小僧」


 「へっ?」


 何に驚くべきか。ヒト種と比べれば生育の遅い巨鬼は、間違いなく彼より年上ではある。ただ、外見の年齢と精神性を比べるのであれば同年代と見てもよかろう。


 それをして小僧扱いされたことか。内心を読まれたことか。


 いや、侮られていると分かって尚も笑える胆力か。


 「まぁまぁ、かまわん、これでいて威厳のある面でないことは分かっている。髭の一つも生やしたい所だが、どうにも伸びんものでね」


 「君に髭!? いやいや、ちょっと想像ができないな……」


 「勘弁してくれ友よ、そういう君こそ十八にもなって髭を生やしていないだろう?」


 「僕はアレだ、ほら……卿がだね」


 「アッハイ」


 当惑する巨鬼、そして自分達の頭目を軽く見られたことに不快を感じて表情を硬くする冒険者を余所に楽しげに会話する二人。魔法使いの言葉で理由を察したらしい金の髪は酒杯を一息に呷って喉を潤せば、俄に立ち上がって宣言した。


 「着いてきたまえ、君も剣友会の名を聞いて訪ねてきた口だろう?」


 誰か得物を、と言えばすかさず最初に声を掛けた牛躯人の青年が立ち上がり木剣を差し出した。


 「一手指南して進ぜよう。これ以外に語る術を持たぬ故にな」


 くるりと掌中で柄を回し、小器用に剣を担いで金の髪が笑う。


 斯くして巨鬼はやっと意味が分かった。


 英雄が英雄として謡われる意味を。


 剣を持つことで遂げた雰囲気の変容を以て…………。












【Tips】殺気を隠すことと同じように、望めば強さや威圧感を殺すこともできる。












 銀雪の狼酒房の中庭は、木賃宿の中庭というよりも一種の練兵場を思わせた。


 居並ぶ打ち込み稽古用の標的や矢が何本も突き立った捲き藁、試し切り用の藁などを突き刺す試斬台などが豪勢に並ぶ場所に洗われたシーツがたなびく姿はある種異様でもあった。


 そこに引っ張り出されたヨルゴスは、ただただいたたまれなかった。


 相対するは対比せずとも小兵と呼べる小柄な剣士。大きな平服のみを纏って着込みの一つもしない自然体。手にするは簡素極まる木剣であり、重心を真剣に近づけるための鉄芯こそ仕込めど実に細やかな――無論、当たり所が悪ければ十分に死ぬが――得物である。


 されど、彼の手にあるのは巨鬼が操るヒトから見れば手槍もかくやの長剣である。雌性体の体格に合わせて作られた大剣は大柄な男の巨鬼をして大きく、身に余っているようにも見える。


 言うまでもなく秘めた鉄量は膨大であり、優れたる剣士であれば、これ一本で城門をどうにかしてしまうほど暴力的な質量を持つ。


 まともに当たらずとも、否、正しく防御して尚も尋常の肉体を生命から“砕けた血と肉が詰まった革袋”に作り直す規格外品である。


 彼は戦士に憧れて部族を出た。それまでも部族内で男児にも拘わらずしつこく戦士に教えを請い、無理だと言われても大きな剣を手に取った。雄性体にしては鍛えられた肉体で辛うじてでも振り回せるようになるまで、どれだけの時間が必要であったか。


 掌は潰れたマメの上にマメができ、それが更に潰れて固まって巌のように硬くなり、四肢の肉は盛り上がって、巨鬼の女性からして“魅力的”といえるフォルムからは遠ざかってしまった。


 そこまでしてやっと振るえるようになった剣に彼は僅かなれど誇りを持っていた。隊商にくっついていた時、辺境を彷徨っていた頃は幾度か賊を追い払うのに役立ち実績も立てている。


 だが、この巨大な剣が、眼前の男に通じる気が全くしなかった。


 「遠慮はいらんよ、打ちかかってきたまえ」


 余人であれば、武を知らぬ者なれば無謀だと金の髪を諫めただろう。あんな大きな剣で殴られれば死んでしまうと。貴方の体では受け止められないと。


 されど実態は違う。決死の覚悟、一撃を受けるつもりで斬り込んでも当たるとは思えない。余裕を以て剣をだらりと下げる脱力し構え、怒鳴るでもなく薄い笑みを浮かべて立つ姿に隙が一部もない。


 むしろ、打ってこいと全身が晒す隙が返って警戒心を刺激し、隙として認識できないのだ。


 「どうした、来い。飾りか、それは?」


 挑発を受け、鼻で笑われてやっとヨルゴスは動くことが出来た。どうあっても、どんな強敵であっても矜恃を笑われて男が足を止めていられようか。ましてや、部族を捨ててまで戦士にならんとこの地を踏んだ男が。


 「ごぁぁ!!」


 巨鬼の戦吠えは人狼や牛躯人のそれと近しく、聞くだけで身の毛がよだつほど低く空気を震わせる。気合いの入っていない野盗は、彼が剣を上段に構え気迫を発するだけで腰を抜かし、何もできずに斬られたほどだ。


 だが、それも金の髪の前では、一房零れた前髪を揺らす程度のものでしかない。全く余裕を崩さず、彼は大上段から振るわれる渾身の雷刀を半身になるだけで躱した。


 ぞわりと手首が冷たくなる感覚、ヨルゴスは思わず一歩後ずさり、自分の手首をまじまじと見つめる。


 たしかについている。産まれてこの方、一時も離れること無く寄り添った四肢の一本……それが、今し方“断ち切られた”ような錯覚に襲われたのである。


 「うむ、結構、分かっているならいい」


 まるで彼が何を感じたかを察しているように語る金の髪。いや、実際に察している。彼は躱すと同時に“斬る”という意志だけを発したのだ。


 人はそれを殺気、あるいは剣気という。


 あまりに鋭く恐ろしい気迫だけで、彼はヨルゴスに手首が断たれる幻視をもたらしたのだ。


 「ほら、まだまだ行けるだろう、存分に来たまえ、全てを出し尽くしてはおるまい? さぁ、陽が暮れようぞ」


 左手で手招きされ、巨鬼は大きく息を吸った。明らかに遊ばれて……そうとも、遊んで貰っている。遊びで済む内に“強さ”というものを仕込んで貰えている。


 これがどれほど有り難いことか、戦わぬ者には分かるまい。心得があるだけで、経験を持っているだけで強者の前に立つことの意味は変わってくる。人は未知の恐怖に挑むより、機知の恐怖に立ち向かう方がずっと気負わずにいられる。


 命を賭けた場で格上に立ちはだかられても萎縮せずに済むことがどれ程の幸運か。立ち向かうにせよ、逃亡を図るにせよ落ち着いていられることの利点は極めて高い。正しく命を左右する貴重な体験を無料でさせてくれる彼の懐の深さは測り知れない。


 なにより、これだだけの怪物、剣が持つ“殺す”という機能が人の現し身を以て目の前に立っているような男を相手にする経験があれば、大抵の敵手は「まぁ、あれに比べればな」と自然体で挑むことができよう。


 誠に得難い経験である。故に分かった、彼の下に若き冒険者が集い、教えを請う意味が。


 なんと面倒見の良いことか。手前を軽んじさえした相手でも丁寧にこの仕事の恐ろしさを仕込んでやることの。ましてや、何が弱く、何処を叩かれれば死に、どうやって隙を潰せばいいのかをこの上なく分かりやすく教えてくれる。


 我、終生の師を得たり。巨鬼は改めて剣を構え、厳かに言った。


 「行きます」


 「おう、来い」


 脇に構え横薙ぎに払った一撃は、木剣を絶妙な角度で突き出されて上に流された。同時、膝元に走る冷たい剣の錯覚、微かに泳いで開いた右の内股を返す刀で斬られたのだ。


 振り抜いた剣を逆手に持ち替え、柄を渾身で叩き着ける。その身ごと押しつけるような突進は、しかし柄に木剣の腹を沿えられ、優しく軌道を左へと流される。


 同時、首筋を鋭い殺気が撫でた。すれ違い様、空いた左手に得物があれば容赦なく切り裂かれていたと教えてくれる。たとえ鎧を着込み、兜があっても精妙に隙間へと刃が潜り込んでいたことだろう。


 振り返って再び横薙ぎに、躱されても諦めず大上段に剣を振るい、逆袈裟、斬り上げ、恥を捨てて剣先で地面を削って砂まで掛けた。


 一刀一刀に「まだ甘い」と教えを与えてくれながら、全ての企みが真正面か潰される。ただの一本の剣でここまで出来るのか、と改めて人間の可能性を感じさせる一瞬だ。たしかにこれならば、悪逆の騎士が振るう重厚な槌であろうと軽々あしらわれよう。他の部族で誉れ名を得た巨鬼が“我が鬼神”と讃えるのも理解できる。


 しとどに汗を掻き、息が上がる中、最後の一撃と心得て最も得手とする剣の質量を活かした大上段に取る。既に何度もいなされた一撃だが、最後に放つのはコレと決めていた。


 ただ一度、酔狂にも自分の剣を見てくれた――決して師とは呼ばせてくれなかったが――戦士が悪くないと賞したものだから。


 かぁん、と心地よい音。見れば、満身を以て放った筈の剣が手には無く、見事に宙を舞っていたではないか。


 「うぉあ!?」


 「あっぶねぇ!?」


 「ちょっ!? 旦那!? 勘弁してくれ!?」


 人間一人を軽く潰せる剣が宙を舞ったことに観客は驚いて逃げ惑った。そして、蜘蛛の子を散らしたように空いた空間に大剣が突き立つ。


 「ふむ、こんな所か」


 痺れも痛みも無く、魔法のように武器が奪い取られた。無論、悔しさはある……ただ、それ以上に“剣を振って貰えた”ことが嬉しかった。


 そうするに値する一撃であると行動で示してもらえたことが、剣士として何よりの誉れであるから。


 「満足したかね?」


 「へい……お見それいたしやした」


 笑みを添えて投げかけられる問いに巨鬼は平伏して応えた。これ程の強者に出会えたこと、そして不遜極まる態度を取った自分に稽古をつけてくれたことに感謝して。


 大変結構、と笑って金の髪は木剣を適当な空樽に放り投げた。そして、襟ぐりを指で開けて風を通しながら言う。


 「こりゃあ酒の前に風呂だな。ついてくるか?」


 望外の誘いに対し、首を横に振る者がどこにいるだろうか…………。












【Tips】戦において慣れは危険であるが必要な物でもある。

というわけで更新です。3巻作業継続中。


中庭で模擬戦というと些かワンパターンになりつつありますが、流れとして自然で美しいと思うのでついついやってしまいます。いやほら、おもむろに殴りかかって強さを見せつけたら、それはそれでチンピラみたいで格好悪いので、場を整えてきちんと相手をしてやるという姿勢は大事だと思うので。


さぁ、思う存分いちゃいちゃさせるぞ!

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― 新着の感想 ―
剣の英雄と名高い男が実は魔術剣士、初見殺しとしては破格だな……
[良い点] 巨鬼君も好青年ないい性格してるなぁ 好き
[一言] 良き先駆者ロールでした。 風呂……いま大丈夫な日だよね!?
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