初めましてその2
また多くなりそうなので二つに分けます。
今回は翠とデート!…ですが後半と次回の前半は重いです。
この山を越えたらちゃんと甘いお話になる予定です。
途中で出てくるお話はホラーな童話で、話の内容はばっちり考えてあるのでホラーがイケる人向けで書いてみたいな、なんて思ったりも…はい。
※今回は後半でホラー風味
「安曇、退院おめでとう!」
顔面に思いっきり当たったクラッカーの紙テープ達のせいで地味に痛い。
嘉納くん、人の顔面に向けてクラッカー鳴らしてはいけませんって習わなかったのかな?
BB弾だって人に向けて撃ってはいけませんって言われてるよね。
もしかして君は人に向けるタイプなの?
だとしたら私は君がクラッカーを持つ事を全力で阻止するよ。
だからその煙の立ってるクラッカーの残骸を早く捨ててね。
此処、カフェだからね。
嘉納くんがお見舞いに来てくれた後、回復までに二週間かかってしまい、規則正しい生活と栄養バランスの整った食事で胃を整えつつ点滴を打ちながら、弱りまくった内臓たちを癒した。
おかげで身体は完全回復!
その代わり、また精神的に落ちてきたら身体に反映されるので適度にストレス解消をしたりしてね、と看護師さんに注意を受けた。
病院って初めて来たからどうなるか分からなくてビクビクしてたけれど、何てこともなく普通に入院日数が過ぎていった。
とても優しい方達でした。
暫くは貰った処方箋で内臓の調子を整えて、時々経過を見るために診察に行くことになった。
今日は嘉納くんと遊んだ後、霧藤の寮に帰ってそれから3日後に登校予定だ。
久方振りのクラスは、ちょっとだけ怖い。
何が怖いって、それはまぁ、一番はスイの事かな。
嘉納くんから見えないように、数日前までガーゼの貼られていた首筋をすり、と触る。
大きく息を吸ってきゅっと目を閉じると、青い葉っぱ達の香りと輝き出した空が五感を刺激する。
あの日から結構な時間が経ったと思う。
現にあと少しで、あの噛み跡が消えかかっていた。
この傷を付けた張本人からは相変わらずメールは来ないし、接触もない。
私の入院のことだって知らないんだろう、お見舞いにさえ来ないこの薄情さ。
彼が私をどう思ってるのかが明白ですね。
実際は、そんなこととっくにどうでもいい。
もう私は私の中にあの頃のスイを縛り付けることを辞めようと思う。
人は無限大の可能性を秘めて知識を求める故に、日々変わるものだ。
そんな当たり前なことを理解しようとしなかった私が悪い。
責任の押し付け合いなんてものではなくて、ただ単純に私がある意味でスイを裏切ったということなのだ。
自分の非を認められない内は、スイを望むことも噛み跡の理由を聞く権利もきっとない。
それなら私は、もう一度“家族”になるために彼を待っていようと思う。
今なら、あの時彼が本当は泣いていたことが分かる。
狂気染みた笑みで本音を誤魔化して、私と自分自身に嘘を吐いた。
そういうところが彼らしくて苦笑してしまう。
やっぱりスイは、彗劉は、私の大事な弟だ。
嘉納くんの近日報告を聞きながら、木製のテーブルに乗っているお冷に口を付ける。
テラスの席にいるせいか、景色は良いものの季節は夏に近くなったので、日差しが強くなっていて肌が痛い。
今日は日焼け止めをしているからあまり問題は無いが、これが夏本番になったとき、私は無事に過ごせるのかと心配になる。
もし嘉納くんに誘われても、海、絶対行きたくない。
オーダーした紫芋のモンブランとモカ・チョコレートが届くのをワクワクしながら、また彼の話に相槌を打つ。
可愛い弟との物騒な話をほのぼのに変えた一方で、望月佑磨に関してはちょっとずつ吹っ切れてきた。
あの時の私はどうかしていたと思う。
クズミのファンからの攻撃にだって耐えてきたんだ、今更あんなものが堪えてたまるか。
たくさんの人に迷惑を掛けて、寮に引きこもって、挙句自分は身体も心も病むし、どうしようもない時間を過ごしていた。
病院に入院するとき、秀薗先生はお母さんに電話をした。
霧藤から下山してうちの家まで走行した場合、最低でも約二時間はかかる。
ただでさえ霧藤の近くの高速道路は混みやすいので、通算してみても電話の方が楽だ。
それに加えて、生徒も教師も外出許可願いは緊急時や出張、遠征以外一週間前に提出しなければ受理されない仕組みになっている。
その理由で、初等部中等部の生徒は家庭訪問は行われない。
その話は置いて、いまはお母さんの事だ。
先生から話を聞いたお母さんは、先生と電話を代えた私の声を聞いた途端泣き出した。
物凄く心配されて、仕事中のお父さんの会社に乗り込んで私を連れて帰る、とまで言い出した時は流石に慌てて止めた。
霧藤は基本親元を離れて自立をさせる事が教育方針の一つなので、子供が連絡をしないと本当に疎遠になってしまう。
なので電話越しに、あの温厚なお母さんから、入学してから一回しか連絡を入れて無かった事をめちゃくちゃ怒られた。
結局のところ、勝手に線引きして迷惑をかけたのは私だった。
意地を張って、ここはゲームの世界と似ているから、とこれ以上大事にしてもらわないようにしていた。
怖かったんだと思う、叔母さん以上に大切な人が出来る事が。
私が、前世の私でなく安曇深弥というひとりの人間である事を認めるのが、とても怖かったんだろう。
認めてしまえば何処か客観的で、他人事でいられた人生に向き合わなければいけなくなるから。
ちゃんとした親の愛情ってやつを、私は知らない。
叔母さんの事は好きだったけれど、心の何処かで義務や罪悪感を取り入れた“大好き”だった。
叔母さんの人生を狂わせて、青春時代を奪ったのは私だ。
叔母さんへの罪滅ぼしの為にも、叔母さん以上を作っちゃいけないと思っていた、のに。
そんな馬鹿なことを考えられるほど、私は前世の私では無く、やっぱり安曇深弥なんだろう。
「お待たせ致しました。『紫芋のモンブラン』と『モカ・チョコレート』、『ベリーとカスタードのミルフィーユ』と『ブルーマウンテン』です」
「あ、ありがとうございます。モンブランとモカは彼女に。後は俺のです」
「畏まりました。ご注文は以上で宜しかったでしょうか」
「はい」
「では、ごゆっくりお召し上がりください」
注文の品が届いて、私が声を発しようとした横で流れ作業をしていく嘉納くん。
凄いな…私が口を挟む場所がなかったよ。
まぁ、コミュ障だから全面的によろしく言われても慌てるんだけどね。
テーブルに置かれたケーキに目を輝かせ、彼と笑いながら食事の挨拶を交わして紫のクリームにフォークを入れる。
「安曇、それ美味しい?」
「うん、凄く美味しいよ。流石は嘉納くんオススメのカフェだね」
「よかった。安曇の目が輝いてて何よりだよ」
つくづく、嘉納くんは女性の扱いに長けてると思う。
思わず美味しいモンブランに笑いかけて、口の中に広がる控えめな甘さと濃厚な味わいを堪能する。
ふ、と視線を上げると嘉納くんがそんな私を見て笑っていた。
は、恥ずかしい…。
「この後は良い時間帯だからランチに行こうと思うけど、どう?」
「うん、嘉納くんにお任せします」
「おっけ。ちゃんとデートの計画練ってるから、優雅にエスコートするよ!思わず俺に惚れちゃってもいいから」
「友情が上がるって選択肢は?」
「もちろんあるよ!」
時々彼の口から出る冗談に心底救われる時がある。
でも同時に、それが次に彼の真剣な話がある時だと分かってしまうから変な話、辛い。
彼の真剣な表情は好きじゃないから、こういうとき重ぐるしい気がしてしまう。
だって、いつもと違うその表情が何処か怖いんだ。
例えるなら昔見た、誰かの作り話のオオカミさんの顔みたい。
「安曇は、前に俺が言ったこと、どうしたい?」
金のフォークを指で弄って、食べ終わったお皿にカランと投げ捨てる。
その動作がやけに淡々としていて、冷酷な物に見えた。
嘉納くんの質問に、自分でも驚くくらいの蚊の鳴くような声で「…分からない」と答えて薄く目を閉じる。
答え次第で変わる選択肢が、この数年間の内で恐怖を抱くモノに代わっていたらしい。
こうしているうちに、彼の口から「そっか」と声が溢れるだけでビクリと反応してしまう。
灰色のオオカミは、昔々誰かの手によって大事な大事な宝物を壊された。
その日からオオカミは壊された宝物を直して、自分のお家へ隠してとても大切に大切にした。
二度と誰かが触らないように、二度と誰かが壊さないように。
オオカミは宝物の為なら何だってした。
宝物が何かを欲しがるならそれを与えたし、宝物を手入れする為なら、それが高い物でも買って、そして宝物を綺麗にした。
そんなオオカミは、宝物を壊したやつらを許すことが出来なかった。
だから彼は、罠を張って犯人を見つけることにした。
ひとつめは、黄色いキリンに宝物と似たような色のコップをプレゼントした。
ふたつめは、オオカミの友人の緑色の大きなカエルに宝物と同じ大きさの時計の前に立たせた。
みっつめは、オオカミの家の近くの黒色のナマズに宝物の写真を見せた。
よっつめは、宝物の友人の白色のウサギに宝物と似たような瞳をしたウサギに会わせた。
いつつめは、…。
「俺さぁ、安曇を見た時いつも結ばれることが無かった“安曇深弥”の長い髪を結んでみたいと思ってたんだ」
「え…?」
「安曇の髪って“安曇深弥”にしてはえらく綺麗で長いじゃん。しかもさ、Aクラスに居て、尚且つこんなに可愛いなんて有り得ない話だ」
嘉納くんが何を喋っているのかが分からない。
嫌な予感がする。
その話し方ではまるで、まるで…!
心臓がドクドクと大きな音を立て始め、血液が体内を目まぐるしく廻り始める。
いつつめは、青色のフクロウに直った宝物を見せて、唖然とした顔のフクロウをそのまま噛み砕いてお腹の中へ収めた。
オオカミはみんながみんな犯人だと知っていた。
だからみんなを大事な大事な宝物と同じめにあわせた。
オオカミは、宝物以外は何もいらなかった。
最後の挿絵で見た、オオカミの口角の上がった口と黒々とした目が混沌として渦巻いてて、とても怖く思えたことをまだ覚えている。
嘉納くんはまるで、あの灰色のオオカミみたいだ。
「もし俺が、安曇と同じ転生者だったらどうする?」
オオカミさん、どうか私を、赤色の宝物を殺さないで。
「真実を告げることと君を殺すことが同等なら、俺だって何も言わないままにしたいんだけどね」




