第94話 普通に理事長室にいる
『学院』に戻る、ということ自体はそう難しくもなかった。アリサさんの偵察通り、『学院』の外まで追手が潜んでいたわけじゃなかったから。それはそれとして道行く人たちの注目を集めがちにはなっちゃってたけど……まあ『大祓戦羽衣』は真っ白いし袖や裾がやたらめったら振れるしで、王都の服装とはだいぶ趣が違うからねぇ。はなっから目立つ格好をしてるんじゃ、アリサさんの認識阻害の諸々もあまり効果がないみたいだし。
「言っちゃなんですが、豪華な死装束って感じですねぇ」とは、そのアリサさんの弁だ。忍者の死装束に雰囲気がちょっと似ているらしい。他所から来た母様も似たようなこと言ってたし、案外、源流は近いところにあるのかもしれない。
で、その『大祓戦羽衣』のいろんな利点のうちの一つに、着てるだけでカミへの知覚が鋭敏になるっていうのがある。まあそれがなくたって見逃しはしなかっただろうけど、とにかくわたしの感覚は、アドレア・バルバニア──彼女がその身に宿したカミの存在を間違いなく感じ取っていた。
「すごいねぇ、全然逃げも隠れもしてない。普通に理事長室にいる」
アリサさんのおすすめ侵入ぽいんとから『学院』の敷地内に入って、あらためて相手方の肝の太さに驚く……いやむしろ呆れちゃう。学生寮の裏手付近、周囲には人影もないようだけど……
「──おっ……と……うわぁ……」
敷地内の各所、恐らく向こうが重点的に警戒してたんだろう複数の地点から、一斉にカミの力が立ち上った。せーので示し合わせたように全く同時に、全く同じ適合度で。ものすごく記憶に残ってる感覚で、過去の二回と違うのはその数。同時に十人、片鱗を使ったっぽい。『大祓戦羽衣』によって尖った知覚でなら、なおのことその異質さが感じ取れた。本当に、完全に同じ力の度合いだ。ムラとかブレみたいなものが一切ない。きもちわるっ。
「……ハトア・アイスバーンの帰還も視野に入れておいた方が良さそうですね」
わたしの説明を受けてアリサさんがそう呟く。その隣では、先生が表情を引き締めていた。
当然のようにわたしたちの侵入は一瞬でバレたけど……まあ、それは織り込み済み。気付いても逃げず、むしろこっちを捕らえようとしてるっぽい辺り、本当に豪胆だ。
「──幸い、一人一人の適合度自体はそう高くないわ。一対一でなら、レヴィアでも対抗できる程度よ」
アーシャはもう既に、布を取り払った『アイリス』を携えている。身の丈の三分の二くらいのその長杖によって、アーシャは魔法の最深層にまで手を届かせられるようになるし、その領域であれば、例えばカミの気配を感じ取る魔法、なんてものすら発現できる。アーシャならね。
……だけど。みんなはそんなアーシャの凄さよりも、『アイリス』の見た目にびっくりしちゃってるみたいだった。全部が艶のない白で、たくさんの節が連結していて、それが緩やかな曲線を描いた一本。まあ、その……まんま背骨です。人間の。
「それは、イミテーション……では、無いんだろうな」
「ええ、人骨よ」
「正直に申し上げますが、凄まじい趣味の悪さですねぇ」
「言っておくけど、作ったのは私じゃないわ」
アリサさんの率直な感想には、わたしもアーシャも全面的に同意っていうか。作った本人以外はみんなどん引きだからね、これ。
「後日にでも、ぜひ説明を求めたい所ですが……」
「それは……事が済んだ後の私達の関係次第でしょうね、先生」
「…………」
少し考え込むような先生の沈黙で、『アイリス』に関する質問はひとまず終わり。なにせ、感知した十の反応がこっちに向かってきてるからねぇ。
「まーあ兎に角、我々にも仕事が有りそうで何よりですね。雑兵どもの相手は任せて下さいよぉっ!」
マニさん、レヴィアさんも頷いて。アトナリア先生も大きく首肯……に合わせて一言、二言。
「……もしもハトアを発見し、そして彼女が抵抗するようなら……私が相手をします」
「あの女もカミの片鱗を用いてくる可能性はゼロではありません。その場合はワタシもサポートに回りましょう」
今の先生なら、ハトア・アイスバーンの相手を任せても大丈夫だと思う。わたしは手を出さないのかって言うと……それはまあ、状況による。わたしとアーシャ、このまま理事長室に跳ぶし。わたしたちが首謀者他を捕縛するまでのあいだ、邪魔立てされないように他を足止めするのがみんなの役割。
「……しかしなんだ。となると最悪、わたしとマニの二人で他の連中を相手取らねばならんのか」
「……全力は、尽くしますが……囲まれると厳しいかも、しれません……」
「ちょいちょいそっちの手助けもしてやりますよ。ワタシを誰だと思ってるんですか」
「「「「「……胡散臭い忍者」」」」」
「胡散臭いは余計ですって!っていうかワタシ、先生からもそう思われてたんですか!?」
「それは、まあ……」
「ショック!!」
ふざけてるように見えるかもしれないけど……今はアーシャの準備待ちだからせーふ。視認してない場所に、しかも意味が分からないくらい(アリサさん談)何重にも防護が敷かれてる空間に転移するには、さすがの全力アーシャだって色々条件を揃えなくちゃいけない。少なくとも本棟最上階が見える地点まで行くとか、野良の妖精たちを呼び集めるだとか。呼び集めるっていうかまあ、元々アーシャに付いてる子たちがめちゃめちゃはしゃぎ回ってて、その影響で勝手にどんどん集まってくるんだけど。
「『アイリス』!『アイリス』がいル!」
「みんな集まレー!すごいゾ!すごいゾ!」
「ナンダナンダ?」
「奥方と『アイリス』が揃ってル!」
「スゴイのカ?」
「ちょーすごイ!」
「ちょーすごいゾ!!」
相変わらず、要所要所で意図が伝わってこないなぁ。妖精たち的には、これで瑕疵なく会話できてるらしいんだけど。
「うるっさいわね……」
いつにもましてしかめっ面なアーシャを先頭に、寮の建物横を駆け抜けていく。いろんな棟に繋がってる大きな外通路の合流地点、中央棟を真正面に据える開けた空間で立ち止まり、『アイリス』をかざしたアーシャの左手を握……ろうとしたら、腰をぐいっと抱き寄せられた。むぎゅー。
「じゃあ、私達は行ってくるから……あいつらの相手は任せたわよ」
「了解しましたァ!」
四方からこちらに迫ってくる黒い影を纏った学生やら教師やらを一瞥してから、再び視線は中央棟のてっぺん付近へ。三十か、もっといるかもしれない妖精たちの半数ほどが姿を消し、残りの半数がきゃいきゃい姦しい叫びを上げた。そんな中で、静かながらも耳に入り込んでくる、アーシャの声。
「──妖精共──、───」
一瞬だけ視界が暗転し、直後にはもう、わたしたちは理事長室の中にいた。
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