第77話 なに言ってるか分かる?
明けて翌日。
さてと、今日もアリサさんアトナリア先生の二人と意見を交えてみます。昨日もお昼、夕食と報告の場は設けていたけど。一晩経って、互いに纏まったり思い付いた考えなんかもあるかも知れないし、ね?
午前中からわたしとアーシャの部屋に集合して、四人で卓を囲む。もちろん念の為、アーシャの魔法で外に声が漏れないようにもしてる。
「──まぁ結局、進展は無い訳なのですが」
口をへの字に曲げて、申し訳ありませんなんて言うアリサさん。とはいえまあ、こう言っちゃなんだけど、今さら一朝一夕でことが進むだなんて思ってはいない。先に決めた通り、悔しいけど基本は次の『騒動』に備える待ちの姿勢に近い。それまでに各々、できることを頑張っていこうねって段階。
「いやホント、忍者としては不甲斐無い限りですよ」
だけどもやっぱり、情報の扱いって点に秀でてる彼女だからこそ、歯痒い思いをしてるのかもしれない。おちゃらけてるけど、なんだかんだ真面目な人だと思ってるし。
「アリサさんが、本人の言う通り優秀な諜報員であるならば……それだけ『学──『相手』の隠蔽工作が常軌を逸しているという事でもあります。カミ、などという超常の存在が関わっているのであれば、それこそ常識の埒外の手法を用いている可能性も」
すぐさまふぉろー?のような言葉を挟む辺り、アトナリア先生はなんだかんだアリサさんと上手くやれてるみたいだ。まだ、『学院』を明確に敵と呼ぶことには抵抗があるようだけど。
「……相手はカミを研究対象として捉えている。そう捉えられる程の能力・技術を有している。その前提を置けば、既存の情報隠蔽手段を超える何かしらを有していてもおかしくはない」
言葉尻を拾って続けるアーシャは、今日も今日とて後ろからわたしを抱えている。
そもそもその「既存の情報隠蔽手段」とやらにすら疎いのが、わたしとアーシャの問題点……っていうのは、言わないお約束だ。
「アトナリア先生の、理事長室の防護を突破した盗聴魔術。ワタシとしてはこれが、未知に対抗し得る未知だと考えているのですがねぇ……」
「いえ、あれは偶発的に生じた既存外の魔術だったが故に、既知の防護術式をすり抜けられたに過ぎません。未知に対抗する為の未知ではない」
「イヤしかし、手慰みの偶然と言うにはあまりに成果が大き過ぎますよ。術式を精査してブラッシュアップすれば、より有効活用できる可能性が大いに──」
みちみち、みちみち。ぶらっしゅあっぷ。
急に知らない言語で話し始めた先生とアリサさんに、わたしはあっという間に置いてけぼりに。なので一段落付くまでアーシャの胸にもたれかかって待つ。バディを組んで数日、どうも二人は折りに触れ、こうやって魔術について議論を交わしているらしい。
「──しかし精度が上がれば上がるほど、術式も手間も膨らみ隠密性が失われてしまいます。それでは盗聴にならないでしょう」
「そこで忍者の出番ですよ先生っ!探査魔術をすり抜ける手段に関しては一家言ありましてねぇ──」
「──興味深い話ではありますが……高精度の傍受と隠密性の両立となればより一層、費用対効果は悪くなる一方です。一個人で扱える魔術の範囲を超えてしまうのでは?大掛かりで取り回しの悪い盗聴魔術など、それこそ本末転倒というもので──」
「…………アーシャ、なに言ってるか分かる?」
「……多少は。魔術の専門的な知識は無いけれど、盗聴に関しては私も似たような模索をしたわ」
「そっかー」
ついこのあいだ盗聴の魔法を編み出したアーシャには、付いていける部分もあるらしい。とは言っても、魔術と魔法じゃやっぱり、根っこの部分が違うみたいだ。
ちなみに理事長室の防護は魔法にも対応していて、現状はアーシャでも突破は難しいらしい。なりふり構わなければいけるかもしれないけれど……それじゃあ先生の言う通り盗聴にならない。間違いなくバレて、こちらからの明確な加害になってしまう。
アリサさんの言うところの「ケチが付く」ってやつ。それでも確実に欲しい情報が得られるとは限らないわけで。ままならないねぇ。
「──アーシャ、今日のお昼ご飯どうする?」
「そうね……イノリは何か、食べたい物とかあるかしら?」
──と、それからもう少しだけ、アリサさんと先生には好きに議論してもらっていたけど。中々終わりそうにないってことで、適当なところでアーシャが咳払いを一つ。
「……失礼しました。ついヒートアップしてしまって」
「いえいえー。仲良くやれているようで何よりです」
「当然です、バディですから!」
「良かったねぇ」
反応一つとってもこの差。凸凹な気もするけど、やっぱりそれくらいの方が仲良くできるんだろうか。マニさんレヴィアさんも結構……えーっと……きゃら?が違うし。
まあまあともあれ、話は『騒動』へ戻り。やっぱり研究熱心なアトナリア先生から一つ、質問が。
「そもそも理解が及んでいないのですが……カミが『学院』に居着いているとは、どのような状態なのでしょう?敷地や建物が生徒達のように憑依されている──貴女方の言う所の“魅入られた” “這入られた”状態にあるという事でしょうか?」
そうか、そもそもこの感覚が、普通の人には想像しづらいのか。アリサさんたちがなんにも言わないのもあって失念していた。ここのところ先生なりに考えてはいた……けど分からなかった、ってことらしいんだけど。
「あー……うーん……」
なんとも説明しづらい話でもある。
ひじょーにこう、血族の感覚によるところが大きいというか。口をもごもごさせながら、なんとか返答を試みる。
「えーっと……まず居着くっていうのは、先生の言う憑依とは違います。あれは人を通して、カミの力が明確に表に出てくる状態というか……」
たとえそれが、片鱗であろうとも。だからその瞬間にカミの気配が膨れがり、黒い影となって立ち上る。
「その、表在化する前の状態、薄っすらと漂うカミの気配が『学院』全体から漂ってる現状を、わたしは“居着く”って表現してるんですけど……」
これで伝わるかなぁって感じの、我ながら拙い説明。再三だけど、これ自体がめったにない状況なものだから。どうしたって言葉にするのが難しい。
それでも先生は、真面目な顔で少し考え込む素振りを見せて。
「……聞けば聞くほど。理解の及び難い存在ですね」
でも結局、返ってきたのはそんな言葉。
「ですよねぇ……」
わたしたち霊峰の血族ですら、時代によって呼び方も定まらない相手なのだから。そんな簡単に理解しろってほうが難しいと思う。
カミって、神様って不思議だなぁって。改めてそんな風に思ったお昼前でしたとさ。
──あ、今日のお昼は部屋でアーシャが湯がいた冷やしそうめんでした。
アリサさんがカレーをかけようとしてて、正気かな?ってなった。
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次回更新は5月30日(火)12時を予定しています。
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