第39話 歓談
「――ふむ。バーナート嬢、何か心境の変化でもあったのかの?」
「……まあ、少し」
「ふむ、ふむ。魔法の出力自体は変わってはおらぬが……その心持ちが、成長の切っ掛けとなる事を期待しておるぞ」
「はい、精進致します」
『魔法実技』の講義。
レヴィアさんの、以前までの生き急いだような様子はすっかり鳴りを潜めていて。当然気が付いたウルヌス教授も、何だかそれっぽいことを言っていた。
レヴィアさんに付いてる妖精さんは、ちょっと拗ねてるようにも見えるけどね。
そりゃ、あんなモノに手をだそうだなんて、機嫌を損ねても仕方がないとは思う。それでも愛想を尽かしたりしない辺り、何だかんだレヴィアさんのことを気に入ってるのかもしれない。
まあ、他人様の妖精さん事情に首を突っ込むつもりはないけど。
「では最後に、アーシャ嬢。前へ」
「はい」
いつもの流れでアーシャが呼び出されている間に、戻ってきたレヴィアさんに声をかけてみる。
「――力が欲しいか」
「……お前にはデリカシーというものが無いのか」
でりかしー。
何だろう。あとでアーシャに聞いておこう。
「良く分かんないけど、調子はどう?力が欲しい?」
「それは、欲しくない訳はないだろう……だが」
口をへの字に曲げて、こっちの方は見ようともせず。視線は変わらずアーシャの方に向いている。でもその瞳に、以前までのような対抗心は浮かんでいない。
「お前らからもマニからも縛られて、それでもなりふり構わず突っ走れるような気分ではない。少なくとも今はな」
それに、と声に出さずに動かした口振りで、読み取れてしまう。
カミの力に手を染めてすら、アーシャには勝てなかっただろう。
レヴィアさんがそれを、よくよく理解してるってことが。
「半端に力を得てからお前の魔女を見ると、格の違いというものを痛感するよ」
わたしたちの見守る中で、アーシャは今日もばっちり課題を達成して見せた。
まばらに起こる拍手の中には、今まではなかったレヴィアさんのそれも混じっていて。
ぱち、ぱち、ぱち。
消えかけの焚き木が爆ぜるような、小さく弱々しい音。
そのまま消えてしまえば、わたしとマニさん的には万々歳だなぁって。
そんな風に思った。
◆ ◆ ◆
んで、その日の夕食時。
今日は「偶の食堂の日」なのでアーシャと連れ立って、まあアリサさんも付いてきて、寮の食堂に行ってみた。
「おまたせー」
「……いえ、私たちも……今来たところです……」
ほぼ毎日食堂を利用してるらしいマニさん、レヴィアさんと合流し、大きめなテーブルに陣取る。
率先して料理を取りに行ってくれたアリサさんのお陰で、わたしとアーシャは座りっぱなしで夕飯にありつけた。マニさんとレヴィアさんは「ひよっこぉ!」って連行されてたけど。
今日はおうどん。麺類はおいしい。しかし残念、アーシャの手打ち麺には勝てないのだ。
そのアーシャは小さなサンドイッチの詰め合わせ、アリサさんは「偶の食堂の日」は大体カレーうどん。マニさんは前と同じようなでっかいステーキ、レヴィアさんはなんか体に良さそうな緑多めの焼き魚定食。麺、パン、麺、米、米。米め、今日のところは引き分けにしておいてやろう。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
静か。
元々アリサさん以外はうるさい人もいないし。最近気付いたけど、どうもそのアリサさん、カレーうどん啜ってる時は静かになるっぽいし。
「……そういえば……」
でもまあ、そんな空気感でちゅるちゅる啜ってたら、マニさんがおもむろに声を漏らした。
「……以前、イノリさんは……家庭の事情で、生き物を殺せない……と、仰っていましたが……」
「うん」
あーなんか、前にご一緒した時にちらっと言ったような。
似たような状況になってふと思い出した感じかな。
「……それはやはり、血族の……?」
聞いて良いのか悩むような喋り口。
まあ、それくらいなら教えても大丈夫でしょう。たぶん。
「えっとねぇ……生き物……特に動物を殺すと、力が削がれていっちゃうんだよねぇ」
具体的に、どういう仕組みでそうなるのかは分からない。
けれども確かに、かなーり昔まで遡った代の当主が、そういう風に制約を設けたらしい。
「動物を直接殺さない」「短命」「血族内で力の総量が決まっている」「血を直接使う」「反動がある」その他諸々なんやかんや。長い年月の中で色々なものを対価にして、霊峰の血族はカミを祓う力を強めてきた。
一個人、一世代で終わるものではなく、永劫に渡って血族全体を縛り付ける何某かを課し、それを幾重にも幾重にも重ねて、また長い時をかけて血に定着させていく。
人間が神様と渡り合おうだなんて、それくらいしなきゃとても叶わないんだから。
特にわたしは歴代の当主の中でも力が強く、つまりその分だけ、血族内の他の者たちの力が弱まってるってことでもある。「血族内で力の総量が決まっている」って制約に従って。お上が外から戦力を調達しようとしてるのは、そこを気にしてっていうのもあるのかもしれない。分かんないけどね。
……っていうお話は、心の内に秘めておきます。
下手をすると、アリサさんはここまで調べてる可能性もなくはないけど。まあ、それはもう情報を盗まれたお上が悪いでしょ。わたし知らない。
「もちろん、食べないってわけじゃないよ。直接手にかけないだけで」
というわけで話は不殺についてだけ。
アーシャがサンドイッチを開いて見せた、うすーく切られたろーすとびーふをお箸で摘まみ上げて、ぱくり。
「おいひい」
「そう、良かった」
お肉は大事だからね。集落にも、最初から力を失うこと前提で、皆の為に狩りをする家系がある。わたしの分は、もっぱらアーシャが狩ってきてくれてたけど。
……冷たい言い方になっちゃうけど、血族が外の人を招き入れる利点はこれだ。制約に縛られていない人員になり得る。だから稀に現れる迷い人なんかは、ほとんどの場合そのまま集落に引き入れる。外部に情報を漏らされたりしても困るしね。わたしの母様もそんな感じだった。
っていう話をして、この話題は締め。
あんまり長引くと、うっかり話しちゃまずいことまで言っちゃいそうだし。
「聞けば聞くほど珍妙な一族だな……」
聞き終えたレヴィアさんが鼻を鳴らしながら言……ってすぐ、マニさんに肘で突っつかれてた。
「……レヴィア……上司に対して、失礼だよ……」
「ふん、わたしにとっては胡散臭――痛っ、わ、分かったから……!」
うーん微笑ましい。
や、レヴィアさんにとっては笑いごとじゃないだろうけど。はたから見てる分には、ね。
一応マニさんは、わたしたちのことを上司として見てくれてるみたいで、お友達でもあり、上司部下の関係でもある、不思議な間柄になりつつある。なんのかんの、レヴィアさんに首輪をはめられたのはわたしたちのお陰ってことで、感謝もされてる。
この調子で安定しててくれたら、こっちとしても部下として友人として接しやすくて助かるね。
「しかしご主人様のお母上ですか……是非とも会ってみたいものですね」
とは、汁を味わってたアリサさんの言葉。
「わたしが言うのもなんだけど、ちょっと変な人だよ」
もし会うのなら、当然霊峰まで来てもらうことになるんだけど。このメイド忍者がそこまで信頼に足る人物だとは、現時点では言い難い。
どこかしらでこの人の評価というか、本当のところ裏があるのかどうかっていうのを見極めないといけないんだけど……
「……アーシャ、お返し」
「あー」
わたしたちには、荷が重いんじゃないかなぁ。
そんなことを思いながらアーシャにうどんを一口あげてみたり。
それを見たアリサさんが無言で興奮しだしたり。
マニさんが(その手があったが……!)みたいな顔でお肉を切り分け始めたり。
静かに卓を囲むこと自体は、そう悪いものでもなかった気がする。
まあ、静かなのはアーシャの魔法のおかげなんだけどね。
お読み頂きありがとうございました。
次回更新は7月7日(木)12時を予定しています。
よろしければ、また読みに来て頂けると嬉しいです。




