5話
テオと名乗った彼のことは、本当にうっすらしか覚えていない。
私よりも少しだけ年上で、私は彼のことがとても好きだった。
母方の祖父母も貴族で、今はもう縁が切れているのだけれど……隣国である獣人の国メギドラと接した、静かな土地だった。
当時、母がまだ生きていた時はよく遊びに行っていた。
ちょうど国境沿いには大きな森があって、そこには近づいちゃいけないって言われていたものだ。
でもその森近くの草原が、私のお気に入りの場所だった。
侍女や護衛を連れてピクニックによく行ったっけ。
そこで、私はテオと出会ったのだ。
(そうよ……そう、テオだわ)
黒髪に、金色の目。
あの時は私よりも年上とは思えないくらい背がちっちゃくて、やせっぽちだった。
森の中にいて、いっつもオドオドしていたっけ。
森の中からこっちを見ていたのを私が見つけて、引っ張り出したのよね。
あの頃は……そうよ、私よりも背が小さかった男の子。
でも目の前にいる彼に、その面影が今になってようやく重なった。
「お、大きくなったのね……!!」
「ふふ、そうだね。すっかり成長したろう?」
「ええ、ええ、びっくりだわ!」
思い出してきた。
テオは、とっても可愛かったのだ。
目がくりくりしていて、照れ屋さんで。
他の大人たちのことは苦手で私の後ろに隠れちゃうところがあって、守ってあげなくちゃって思ったのよね。
今思うと何言っているんだって話なんだけど、あの頃は子供特有の全能感っていうのかしら、そういうのがあったから……。
覚えていないけれど、森の中から現れた少年を連れ出した私に、きっと侍女も護衛の騎士も随分と手を焼いたに違いない。
それでもテオとたくさん遊んだ記憶があるってことは、最終的に許してもらえたってことかしら。
いや、朧気な記憶を辿ってもあの頃のテオは弱々しかったから、危険はないと判断したのか……あるいは痩せっぽちの子供に同情したのか。
どっちもありそう。
「そういえば、私を探していたの……?」
「そうだよ。積もる話もあるからここじゃなくて近くの村に行かない? その様子だとリウィアも向かっていたんだろう?」
ドキリとする。
果たしてテオは味方なのか、敵なのか。
このタイミングで突然現れた彼に、私はどう対応するべきなのか……。
「……ええ。この道を行ったところの村でしょう?」
私はにこりと笑ってみせる。
彼が味方か敵か判別できないなら、当たり障りない会話をしてやり過ごすしかない。
いずれにしても私の目的は変わらない。
あの人たちから無事に逃げ果せること。
今は何よりも、それが一番重要なのだ。
(テオが味方であれば嬉しいけど)
でも昔少し遊んだだけの相手を信頼しろという方が無理だ。
懐かしさはあっても、私にとって目の前の〝テオ〟は知らない人も同然なのだから。
「そうだね、僕もその村にさっきまでいたところだ。ただ、メギドラから来たばかりだから村の名前は知らないけど……とにかく、その村に向かうなら一緒に行こうよ」
「えっ? メギドラ?」
当たり前のように私の手を取ったテオに思わずビクッとしてしまったけれど、それ以上に彼の発言に私は驚かされた。
だって、メギドラ――それは隣国の名前だったから。




