48話
テオから衝撃的な告白をされて、私はただぼんやりとしていた。
その間も王城内で令嬢教育や世界情勢について学んではいたけど……それでもあの日、いつテオたちが帰っていったのかすら記憶が怪しい。
ただわかるのは、私たちはやっぱり両思いだったってことだ。
カフスを手に取った時は『両思いだったら、その後はなるようになればいい』なんて思っていたけど……今は状況がさらに変わって、私は戸惑う。
「心ここにあらずと言ったところね、リウィア嬢」
「王妃様……申し訳ございません」
私を労うという形でお茶に誘ってくださった王妃様は、優しい笑みを浮かべて軽く手を振って使用人たちを下げた。
「実のところを言えばね、国王陛下は我が娘の一人をメギドラ王に嫁がせるおつもりでいたの。国家間の友好関係を築くには、婚姻が手っ取り早いでしょう?」
「それは……」
「けれどテオバルド殿は最初からそれを拒まれた。父王とは異なり、唯一だけを愛したいと。たとえ選ばれなかったとしてもって」
「……」
選ばれたい。そう言ったテオの声が、蘇る。
メギドラ人が望んだ、初代国王のような絶対的な力を持つ竜の血を継ぐ若き国王。
混乱を収め、他国との関係も復活させた賢君。
そんなテオの功績を考えれば、これからのメギドラが良い国になるだろうと期待が寄せられるのは、想像に難くない。
「貴女を養女に迎えるということもできたわ」
王妃様は事もなげにそんなことを仰る。
だが、その通りだと思った。
彼が〝唯一〟望むものを差し出すことが、ユノス王国にはできる。
私はこの国の貴族令嬢だから。
「でもね、貴女は何もないままの方がいいと思ったの。ああ、決して誤解をしないで欲しいのだけれど、貴女の育ちを馬鹿にするものではないわ」
王妃様は優雅にお茶を飲む。
それは私にはできない、培った経験が見せる優雅さだった。
「何もないままというのはね、貴女がまっさらだと思ったからなの。確かに貴女は特別なことなんて何一つない、知識も、教養も、後ろ盾も。けれど……なんて言えばいいのかしら」
王妃様の眼差しは、優しかった。
亡くなった母を思い出させるような、慈愛に満ちた眼差しだった。
「貴女は辛い目に遭ったわ。勿論、貴女以外にもいるけれど……でも、その中で貴女は負けなかったでしょう。勝つこともなかったけれど、諦めることなく生きることを選んだ。そうした選択ができたのも、そしてその選択の中で捻くれることなく真っ直ぐ生きてきたのも、素晴らしいことだと思ったの」
「……そう、でしょうか」
今回の件で、グレッグが行ったようなことは他の家でもあったと知った。
それでも問題視されてこなかったということは、未然に防ぐことができたか、あるいは賢く回避できたのか。
私には、できなかった。
こうして問題になったのを、たまたま拾い上げてもらっただけだという自覚があるから、王妃様のお言葉を素直に喜ぶことはできなかった。
勿論、運が良かったということを喜ぶ気持ちはあるし、感謝だってしているけれど。
「リウィア嬢、貴女と過ごして教師たちもそうだけれど、わたくしも貴女が誰かを恨んでいるような言葉や態度を見せたことがないと感じています」
「恨み、ですか……?」
「ええ。貴女の立場なら、もっと世間を恨んでいてもおかしくなかったの。貴女が酷い目に遭ったのは十二歳。十分に分別がつき、周囲の環境なども知っていた。そして貴女を虐げた者たちを憎んでも良かった」
「……」
言われるまで思いつかなかった。
いや、以前は少しくらい思っていたかもしれない。
使用人たちの安全を盾に、私の両親の形見を盾に、あの人たちはやりたい放題だったから。
最終的には私の貞操や、将来も食い潰そうとしていたのだから。
「怒っては、いました……」
「ええ、そうね。けれど貴女は正しい裁きが下されるのであれば、それでいいと言いました」
「はい……」
正しく、あの人たちが裁かれるならそれでいいと思った。
もう一度会いたいとか、和解したいとかは、これっぽっちも思わないけど。
ただまあ、グレッグに対しては殴ってスッキリしたからってのもあるかも?
さすがに王妃様にお話はできないなと思って口を噤んだ。
「貴女は年齢の割に幼い。それは育った環境のせいです。けれど、年齢に関係なく哀しみを怒りに、怒りを憎しみに、そうして心を歪ませてしまう人は少なくありません。たとえそれが恵まれた環境であっても」
王妃様は、微笑んでいたけれど……悲しそうだった。
どうしてかはわからない。
ただ、私の手を優しく握った王妃様の手は、とてもあたたかい。
「そんな真っ直ぐな貴女なら、国を超えて繋がりを保つ何かを見つけ出してくれるのではないかと思ったの。どんな些細なことでもいいから……」
「王妃様」
「そしてそんな何もない貴女だからこそ、竜は求めてやまないのかもしれないのではないかしら」
私にはやっぱり、少しだけ難しくてわからない話だ。
だけど……ちょっとだけ、私がやれそうなことも見えたかもしれなかった。




