47話
「過去に竜人として自分に価値を見出せなかった俺は、君に出会ってただの子供でいられた。リウィアの傍にいる時だけは、何も考えなくて良かった」
「……でもそれは、私が何も知らなかったからで……」
「そうだね。俺も、よくわかっていなかった。竜の血筋も、王族の重さも、何も。でも俺にとってリウィアはあの時から、俺の全てだった。守ってあげたい子に渡す鈴、大切に想う……その意味もわかっていなかったと思う」
テオと私を繋ぐ鈴。
テオの、お母さんが残したというお守り。
「俺はあの時、もう既にリウィアをツガイと定めていたんだ。無意識にね」
「そんな……」
「幼い頃の思い出を美化しているのかもって、何度も思ったよ。だけど、こうして再会して……すぐに『この子だ』ってわかった。変わっていなかった」
そんなことないよ、って言うべきなのに、声が出ない。
あまりにもテオが甘ったるい眼差しを向けてくるものだから、喉が張り付いたみたいだった。
照れくさいとか、好かれて嬉しいだとか、そういう感情じゃなくて。
向けられる愛情に、まるで溺れて呼吸ができないようだ。
「イェルクが言ったように、竜の愛は他のどの獣人よりも重たく、一途だ。一人と定めたらその相手以外を受け付けない。でもだからこそ、俺はリウィアを怖がらせたくなかったし……好きになってもらいたかった」
だから一人称を僕にした。
物腰柔らかに、怖がらせないように。
何かから逃げているのを察して、逃げ場になれるように。
自分の信頼できる部下たちに守らせた。
「逆に俺たちが助けられちゃったけどね。……お世辞抜きで、この国の人たちと接するのにリウィアがいてくれて助かったのは本当のことだよ。正直なところ、俺はそこまで他人の目を気にしていないから彼らの手助けには不向きだったし」
「テオ……」
「俺はリウィアに会いたいから国王になった。国王になって誰かを助けたかったわけじゃなくて、リウィアは『困っている人がいたら助けるものだ』って俺に教えてくれたから、そうしなきゃって思っただけなんだ」
テオの、行動も、言葉も、そのそこにあるのは私なのだと言われても正直なところよくわからない。
ただ、とんでもなく重たい愛情を真っ向から向けられているってことだけは、理解できた。
「自分でもわかっているんだ。この愛情は普通よりちょっとばかり……その、なんていうか、厄介な愛情なんだろうなって。でもリウィアは俺に、カフスを贈ってくれたろう?」
私は自分の頬が熱くなるのを感じた。
カフスの意味、それはこの国では女性からの〝告白〟だから。
テオはその意味を知っていて、つけてくれている。
今も宝物に触れるように、優しい目を向けて撫でている。
一国の国王が、市井の小さな店で売っていた安物のカフスを。
「だからこそ――あの日、カフスと共に来た報せに俺は絶望したんだ。君に会うために、守るために国王になったはずがまたこの手をすり抜けるのかと……どれだけ自分が間抜けなのかって」
テオの手が、震えていた。
どこか泣きそうなその表情が、幼い頃の彼を思い出させる。
これまであまりにもぼんやりとしていた記憶のテオが――鮮明に。
「ずっと恋い焦がれている。俺は、君に選ばれたい」
選ぶのではなく、選ばれたい。
その言葉は、私に深く突き刺さった。




