46話
そうして私は特使になってしまった。
なんの知識も、経験もない小娘が、である。
メギドラにはもうじき出立することになり、私の教育係兼補佐役の女性官吏と護衛の騎士、そして私付きになるという侍女の選抜が王城で行われているのでそれ待ちである。
(……使節団の一時的なお世話もいやがったのに、私の侍女になってメギドラに行くのを了承する侍女なんているのかしら……?)
選抜にものすごく時間がかかりそうだなあ、なんて思う中、私は王城でしばらく教育を受けつつ毎日テオと、テオの護衛役として使節団の誰かが一緒に来てくれていた。
おかげで寂しさはまるで感じない。
今日はイェルクさんだった。
「良かった良かった。リウィアが特使になってくれるなら俺はユノス王国と上手く付き合っていけるよ。これからもよろしくね」
「ありがとう、リウィアさん! これでテオの精神面も安定してくれるから大助かりです!!」
尻尾をぶんぶん振って朗らかに笑うイェルクさんだけど、あちこちに絆創膏を貼っているのは……いや、うん、聞かない方がいいんだろう。
というか、イェルクさんはテオと遠い親戚らしく昔から一緒にいるらしいのだ。
そのため彼だけは最初から『テオ』と呼ぶことに違和感はなかったらしい。
なんでもイェルクさんのお母さんがテオのお母さんの遠い親戚だって……犬獣人繋がりだそう。
だからある意味テオに対して数少ない〝忌憚ない意見を言える立場〟らしいのだけれど、レネさんに言わせれば『空気が読めない駄犬』らしいので不思議な関係だなあと私は思うしかない。
「……特使って、何をすればいいんですか?」
「そうですねえ。基本的には陛下と一緒に公務に出ていただいて、ユノス王国だけではなく他国に対しても、メギドラが危険な国ではないと示していただけたら。一番いいのは陛下に嫁いでいただいて、幸せっぷりを披露していただけたら最高なんですが!」
「とつっ……」
「おいイェルク、リウィアを困らせるんじゃない。俺たちはまだ再会して間もないんだぞ……?」
「あいたたたたたた痛い痛いこれマジなやつですよね陛下おやめください頭が割れるゥ!」
「少しくらい恋人の時間を楽しむ猶予があったって構わないだろう、急かすんじゃない!」
「こいっ……!?」
この最近の環境の変化がめまぐるしいだけでも驚きなのに。
嫁ぐだの恋人だの、この人たちは何を言っているんだと呆然としていると、そんな私に気づいたらしいイェルクさんがにやりと笑った。
相変わらず頭をテオに掴まれたままだけど。
「おやおや~? テオ、もしかして恋人として認識されていないんじゃないですか? リウィアさん、竜の血脈は我ら獣人の祖と言われていますが中でも愛情の深さがすごいと伝説にも残されているくらいなので、もうここは諦めていただいた方がよろしいかと……あだだだだ」
「イェルク、言い方ってものがあるだろうが! リウィアが怖がったらどうしてくれる!」
「だって言い繕ったってしょうがないじゃないですか、陛下はもうリウィアさんをツガイとして認識してらっしゃるんですから!」
じゃれつくように言い合いをする二人の言葉に、私は目を丸くする。
ツガイ? ツガイと言った?
(……私が? テオの?)
ツガイは理性を失わせるほど情熱的になると聞いていたけれど、テオからは一切そんな雰囲気は感じなかった。
それはもう甘ったるい……甘やかされていたと思うし、好意は最初から向けられていた、とは思ったけど。
「イェルク、席を外せ」
「さすがにご令嬢と二人きりってのはまずいですよ、ユノス王国側から苦情が来ますよ?」
「じゃあドアを開けておけ。お前がドアの外に立って、人が来ないように気を配れ」
「人使いが荒い!」
そんなことを言いつつ、イェルクさんが私に向かってにっこり笑った。
もしかして、私たちの仲を進展させようと気を使ってくれた……のかもしれない。
(そうよ、私は告白しようとしてたんだった……)
でもそれはテオが国王だと知らなかったからで。
でも、でも……イェルクさんは私がテオのツガイだと言った。
「あの……陛下、いいえ、テオ」
「……あの日、レウドルフが俺の前に君からの贈り物を持って報告に来た日、俺は喜びと絶望をいっぺんに味わったんだ」
「……え」
何かを言わなくちゃ。
でも何を言ったらいいんだろう。
そう思った私の言葉を制して、テオはそう言って困ったように笑った。
私は、ただ呆然とするしかできなかった。




