42話
頭がクラクラする、というか……なんでこんな大事になったんだっけ?
「大事……と言えばだけど、グレッグたちはいったいなんの罪を犯していたの?」
「ああ……リウィアは疑問に思ったことはなかったかい? 俺たちメギドラ人と過ごして、彼らが伴侶とどのように向き合ったのか聞いて」
「それは……」
「実際、もう一世代、二世代ほど昔だったりすると乱暴なこともあったことは事実だ。だけどそれにしてはあまりにも被害を訴える数が多いと思わないかい? メギドラが閉鎖的で、実質的な調査がされていなかったことも原因の一つだけどね……」
語られた内容は、あまりにも酷い話だ。
メギドラ人が伴侶を求めて――それもツガイと感じた人を強引に連れ去った事例がいくつも見られたことが大々的に問題になった頃の話。
「それは実際にその通りなので申し開きもないのだけれど」
ただし、メギドラにおける正式な記録と、その当時の相手国側の正式な記録が残っていたためにその件については両国において話し合いの結果、穏便に問題が解決されたとされている。
人の口に上った悪意ある噂話が、あれもこれもと悪い話を付随して広まってしまって公式の発表を塗り替えてしまい、今に至るのだという。
実際、その解決の後もメギドラ人による〝ツガイ騒動〟は幾度も起きていたことがわかっている。
ただそれに便乗する形で――誘拐が、行われていたことも判明したのだ。
世間を騒がせた〝メギドラ人のツガイ騒動〟に乗じる形で、各国から年頃の女性や若い男性が姿を消した。
きっとメギドラ人がいくら言われても反省せずに、大事な家族を連れ去ったに違いない。
獣耳の人間を見た、ああ、あれはあの子が行方知れずになった数日前のこと……。
そんな風に言われれば、人は安易にそうと思える話に乗じてしまった。
「それほどまでにメギドラ人の信用が地に落ちていたと言われればその通りなので、笑い話にもできないんだけどね」
テオは笑う。笑い話にならないと言った後、すぐに。
私の方がどんな顔をしていいのか、わからなかった。
「で、まあ……俺が国王になってすぐに信頼を回復しようにも、まずはその汚名を返上するところからやらなきゃならなかった。各地の、メギドラに来てくれた伴侶たちに事情を聞いて、それが本当に無理矢理だったのか事実確認をとって各地のご家族に安否の連絡を送る算段をつけたりね」
その過程で、メギドラ人もまた行方不明者がそれなりにいることがわかった。
とはいえ、継承権争いのせいで小さな小競り合いから大きな戦闘に至るまで国内あちこちで問題が起きていたことを考えると、人知れず失われた命があったかもしれないし、どこかへ亡命した可能性だって否めない。
そこについては今だ全てを調べられたとは言えない状況だ、とテオは辛そうな顔でそう言った。
「……グレッグが、それに関係していたの? まさか、ラモーナも?」
「まだ取り調べをしてみないとなんとも言えないが、少なくともあの男の方は関係組織と取り引きの経歴があった。直接的な関与はないだろうが、黒幕へのとっかかりとして何か知っているかもしれない」
「なんてことなの……」
では、オルヘン伯爵家をあの男が欲したのはただ貴族社会に手を伸ばしたかったから、だけではなかったということ?
いったいいつから? 最初から?
じゃあいなくなった使用人たちの中にもそうして連れて行かれてしまった可能性もあるんだろうか?
そう思うと恐ろしくてたまらない。
震える私を、テオが気遣わしげにそっと肩に手を置いてくれた。
「……リウィアには辛いかもしれないけれど、これまでのことをユノス王の前で語ることはできるだろうか? あの男の所業を、不審なところを、君はつぶさに見てきたはずだ」
「でも、私の証言なんて」
十二歳の頃から、貴族らしい教育を受けていない人間が、国王陛下に証言だなんて!
けれどグレッグの、ラモーナの所業を知ってもらいたいと思う気持ちはある。
「リウィア。君は勇気ある人だ」
「……え?」
「この家に来てわかる。この荒み具合、居合わせた使用人のふりをした連中、そして君を虐げてきた者たち。彼らを前に、君は一人で逃げ出した……ただ逃げ出しただけじゃなかっただろう? 半年程度雇って欲しいって言っていたことを考えれば、成人を期に何か行動を起こそうとしていたんだろう?」
「……!」
「決して、諦めないでここまで来たんだろう。そして、捕らえられてからも君は気丈に振る舞ったとレウドルフから報告を受けている。我らメギドラの使節団一同、常に敬意を払い尊重してくれた君は勇気があり、そして慈愛に満ちた人だと知っている」
「そんな」
そんな風に言ってもらえる人間なんかじゃないのに。
私の心を救ってくれたのは、私をそんな風に言ってくれる貴方たちなのに。
「リウィア。何があっても俺が守るから。どうか、証言してくれないだろうか」
差し出された手。
金色の目は、心配そうに私を見つめている。
「……私で、お役に立てるなら。喜んで証言台に立たせていただきます、テオバルド陛下」
「ああ、リウィア」
ホッとした様子になったテオが、すぐにムッとした表情になった。
そして私の手を掴んだかと思うと急に距離を詰めてきて、額を突き合わせるようにして不満そうに口を尖らせる。
「その呼び方はいけない。俺のことは変わらずテオと呼んで欲しい」
「ちょ、あ、あの、近い……!」
「呼んでくれるまでこのままにする!」
「そんなあ!?」
諦めずに生きてきて、もし私の言葉が役に立つのなら――そう思ったからこそ証言台に立つ勇気を出せたけど。
でも、私に勇気をくれるのは、きっとテオなんだなと改めて思ったのだった。




